丸紅流!生成AIを活用したナレッジの集約と活用~従業員に価値を発揮してもらうための環境づくり~
丸紅 デジタル・イノベーション室 副室長 大倉 耕之介氏
グループ従業員数約45000人を抱え、多様な事業を展開する丸紅では、従来、既成のAIチャットボットサービスを導入して社内の問い合わせ業務を回していた。しかし2023年3月にGPT4が登場することで、改めて生成AIを使って社内向けチャットボットサービスを内製化することにした。
アプリ開発を始めて約1カ月後にチャットボットのベータ版を社内の一部に限定公開し、3カ月後には全社公開に至った。そして2023年12月に国内の子会社への公開を実現している。また最近では、海外拠点でも利用できるようになった。
デジタル・イノベーション室 副室長の大倉 耕之介氏は、GPT4を活用して独自のサービスを内製化するにあたって難易度をレベル分けし、低いものから開発を進めることにしたと話す。
「難易度を決める要素としてまず『業務上求められる精度』と『技術的な成熟度』の2点を見るようにしました。『業務上求められる精度』についていえば、例えば個人のお金のかかわる話だとか、税務、コンプライアンスにかかわる話だと求められる精度が非常に高くなってしまうわけです。最初はそうした分野は避けて、網羅的な情報が取れればいいという分野から開発を進めていきました。また『技術的な成熟度』については生成AIが発展途上のものなので、高い精度の回答が得られるもの(領域)と、そうでないもの(領域)を分けて開発分野を絞っていくことにしました」(大倉氏)
さらに同社ではこの2点に加えて「データ収集の容易性」も開発難易度の判断材料とした。例えばデータがすべて紙で存在しているものや、主観的な記述が多いため教師データとして使えない分野は、難易度が高いという判断をしていったという。また社内の汎用性やインパクトも考慮した。ある特定部門だけに役立つサービスよりも、汎用性の高い分野の優先度を高くした。
こうした評価を行いながら、同社ではレベル1から4に分けて難易度を設定した、最も低い「レベル1」ではチャットボットの導入、「レベル2」では社内規定を読み込んでFAQの作成を自動化するといったコーポレートスタッフの業務効率化、「レベル3」では営業業務の効率化、「レベル4」では経営判断の高度化への生成AIの活用としている。現在、「レベル4」の取り組みまで進んでいる。
丸紅 デジタル・イノベーション室 データアナリティクス課 芹川 武尊氏
丸紅グループ向けChatbotアプリの企画・開発を主導したデジタル・イノベーション室 データアナリティクス課の芹川 武尊氏は、GPT4について、ソフトウェア開発系の業務だけでなく非開発系の業務にも、両方に役立つサービスを提供できる汎用的な技術だと指摘する。
「アプリ開発に携わったことで、大規模言語モデルを各社員レベルで使いこなすことが組織の競争力維持に重要なポイントになると痛感しました。アプリを公開してすぐに社内からのフィードバックを得られ、継続的な改善が実現しました。これは開発者とユーザーの両方の視点から、生成AIについてのノウハウを蓄積できたことを意味します。このノウハウを当社のさまざまなビジネスに生かせるのではないかと考えます」(芹川氏)
社内初のAI活用!パナソニック ホームズのAIヘルプデスク実装と社内浸透
パナソニック ホームズ シニアアドバイザー 石井 功氏
社員数約5500人のパナソニック ホームズは「PKSHA AI ヘルプデスク for Microsoft Teams」をベースにしたAIチャットボットによる社内向けの問い合わせサービス「ちえブクロウ」を構築した。運用は2023年4月に開始され、情報システム部門と経理部門に導入されている。
同サービスを提供する以前の問い合わせを受け付ける体制は、対応時間が平日の9時から17時45分で、情報システム部門には月平均2400件の問い合わせが発生していた。問い合わせ方法の内訳は、電話が74%、メールが11%、Microsoft Teams経由が15%だった。電話による問いあわせが大半を占め、社員からは「問い合わせの電話がなかなかつながらない」という苦情が寄せられていたという。
しかし問い合わせ対応をしている情報システム部門のサポートセンターのメンバーには、極めて重い業務負荷がかかっていた。また一方、住宅会社である同社では営業部門が土日祝も勤務しているが、土日祝はサポートセンターが休日で問い合わせに応じられないため、不満が募っていたという。
新しい社内向け問い合わせサービスのリリース後は、電話が最後までつながらなかったという件数が月200件以上あったのが月10件以下に減った。メールや電話による有人対応が問い合わせ全体の59%に減り、AIチャットボットによる1次回答で解決するケースが41%となった。もちろん、AIチャットボットであれば土日の対応も時間帯を問わず可能となり、ユーザー側の不満もかなり低減できたという。
「PKSHA AI ヘルプデスク for Microsoft Teams」を導入した理由として、同社シニアアドバイザーの石井 功氏は次のように語る。
「まず日本語の揺らぎに強いことですね、例えば「PW忘れた」という書き込みも「パスワードを忘れた」と読み替えることができます。そしてMicrosoft Teamsとの親和性が高いことです。さらにAIチューニングが容易なこと、サポート体制がしっかりしていることも採用のポイントになりました。また今後の進化への期待も導入するきっかけの1つになっています」(石井氏)
基本的な対応の仕組みは、Microsoft Teams経由でユーザーから問い合わせを受けつけ、生成AI対話エンジンが事前にセットしたFAQを参照し、回答を返すことになっている。さらに満足できる回答が得られない場合はサポートセンターにエスカレーションをして、サポートセンターメンバーがTeams上で回答を書いてユーザーに返すことになっている。
回答が行われた後、システムの裏側では、サポートセンター側が書いたTeamsのドキュメントがログとして溜められ、このログを利用してヘルプデスクに実装されているAIチューニングによってAIが再学習をする。再学習後、参照元データを変更させてより適切な回答を実現していく流れになっている。またパワーポイントやPDFなどのドキュメントもFAQに自動的にセットができるという機能を最近実装したという。
さらに石井氏は改善策として、月に1回PKSHA Workplace社のエンジニアの協力を受け、問い合わせ頻度は高いのに自己解決率の低い問い合わせのメンテナンスを行っている。こうした努力によってさらに「ちえブクロウ」の進化が期待できる。
「将来的には当社の『お客様相談室』の窓口業務を支えている方々のアシスタント機能としても『ちえブクロウ』を使っていきたいと考えています。それを踏まえて、社内データベース内にあるお客様情報とか、建物情報なども、データソースにセットする必要があるでしょう。さらにMicrosoft のチャットアシスタントで GPT-4 を搭載したCopilotとの連携も進めたいと思います」(石井氏)
Microsoft Copilotの登場で変わる「生成AIと実現するこれからの働き方」
日本マイクロソフト エグゼクティブアドバイザー 小柳津 篤氏
日本マイクロソフトのエグゼクティブアドバイザーである小柳津 篤氏は、最近、企業のIT担当者から、「生成AIの活用をビジネス部門に促していきたいが、どのようなユースケースを提示すればいいだろうか」といった質問を多く受けると話す。
こうした質問が多く寄せられる要因として小柳津氏は次のような背景があると話す。
「つまり『生成AIを利用すればある業務を完了させるのに15分かかっていたのが3分になった』というよく使われる導入メリットに全く反応しないビジネス部門が数多くいるということです。価値を認めないわけですね。だからIT部門の人たちは困ってしまう。わたしはさまざまなお客様にコンサルティングを行っていますが、わたし自身『15分から3分』という事実にさほど魅力を感じません」
もちろん小柳津氏は生成AIという技術に価値を見いだしていないわけではない。同氏は、かなり早い段階から、マイクロソフトのCopilotの研究をしてきた。その結論としてこれから生成AIは企業組織を含めた社会の中のインフラとなっていくと考えたという。
「生成AI、例えばマイクロソフトが提供するCopilotは、特定のアプリケーションとのみ利用するのではなく、Microsoft 365が提供するアプリケーションのすべてで活用されます。こうした汎用性の高い強力なツールについて『15分から3分』という業務効率メリットだけでは十分な説明はできないでしょう」(小柳津氏)
同氏は自分自身でCopilotを仕事に利用しているなかで、一番のメリットとして感じるのは「能力向上系」のメリットだという。これまでにない成果物の品質向上や、新しい視点・論点の獲得や学習能力の向上を実感した。「15分から3分」というメリットを否定するつもりはないが、それ以外の高次なメリットについて、ユーザーも含めてさらに意識をしていくことが肝心だと同氏は指摘する。
「ある業務に携わるプロフェッショナルチームがあるとします。このチームの業務には大きくコア業務と準備作業に分かれています。チームメンバーはコア業務にできるだけ労力を使いたいのですが、準備作業を欠かすわけにはいきません。そこで生成AIを使って準備作業時間を短縮しました。しかしチームではそのことをさほど高く評価しません。本当にチームから評価されるのは、準備作業の質を向上させた時です。なぜならそれによってコア業務の質も同時に向上し顧客満足度の向上が期待できるからです」(小柳津氏)
コア業務の質も同時に向上する可能性が出てくれば、生成AIの活用が、ビジネス部門が最も重視する「ビジネスKPI」に大きく影響することとなる。小柳津氏自身、生成AIは「まず使ってみる」ということを前提にすべきだとするが、さまざまな組織の中でより多くの導入メリットを得ようとすれば、仕事の質、能力の向上についても目を向けていくべきだろう。
「生成AIを活用することで、これまで多くの組織が多額の投資をしてきた『人材育成・教育』や『知財活用』などの質的向上が飛躍的に伸びる可能性があります」と小柳津氏は話す。企業のIT部門は今後、こうしたことを意識して多角的な観点から提示すべきユースケースを想定するとよいだろう。