現在、デジタル広告業界が大きな変化の時期を迎えている。世界レベルでの規制強化を受け、ユーザーの識別(アドレサビリティ)を目的に活用されていたサードパーティ・クッキーによるトラッキングが廃止の方向に進み、ついにWebブラウザで最大のシェアを持つグーグルのChromeも2024年から廃止に向けた動きを開始。その結果として、広告配信者やアドテク企業に新たな仕組みづくりが求められている。
その状況下で、従来のサードパーティ・クッキーの仕組みに依存しない、多面的なアプローチを活用した「アドレサブル広告」に活路を見出す取り組みが進み、ポストクッキー時代の新たなデジタル広告ソリューションとして注目を集めている。規制の厳しいEUのフランスに本拠を置き、グローバルでデジタル広告配信サービスを提供するCriteoに、次世代デジタル広告の最新動向とアドレサブル広告の有効性について聞いた。
サイト訪問者のデータ取得を規制する流れが加速
これまでのクッキー規制の流れを振り返ると、まず2017年にアップルがSafariでのサードパーティ・クッキーによるトラッキング制限を開始。翌年にEU一般データ保護規則(GDPR)が施行され、FirefoxやEdgeでも同様な制限が導入されてきた。2020年にはカリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)が施行され、更なる制限強化の動きとして2021年に、アップルがiOS端末の広告識別子として活用しているIDFAの利用要件がオプトイン方式へと変更された。
段階的に規制強化が進む中で、今年からグーグルChromeのサードパーティ・クッキー廃止が実験的に開始されている。1月からChromeトラフィックの1%に対してテストが行われ、2025年初頭までに段階的な廃止が進むと、2025年には90%のインターネットユーザーにサードパーティ・クッキーでのリーチが困難になる。デジタル広告業界では今、広告配信のエコシステムを維持していくために、新しい仕組みの構築が求められているのである。

クッキー規制の流れ
クッキー活用を代替する万能なソリューションは存在しない
一方市場にも、すでにユーザーの識別を可能とする様々なデジタル広告向けのソリューションが登場している。
例えば、従来からある枠組みとしては、広告主やメディアが直接保有するファーストパーティ・データを活用していく「ファーストパーティ・データマッチング」の手法が存在する。サードパーティ・クッキーを代替する仕組みとしては、様々な情報を基に推計的にIDを生成したりemailなどの情報をもとに確定的なIDを生成する「代替IDソリューション」や、グーグルがChrome上で提供する新しい広告配信の仕組みとして「プライバシーサンドボックス」がある。
また、ソーシャルネットワークやリテールメディアといった、ログインユーザーを多く抱えているサービスやリテーラーが、ファーストパーティ・データを活用していく動きもある。ほかにも、アクセスしているメディアの情報や各種シグナルを利用して広告の配信をしていく「コンテクスチュアル」のアプローチや、AIを活用した広告配信など、様々な手段が存在している。
ただし、「そのうちのどれかを利用しておけば大丈夫ということはなく、万能なソリューションが存在していない」と、国内90%のネット利用者にリーチできるコマースメディアプラットフォームを提供するCriteoのHead of Solutions & Strategic Partnerships 池田智幸氏は、現状における問題点を指摘する。

利用可能なデジタル広告ソリューションとその位置付け
デジタル広告を配信する上では、ユーザーを識別する「精度」と、リーチしたいユーザーに効率よく広告を届けるための「規模」という2つの重要なポイントがあると池田氏は説く。
「ファーストパーティ・データを活用したアプローチは識別精度こそ高いが、リーチできるユーザーのボリュームは少ない。一方、コンテクスチュアルやプライバシーサンドボックスなどの非IDベースのソリューションは幅広くリーチできるものの、識別精度では劣る。これらの間に、代替IDやウォールドガーデン(特定のプラットフォームやエコシステム内で閉じられた環境)、ソーシャルメディア、リテールメディア等が存在するが、それぞれ一長一短がある。クッキーレス時代にデジタル広告を展開する上では、どちらか一方が良ければいいという話にはならない。そこをいかにバランスよく満たしてくかが重要になる」(池田氏)

CRITEO株式会社 Head of Solutions & Strategic Partnerships 池田智幸氏
“代替”ではなく“多面的”な対策で識別精度を維持する
そこで現在Criteoが推進しているのが、「多面的なアドレサビリティ戦略」である。同戦略は、サードパーティ・クッキーという基盤の代わりに何らかの技術を採用、または特定のソリューションをサポートすることによる代替的な対応をするものではない。前述したソリューション群に複合的・多面的な対応をし、自社のプラットフォームに取り込むことで、眼前のクッキーレス対策のみならず今後別の規制が生じるようになってもユーザーの識別精度を維持していけるようにするという、より俯瞰的な視点で捉えたアプローチとなっている。
クッキーレス環境になると、ファーストパーティ・データを持たないケースではユーザーの情報を得る際にそういった代替IDを利用したり、広告主・パブリッシャーから共有されたハッシュ化したemailアドレスを使ってユーザーを紐づけたり、プライバシーサンドボックスのAPIを活用したりして対応する形となる。「その際には、限定したソリューションへの対応では対処できないケースが生じる。そこで、様々な領域で多面的に対応することでパフォーマンスの維持が可能になり、今までと遜色なくサービスを提供できる」(池田氏)ようになる。
プライバシーサンドボックスや各種IDの仕様に追随
多面的な戦略を進める上では、個々の戦略への対応のために、各社とのコラボレーションも重要となる。例えばCriteoは、プライバシーサンドボックスに対しては2020年からグーグルと隔週でミーティングを行い、仕様の策定に向けての情報収集やフィードバックをし、同社が提案した内容も取り入れられてきたという。現在は特に重要な3種類のAPIのテストを実施しており、「パブリッシャーへの効果」「広告主への効果」「広告エコシステムの健全性」を検証。6月にグーグルおよび英国の競争・市場庁(CMA)にレポートを提出し、結果が今後の動向に反映される予定となっている。
代替IDにおいても、日本のインティメート・マージャーが提供する識別制度90%超の「IM Universal Identifier (IM-UID)」をはじめ、グローバルで複数のIDに対応。今後も随時対応数を増やしていくという。このように同社は、各領域でも多面的な対応を行っている。


プライバシーサンドボックス実装に向けたCriteoの取り組み(上)と主なテスト内容(下)
本来の目的はクッキーの代替でなく広告の最適化
ただし、各ソリューションに技術的な対応をしているだけでは十分とは言えない。クッキーレスで懸念されるユーザーの識別というのはあくまで手段の問題であり、本来広告主が重視するのは、広告効果の最大化である。そこで広告プラットフォーマーは多面的な技術への追随のみならず、消費者から広告主、代理店、リテーラー、パブリッシャーというステークホルダーに対する価値提供という中心軸もしっかりと保持しておく必要がある。
Criteoは広告主や代理店から広告配信の依頼を受けて、同社が契約するまたはSSP(サプライ・サイド・プラットフォーム)が保有するECサイトやニュース媒体、Web/モバイルサービス等の広告配信枠に対して運用型広告を配信する「DSP(デマンド・サイド・プラットフォーム)」を提供しています。同社の広告配信の仕組みでは、マーケティングにおける初期段階の認知から検討、顧客の獲得に至るまでのレイヤーをフォローしており、広告主の目的やゴール、どんなオーディエンスにリーチしたいかを踏まえて各エンジンを調整し、最適な見せ方や配信枠などを決めてクリエイティブを配信していく。その過程でCriteoが保有するオーディエンスのコマースデータも活用でき、費用対効果を測定して最適化を図ることもできる。
DSPが運用型広告を入札する際には、パブリッシャーからSSPを介して広告出稿のリクエスト(ビットリクエスト)がリアルタイムで各DSPに流れてきて、最も高い金額を提示した広告が配信される。ただしその際に、「ページを閲覧しているのはどんなユーザーか、どのブラウザから来たリクエストか、どんなシグナルが付いたリクエストなのかなどビットリクエストの価値を判断できなければ、広告主にとって最適な出稿とはならない」と池田氏は指摘する。つまり、ソリューションへの多面的な対応に加えて、そこでの総合的な価値判断という2段階の対応が必要になるのである。
その際にCriteoでは、広告の入札先もAIによって自動判別していて、複数のプラットフォームの中からより適した広告枠に対して適切な価格で出稿することができる仕組みを用意しているという。「新しいソリューションが追加されたら、そこも含めてAIで最適化できる。複数のソリューションをそろえてサポートすると言うのは簡単だが、そのような多面的な取り組みに基づいたアドレサブル広告への最適化を、これまで培ってきた精度の高いAIによる力で実現ができているのはCriteoだけ」と池田氏は強調する。
ファーストパーティ・データをもっと有効活用すべき
このようにデジタル広告業界で大規模なパラダイムシフトが生じるなか、少なくともCriteoのプラットフォームにおいては代替手段が確立されつつあるようだ。広告主やパブリッシャーは一安心といった状況だが、池田氏は「今後はファーストパーティ・データの重要性が増してくる。その活用をもっと進めていくべき」と、広告主をはじめ、業界関係各社、ステークホルダーに対しても意識変革を促す。
「CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)を使って顧客の購買データを管理している企業も増えてきたが、そのデータを広告配信に活用しているケースは少ない。今後はデータを広告の文脈で活用していくことが重要になってくる。我々はその部分のテクノロジーやソリューションを持っていて、データを活用して広告の最適化に繋げていくための支援も行う。その取り組みは、既存顧客に対するリテンションにも有効になる」(池田氏)
それを踏まえて最終的なポストクッキー対策は、「アドテクベンダーやプラットフォーマーによるアドレサビリティ代替手段への対応」と、「それらの複合的な活用と成果創出の最適化に向けた取り組み」、さらに「広告主側のマインドシフト」による“多面的な対応”という形に落ち着きそうである。今後についても、規制と進化の繰り返しによって、より的確なデジタル広告配信の枠組みが作られる流れが続いていくと理解しておけば、おおよそ間違いはなさそうだ。
