市場縮小、消費者の価格感度の上昇、SNS起点での流行サイクル ― 日本の小売・アパレル業界はいま、「需要を捉えた瞬間に商品を市場投入できるか否か」が事業の生死を分ける局面に立っている。グローバル先進企業との「市場投入スピード」の格差は、もはや戦術ではなく構造の問題だ。
この構造課題に対し、ダッソー・システムズ傘下のCentric Softwareは2025年、PXM (Product Experience Management:商品体験管理) の有力ベンダーであるContentservを買収。商品企画の上流(PLM)から顧客接点の下流(PXM)までを一気通貫で結ぶ、業界唯一の統合データ基盤を確立した。ERPやCRMが普及した一方で手つかずのまま残されてきた「商品情報系DX」の本丸を、Centric Softwareが担おうとしている。
日本の小売・アパレル、製造業が目指すべきデータ活用の最適解とは何か。Centric Software の日本事業責任者 営業本部長 橋永重弘氏と、Centric PXMアジア太平洋事業担当バイスプレジデント 渡辺信明氏に聞いた。(聞き手:ZDNET Japan編集長 國谷武史)DXの「盲点」― 商品情報領域はいまだ手つかず

Centric Software – Centric PXMアジア太平洋事業担当
バイスプレジデント
渡辺信明氏
──2010年代から、日本企業はDXを推進してきましたが、現場では部署間・サプライチェーンの壁に阻まれ、業務変革に至っていない例が少なくありません。商品開発・販売を行うブランド企業はいま、どのような状況にあるのでしょうか。
渡辺氏日本企業の現場は長らく、企画・製造と営業・マーケティングでシステムが分断されてきました。これまでさまざまなデジタルツールが導入され、業務の個別最適は進みましたが、部門間で業務プロセスはつながらず、データにも整合性がない。結果としてビジネス上のボトルネックは残ったままです。
ERPやCRMが広く普及した一方、商品情報領域 ― すなわち「何を、どう作り、どう売るか」のデータ基盤は、いまだ全体最適の視点を欠いたままなのです。これがDXの最大の盲点です。
──特に小売、ファッション、食品といった一般消費者向けビジネスでは、どのような影響が出ていますか。
橋永氏日本では人口動態の変化により市場が縮小し、消費者動向もこの5年で激変しました。地政学リスクに起因するサプライチェーン混乱で物価が急騰し、消費者の価格感度は過去にないほど高まっています。その結果、従来の業界境界線が曖昧になり、小売業者のプライベートブランド(PB)の影響力が拡大、メーカーは直販に踏み出し、ドラッグストアは食品を売り、ディスカウントストアもPBで売上を確保する。こうした構造変化は日本だけでなく世界中で起きています。
しかし変化のスピードに対し、各社の業務インフラは追いついていません。商品企画のアイデア発案から実際の企画開発業務、デジタルマーケティング、ECへの販促データ連携まで、必要な商品データの大半をいまだ「Excel」で個別管理しているのが実情です。メールのやりとりが増え、ファイルの版管理が複雑化し、部門ごとのシステムへの多重入力が発生する。こうした「付加価値ゼロの作業」が、商品市場投入のスピードを致命的に削いでいます。
「作るデータ」と「売るデータ」の分断こそ、ボトルネックの正体
──PLMというと製造業向けの大規模システムというイメージがあります。小売・ファッション業界との親和性、また既存の基幹システムとの二重投資にならないかという懸念について教えてください。

Centric Software 日本事業責任者 営業本部長
橋永重弘氏
橋永氏製造業向けの伝統的なPLMは、技術的な観点から長期・大規模な製造プロジェクトの管理から保守までを見据えたエンジニアリング発想のものです。当社の小売・アパレル・食品向けPLMは、膨大なSKUを取り扱う小売の業界特性に合わせてシンプルかつスピード重視で設計されており、思想が根本的に異なります。当社では従来型のPLMとは異なる価値を提供することができる「コマーシャルPLM」と位置づけています。
二重投資の懸念にも明確にお答えできます。ERPやSCMに格納されているデータは、商品開発の過程で生まれた情報が大幅に間引かれたトランザクション向けの「商品情報」です。一方で、需要に応じた適切な商品を、適切なタイミング・適切なボリューム・適切な場所・適切な価格で市場に届けるには、MD(マーチャンダイジング)、調達、サプライヤー、生産管理、マーケティング、販売の各チームが連携し全体として最適な意思決定を行い続ける必要があります。そのためにも、来季の商品全体の品ぞろえならびに個々の商品の企画の意図や特徴、原価や利益率、素材、を含む最終仕様に至るまでの変更の履歴を含む商品情報の詳細が必要であり、各チームから「見える状態であること」が重要なのです。このレベルの「商品データ」はERP/SCMには存在しません。だからこそ、商品情報専用のデータ基盤(PLM × PXM)が必要なのです。
──現在の市場や消費者ニーズに、Centric Softwareの強みがどうフィットしているのでしょうか。
渡辺氏商品の開発・供給手法そのものが変わってきています。従来は「コンセプト → 企画 → 原材料調整 → 仕様確定 → 生産」というウォーターフォール型でしたが、ファッション業界ではすでに製造とマーケティングを同時並行で進めるコンカレント型に移行しつつあります。
SNSで流行ったものが瞬時に売れ筋になる時代において、商品供給はユーザーの反応と競合動向を踏まえた高速サイクルで回す必要があり、EC上の販促では「ユーザーが求める情報を、いかに正確に、いかに早く提示できるか」で勝負が決まります。
ところが、作る側(上流)が想定するシナリオやデータと、売る側(下流)が必要とするデータや取得した顧客ニーズが整合していなければ、これは実現できません。商品企画と顧客接点を結ぶ「一本のデータ・パイプライン」を構築する必要があります。
そのためにはPLM単独では不十分で、PIM(商品情報管理)、DAM(デジタルアセット管理)、DSA(デジタルシェルフ分析)といった社内バリューチェーンに散在する商品データを一元化し、正確で鮮度の高い情報を国内外のEC・店舗・マーケットプレイスへ一貫配信する仕組みが必要です。これを担うのがPXMです。
当社は2025年にPXMの有力ベンダーであるContentservを買収し、「Centric PXM」としてラインナップに加えました。これにより、上流から下流まで一気通貫でデータを活用できる基盤を、業界で唯一提供できる体制が整いました。導入企業は情報分断を解消し、業務プロセスをシンプル化し、意思決定を高速化し、最新の顧客ニーズに合った商品を迅速に市場投入できるようになります。

商品ライフサイクル全体を、統合データでつなぐ業界唯一のプラットフォーム
グローバル先進企業との「3倍以上」の速度差 ― 日本企業はいま、何を選ぶべきか
──国内では同じPB戦略でもうまくいく企業と頭打ちになる企業があります。成否の分岐点はどこにあるのでしょうか。
橋永氏マーケットイン(市場投入)までのスピードに、グローバル先進企業と平均的な日本企業の間で3倍以上の差が生じています。
グローバル大手アパレルでは、Centric Softwareを基盤に、多層化したサプライチェーンや下請け企業まで含めた商品開発プロセスを統合管理しています。デザイナー、サプライヤー、マーチャンダイザー、マーケティング、ECチームが、同じデータを、同じタイミングで、同じ温度感で扱える環境を作っているのです。
一方、日本企業の多くは、各部署がExcelとメールで「自分の持ち場」を最適化することにとどまっています。過去5年で需要喚起の仕組みづくり、デジタルマーケティングは進みましたが、いざ素晴らしい商品を創り出したとしても供給が追いつかない、ヒット商品に需要が集中し全体としての収益性が低い、競合にマーケティングで先を越される、といったちぐはぐな事態が頻発しています。
この3倍の格差を埋めるために必要なのは、もはや各業務を上手にやることではなく、システムを整備して付加価値ゼロの作業を構造的に消滅させることです。これは戦術論ではなく、経営判断です。
商品情報系DXは、モジュール導入で着実に始められる
──部署ごとにExcel運用している国内小売業が、PLMからPXMまでのスイートをいきなり導入するのは現実的に難しい印象です。導入アプローチと支援体制を教えてください。
渡辺氏Centric Softwareのソリューションスイートはモジュール型構成で、上流のPLMからでも、下流のPXMからでも、段階的に導入を始めることができます。これは、20年にわたって各業界の業務プロセスを見続けてきた当社だからこそ提供できる柔軟性です。
Centricはダイレクトビジネスを中心に展開してきましたが、国内では認知向上を含め、パートナー戦略を強化しています。Centric PXMはすでに電通デジタル、電通総研、大日本印刷、エクサといった有力パートナー経由で導入実績を積み上げており、この関係性をさらに強固にしていきます。
商品情報領域は、エンタープライズITにおける次の競争軸といって過言ではありません。私たちはパートナーエコシステムと力を合わせて、この問題に取り組んで参ります。
AIショッパー時代の到来 ―「AIに選ばれる商品情報」へ
──最後に、AI活用を含めた今後のソリューション方向性について教えてください。
渡辺氏Centric PXMでは、AIに対して2つの戦略軸を持っています。
第一に、PXMソリューション自身がAI機能を取り込み、商品情報や画像の自動生成、ローカライゼーションを高度化しています。グローバル展開において言語・地域・チャネルごとに必要となる商品情報の作り分けは、人手では到底回らないスケールに達しています。これをAIネイティブで解決します。
第二に、購入者としてのAIエージェントへの対応です。今後、人間の代わりにAIが商品を比較・検索・購入する場面が急速に増えます。私たちはこれを「AIショッパー」と呼んでおり、その対応として GEO (Generative Engine Optimization:生成エンジン最適化)支援機能の実装を進めています。また、MCP(Model Context Protocol)サーバーへの対応も進めており、外部のAIエージェントとの親和性も高めて参ります。これは、AIエージェント経済において、商品情報が「センターピン」になることを意味します。
橋永氏Centric PLMには、20年にわたって各業界の業務プロセスにおけるデータ活用を支援してきたノウハウが蓄積されています。Centricでは、AIを業務プロセスに埋め込む形で、業務シナリオとともに既に提供を開始しています。
例えば「現行商品の情報に基づいて、コストダウンやトレンド適合のための商品開発をどう進めるか」と問えば、PLMが自社の有する既存商品のリアルな原価や素材表に基づく最適解を返します。

商品企画から発売まで、各工程でAIを活用した業務変革を実現
これまでPLMは「業務をしっかり管理するための仕組み」でした。しかしAIの実装によって、それは「個々の業務プロセスをパワーアップさせ、スピードを劇的に向上させ、全ての意思決定にエビデンスを伴わせる仕組み」へと進化します。結果として、その企業ならではのブランド哲学やDNA、商品の独自性、顧客との関係性を際立たせるツールへと変わっていくのです。
「商品情報系DXは次のセンターピン」。両氏の言葉は、CRMが顧客情報領域を席巻した過去20年を踏まえれば、極めて重い。グローバル先進企業との圧倒的な速度格差は、日本企業にとって構造的危機である。Contentserv買収によりPLM × PXMの統合基盤を業界唯一の形で完成させ、さらにAIエージェント経済の到来に先手を打つCentric Softwareの動きは、商品情報領域のDXを次の競争軸として可視化する象徴的な事例だ。
