自然災害の激甚化で被災地での停電が増加、早期復旧が課題に
この数年日本では、大規模な地震と豪雨・台風が多発し、自然災害が激甚化する傾向にある。さらに冬と夏の気候が極端化する中で、被災地では人命を維持するという側面からも停電時における電力の早期復旧は大命題となっており、電力会社には災害復旧を迅速に行えるようにするための新たな枠組みの構築が求められている。
そのような課題を踏まえ、現在電力業界では災害時の復旧計画の立案・実行を効率化するための基盤として、クラウドやモバイル、軽量化などの最新テクノロジーに対応した次世代型GISの採用が進んでいる。旧来のGISは部門ごとに用途に応じて導入される目的特化型のシステムで、あくまで一部の専門家だけが使うものであった。これに対し次世代型GISは、送配電設備の計画段階から工事、保守管理までのあらゆる情報を、地図をベースとしたGISプラットフォーム上に集約・可視化して、災害対策をはじめ幅広い業務に役立てていくための情報共有プラットフォームとなる。
その代表的な存在が、英国IQGeo社が提供する「IQGeo Platform」である。IQGeo Platformは、電力・水道・道路・自治体などの公益事業者や通信事業者向けに最適化された次世代型GISで、既存のGISデータをはじめ、社内の基幹システムのデータ、Webで公開されているオープンデータ、現場で発生するセンシングデータや監視システムのデータ等を集約してGoogle Mapなどの地図サービス上に重ねて表示することができ、デスクワークからフィールドワークまでを担当するあらゆるユーザーが、PCやモバイル端末、スマートフォン等を通じてGISを自らの業務で活用できるようになる。
そのため災害対応時にも、停電や設備被害状況を対策チームメンバー全員がデジタル地図上で俯瞰的に把握できるため、復旧計画の立案や対応の迅速化が見込める。さらに通常時にも、IQGeo Platform上で情報の可視化・分析を行うことで老朽化が進む設備に対してメンテナンスを実施し、被害を未然に抑えることもできる。また保守以外にも、新たな鉄塔や電柱を建てる際などの平時の業務に生かすこともできる。
システムを導入するにあたっては、IQGeo Platform側に業界固有の設備データモデルと一連の機能が備わっており、ユーザー企業固有の要件に対応する拡張開発やGISに関連する多数の業務システムとのデータ連携・統合作業もWeb-APIやデータ変換ツールによって効率的に進められるため、短期間での稼働が可能である。またクラウドベースのシステムのため、大量データの活用時や大規模ユーザーの同時利用時にも問題なく動作する操作性やシステムの拡張性、信頼性も備わっている。
世界ではすでに多くの電力会社がIQGeoを活用して災害対策や業務の効率化を実現しており、国内でも東京電力、中部電力、関西電力、沖縄電力でソリューションの導入が進んでいる。
IQGeo Platformを活用し災害時の情報共有基盤を構築した東電PG

東電パワーグリッド株式会社
技術・業務革新推進室 基盤システム技術グループ
グループマネージャー
西島健司氏
東京電力パワーグリッド(東電PG)では、IQGeo Platformを活用し、2022年に全社で活用する災害復旧支援システム「PG地図情報共有システム」を開発。現在、平時の業務効率化・業務改革の目的と併せてシステムを運用している。
東電PGがIQGeoを活用し始めたきっかけは、2019年9月に関東に上陸した台風15号であった。同台風は多くの地点で観測史上1位の最大風速・瞬間風速を観測し、千葉県を中心に関東地方に大きな被害をもたらした。同社の電力設備にも大きな被害が及んだが、その際に残暑のなか被災地において完全に電力が復旧するまでに時間を要し、改めて昨今におけるインフラ管理の重要性とその難しさを世の中に知らしめる形となった。
「最大の原因は、災害現場の状況を社内で迅速に把握できなかったことでした。経営層から各部門、現場まで情報を共有できる仕組みがなかったため、各々が把握した情報を必要とする人に伝えることができず、復旧が遅れてしまったのです。そこでの反省を踏まえ、当社では分散している情報を一括して可視化できるシステムを開発することになりました」(東電PG 技術・業務革新推進室 基盤システム技術グループ グループマネージャー 西島健司氏)
各部門が保有するデータを1つのGISに統合
社内で防災を含めたDXプロジェクトが立ち上がる中で、2020年1月に技術・業務改革推進室が中心となり、システムデザインの検討を開始。台風・豪雨災害が本格化する前の同年7月にPG地図情報共有システムのプロトタイプが完成した。そこに少しずつ機能を追加して2022年7月に本番稼働を開始し、現在に至っている。
「当社では、電柱を管理する配電部門、鉄塔を管理する工務部門、スマートメーターを管理するスマートメーター推進室など、複数部門が様々な情報を持っています。以前は情報やデータを個別の地図情報システム(GIS)で管理したため、何かがあった時には本社まで各システムを見に行く必要がありました。新しいシステムでは、各部門が保有する情報を全て吸い上げ、全社員が同じ地図上でどこからでも確認できるようになっています」(西島氏)
PG地図情報共有システムでは、部門が活用している既存の下図やシステム、業務機能は残した上で、情報のみを地図上に集約して表示する仕組みを採用。Google Mapが下図となり、その上に「電柱」「電線」「鉄塔」などのレイヤーを重ね、そこにデータをコピーして情報を重ねていく形だ。これにより、有事の際には被害状況などが地図上で視覚的に確認できるようになり、迅速な情報共有と意思決定を可能となる。用途に応じて必要な情報レイヤーを追加できるため、新たな業務や用途が発生した際も容易に対応できる。
このシステムの基盤となっているのが、次世代型GISのIQGeo Platformである。東電PGでは、台風15号の災害復旧の際にも配電部門でIQGeoを活用して地図上での情報共有を行い一部で成果を挙げていたが、改めて全社的な災害対策時の情報共有システムの基盤としてIQGeoを採用した。理由として西島氏は、(1)「表示の早さ」、(2)「視認性」、(3)「操作性」の3点を挙げる。
「現在当社では何百万、何千万という電柱や電線、スマートメーターを保有していますが、IQGeoではそれらをさっと表示することができたのです。視認性についてもGoogle Mapは皆が使い慣れていますし、操作面でもマニュアルを確認しなくても直感的に扱えるインターフェースが備わっているため、総合的にIQGeoが最適と判断しました」(西島氏)
経営層から現場まで平時も利用できるシステムを実現
このような非常時にのみ活用されるシステムは、企画と開発は速やかに行われても、時間の経過とともに徐々に使われなくなりがちだが、同社では現在、全社員が権限を保有してシステムを活用できる体制が整い、経営層と現場の双方で成果が得られているという。
「現状、最も活用しているのが経営層です。停電発生時には地図上で場所の色が変わって表示されるため、現場の各部門に聞かなくても状況を把握できるようになり意思決定が速まりました。エリアを統括するレイヤーでも、単なる文字情報ではない視覚的な形で停電の状況を把握でき、人員をどう配置し、どのルートで対処すれば効率的な復旧作業が行えるか判断が容易になっています。各事務所で紙の地図を廃止したため、現場でコスト削減効果も得られています」(西島氏)
PG地図情報共有システムのもう1つの特徴が、通常業務にも活用できる点である。同社では2024年度から、IQGeoを使った業務変革と事業変革の取り組みが始まっている。
「例えば、電柱を新たに建てたり移設したりする際に必要な地権者の登記簿情報を取得する業務では、以前は法務局に情報を取りに行く必要がありましたが、現在では法務局のデータをIQGeoに取り込み、自動的に登記簿情報を取得できるようになっています。法令に則した申請対応が必要なケースでも、IQGeoのGIS上に法令対応レイヤーを載せることで簡単にチェックできるようになるなど、業務効率化が進んでいます」(西島氏)
全国の電力、インフラ事業者との情報連携を模索
今後PG地図情報共有システムは、災害情報共有の部分では自社以外への横展開を進めつつ、事業改革につながる形での活用を増やしていく計画だという。それらは電力会社の災害対策システムが実効性・運用性を保ち続けるために、欠かせぬ要素であると考えられる。
「災害時にはお互い支援をすることもあれば受けることもあるので、大規模災害発生時に全国の電力業者や他のインフラ事業者間での情報共有を可能とし、連携して迅速な復旧につなげていけるような形で進化させていくことを検討しています。DX面では、我々は設備の会社なので、IQGeoのGISを活用してその強みを生かして事業を拡大する部分に注力したい。既存の電気事業ではない、新規事業の開拓に挑戦したいと考えています」(西島氏)
今回紹介した東電PGの取り組みは、6月11日に開催されるIQGeo Japanのイベント内で詳細が紹介される。電力各社の関係者にとっては、効果的な災害情報共有のみならず、DXプラットフォームとしての活用という昨今の業界に求められる最新のGISの在り方について、深い知見を得る最適な機会となるだろう。