コロナ禍をきっかけに、企業はデジタル化の推進が求められている。前回は、デジタル化を簡単・迅速に進めていくことができる日本ビジネスシステムズ(JBS)の「アプリポケット with Microsoft Power Platform」を紹介した。その中で、リモートワークの導入で離れた場所にいる社員の勤務管理やコミュニケーションの課題に直面している企業が多いなどの状況を挙げた。本稿では、「アプリポケット with Microsoft Power Platform」の具体的な活用例として、このサービスを利用してリモートワークの課題を解消したベネッセコーポレーションのデジタル変革について、JBSのモダンワークプレイス本部クラウド開発部 マネージャーの江口慧氏に引き続き話を聞く。また、Power PlatformとTeamsの方向性について、日本マイクロソフトのMicrosoft 365 ビジネス本部の菅野亜紀氏に説明してもらった。
ハイブリッド勤務の課題を4カ月で解消
ベネッセコーポ―レーション(以下、ベネッセ)は、コロナ禍での3密(密集・密閉・密着)対策を目的とした「ハイブリッド勤務」を実施している。そこでは、リモートワーク特有の課題が発生しており、解消する必要があった。
ベネッセからJBSに声が掛かったのは、2020年5月だった。ベネッセでは、全社平均で出社率を5割以下とする在宅勤務態勢を実現するハイブリッド勤務を進めていたが、在宅勤務ならではのやむを得ない「業務の中断」が発生するなど、勤務状況が多様化したことで業務の開始・中断・終了都度の連絡作業負担が大きいという新たな課題が発生していたのだ。
日本ビジネスシステムズ(JBS)
モダンワークプレイス本部
クラウド開発部
マネージャー 江口 慧(さとる)氏
JBSは、こうした勤務管理とコミュニケーションの課題を解決するための仕組みを、Power Platformで実現できないかという内容の相談を受けたという。
相談を受けた頃、JBSではPower Platformで作成したチームメンバーの勤怠状況をリアルタイムに確認できるアプリケーションを利用しており、江口氏はそのアプリケーションをベネッセに紹介した。すると、すぐに試したいと返事があり、すぐに取り組みがスタートした。
Power Platformはローコードでアプリケーションを開発できるため、必要最小限の機能から作り始め、そこから機能の改善、追加、廃止を短期間で繰り返しながら、アプリケーションを育てていける。「その特性を生かすことが結果的に短期間の導入につながります」(江口氏)という。
ベネッセでは、この試行を皮切りに、最小限の機能を持ったアプリケーションの開発をスタート。300人の社員にテストユーザーとして提供を開始した。プロジェクトは、5月の連休明けに始まり、6月中にテスト版をリリースする約2カ月間の短期導入だった。ローコード開発がいくら早いとはいえ、300人が利用するアプリケーションを実現するには、もう少し時間がかかる。ベネッセのケースはかなり高速といえる。
江口氏は、「1日単位のWBS(作業分解構成図)を作成して取り組みましたが、かなりチャレンジングなスケジュールでした」と振り返る。まずはJBS内で利用していたアプリケーションをベースに実装したプロトタイプを使って、ベネッセの人事部門とIT部門と意見交換を繰り返し、機能を絞り込みながら実装を支援していった。それでも300人が業務上問題なく利用でき、アプリケーションの狙いや目的を適切に評価してもらうためには、画面表示の不具合や想定外の挙動などが発生しないよう一定の品質を確保する必要があった。そのため、特に重点的に動作確認を実施しながら開発を進めた。
ベネッセ内でトライアル版がリリースされると、同社の情報システム部門を経由して利用者の声が多く上がってきた。そこで、特に強い要望がある機能を選び、追加開発に着手した。リリースと要望の反映を複数回繰り返すことで、スタートから4カ月後の2020年10月に、約2300人の全社員にアプリケーションをリリースできた。
約2カ月でユーザー数300人の規模のアプリケーションを開発するだけでなく、そこからより短い時間で2300人という約7倍の規模に展開する高速さは、どのような開発体制で実現されたのだろうか。
江口氏は、「プロジェクトが始まって、まずはTeamsの中にグループを1つ立ち上げました」と話す。毎日のようにJBSとベネッセのプロジェクトメンバーがTeams上でオンライン朝会を開き、「まるで同じ会社の人かと思うくらいの頻度でコミュニケーションを重ねていきました」(江口氏)というほど、深いコミュニケーションをとることができた。しかし、実際に両社の担当者が顔を合わせたのは、プロジェクトに使うPCの貸し出しと返却の2度ほどだったそうだ。「ほぼオンラインだけという、コロナ禍の中で実施した象徴的なプロジェクトでした」と江口氏は振り返る。
この頻度でコミュニケーションを取ると、メンバーが口に出さないまでも課題解決に行き詰まっていていることがすぐ伝わり、まるで実際に隣へ座って協力しながら開発をしているような雰囲気だったという。
なお、アプリケーションの開発は、JBSに入社して2~3年目の若いメンバーも手掛けていた。Power Platformを使った開発経験は少なかったものの、「手掛けてみると想定していたよりスムーズに開発できると感じた」との感想だった。朝会で挙がった要望を夕方までには実装し、触ってもらうというリズムが自然と生まれた。「TeamsやMicrosoft 365を活用した“モダンワーク”の見本のような働き方が自然に実現されていました」と、江口氏はプロジェクトの印象を語る。
「とにかくやるべきことは多くて複雑でしたが、Teamsを使ってリモート環境でも深いコミュニケーションを心掛けた結果、通常の案件に比べて移動時間を節約しつつ、ドキュメント作成なども最小限で済み、アプリケーション開発に集中できました」(江口氏)
Power Platform を利用したアプリケーション展開の注意点
江口氏は、アプリポケット with Microsoft Power Platformの提供を通じて、企業へPower Platformを利用したアプリケーションの展開について、考慮点として以下を指摘する。「複数人のチームでの利用と、部門や全社など組織的な利用規模が異なります。組織的に使うとなれば、ユーザー数も扱うデータ量も増えるため、開発時に確認すべき点も増えることになります。このため、スモールスタートでの導入が自然と推奨されます。」
また、手軽に展開も可能な環境だからこそ、「運用を見据え、開発段階から運用部隊との密な協力体制を築き、手順書や保守マニュアルの整備を進めておくことが重要です」と江口氏は強調する。
アプリポケットにおいて、ユーザー企業が導入するアプリは、どのように整備されていくのだろうか。江口氏によれば、情報システム部門が取りまとめることが多いものの、最近では事業部門自身が業務のデジタル化に取り組むケースも多く、事業部門のユーザーからJBSへ直接相談を寄せるケースもあるほか、自社内の他部門での活用実績を知って、問い合わせるケースがあるという。
導入部門もさまざまだ。法務部門や生産管理部門、企画部門の場合もある。傾向としては、実際の業務の中でExcelにある情報の転記やメールの転送や保管といった定期的で単純な作業が膨大にあり、手作業による処理負担を抱えている部門から相談を受けるケースが増えているそうだ。
マイクロソフトの優位性は統合力
コロナ禍による業務のデジタル化という観点では、Microsoft 365やTeams以外の選択肢もある。その中でMicrosoftを選択する理由はなんだろうか。
これについて江口氏は、「Word、Excel、PowerPointなどのOffice製品は、どの企業でも業務に不可欠なツールです。Office製品ライセンスも包含して提供しているMicrosoft 365は、それらとの親和性が高く、Teamsでのチャットやオンライン会議、Outlookのメールなど、さまざまなコミュニケーションを支えるクラウドアプリケーションと共に提供され、統合的に利用できます」と話す。Officeアプリケーションを中心とした統合ツールとしての完成度の高さを高く評価している。
加えて、Windows 10 やMicrosoft 365の 環境を守るセキュリティ機能などエンタープライズに必要な機能がマイクロソフトのライセンスに包含されていることも大きい。用途に応じて選定した複数メーカーの複数製品を組み合わせよりもまとめやすく、管理がしやすいことが利点だ。また、認証基盤も統合されるため、ユーザーにとって面倒なログインが1回で済む。
標準機能だけでは手の届かないような追加の要望にも、Power Platformという開発プラットフォームで応えられる。「これらがクラウドアプリケーションとして提供されており、日々高速に更新されているのは心強い」と江口氏。管理面、利用面、開発面でのバランスの良さを持つ統合ツールであることが、お客さまの選択理由となっている。
マイクロソフトが重視「DXの現場への拡張」
マイクロソフトは、Power PlatformとTeamsで何を提供しようとしているのか。日本マイクロソフト Microsoft 365 ビジネス本部の菅野亜紀氏は、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)が注目を集める中で、効果を全社に波及させるためには、経営者やオフィスワーカーだけでなく、「作業現場で活躍する従業員にも広げていく必要があります」と指摘する。
だが、コロナ禍において現場を支える従業員は、リモートワークによるコミュニケーション不足や孤立感、属人的な教育・研修体制、固定化された業務プロセスや紙での業務管理などの課題に頭を抱えているという。
独自調査で判明した現場の従業員が抱える6つの課題
菅野氏は、「マイクロソフトのソリューションはこのような領域にも対応しています」と強調する。ローコードアプリ開発プラットフォームであるPower Platformは、データ連携する業務アプリケーションをローコード手法で短期間かつ低コストに実現でき、業務プロセスとワークフローをデジタル化できるのが特徴だ。
日本マイクロソフト株式会社
Microsoft 365 ビジネス本部
Microsoft 365製品マーケテイングマネジャー 兼 フロントラインワーカー
DX推進担当 菅野 亜紀氏
Power Platformを構成するのは、ビジネス分析の「Power BI」、ローコードのアプリケーション開発の「Power Apps」、ワークフロー自動化の「Power Automate」、チャットボットを簡易的に構築できる「Power Virtual Agents」といったコンポーネントだ。これらを活用することで、日々変化する現場の課題へ即座に対応しながら、現場のビジネスをデータから分析し、自動化を図り、知見を蓄積できる。
Microsoft 365のコンポーネントの1つであるTeamsは、日常の物理的な環境で行ってきたワークスタイルをデジタル上で再現する。社内外の参加者がデジタルワークプレイスで協働するという新しい働き方が広がる中、場所や空間、相手にとらわれないコラボレーションとコミュニケーションを実現できる。
マイクロソフトは、新たにTeamsへシフト管理アプリや承認アプリをリリースするなど、2020年だけでも100を超える機能追加や改善を行っており、企業のデジタル改善・業務効率化支援に向けた製品強化を進めている。
現場の最前線で活躍する人々のためのTeams新機能
現場の最前線で活躍する人々のためのTeams新機能
JBSは、こうしたマイクロソフトの取り組みをどう見ているか。江口氏によると、先述したシフト管理や案件管理アプリといった新機能は、これまでになかったものだ。従来は、異なる機能間でデータを連携するために高度な技術を使わないと実現できなかった。それがTeamsの標準機能で完結する部分が出てきたことを歓迎している。
TeamsやPower Platformは常に進化しているので、今後もエンドユーザーが気軽に歩み出せるような便利な機能など、「現場を担当する従業員」を手助けできる進化を期待しているという。
デジタル化を成功に導くカギは小さな改善の継続
現場による継続的な改善が日本企業の強みと江口氏は指摘する。一方で、新たな取り組みや既存の方法の変更には、「時間がない」「必要がない」といった理由で抵抗を受けてしまうことがある。新しいものを導入、習熟したり、大規模な業務デジタル化を実施したりするには、ある程度時間や労力がかかるからでもある。
しかし、エンドユーザーがPower Platformのようなローコードアプリ開発プラットフォームや、新しいコミュニケーションツールであるTeamsなどを活用すれば、大きな手間をかけることなく、自力でビジネスを改善していく道が見えてくる。使いこなすことができれば、企業としての競争力が高まり、新たな発見ができるようになるため、いかにユーザーに価値や使い方を理解してもらうかが勝負になる。まずは「小さなところから改善し、それを継続していく文化を醸成することが成功のカギになります」と、江口氏はエールを送っている。