社会に急速に普及するキャッシュレスに対応したデジタル決済をはじめ、ミッションクリティカルなシステムを低コストで構築するにはどうすればよいのか?この課題を解決すべく、TISの決済プラットフォーム「PAYCIERGE」の運用チームが選んだのが、PingCAP が提供するNewSQLデータベース「TiDB」である。本稿では、TISとPingCAPが共同で実施した検証結果から実証されたTiDBの優位性を示す。また、この取り組みから発展したパートナーシップを通じて何を目指すのか、両社のキーマンに話を聞いた。
TISの決済プラットフォーム「PAYCIERGE」に生じた課題
日本におけるキャッシュレス比率は、2022年の時点で36%(111兆円規模)に達した。政府はこの比率を2025年までに40%に高め、将来的には世界最高水準の80%まで押し上げていくという目標を掲げている。
すでにキャッシュレス比率90%に達したとされる中国や韓国の後塵を拝し、「現金大国」と揶揄されてきたわが国の巻き返しが期待されるところだ。
そんなキャッシュレスサービスの中核に位置しているのが、TISが運用するデジタル決済プラットフォーム「PAYCIERGE(ペイシェルジュ)」である。クレジットカードのプロセッシングサービスの約50%、プランドデビットのプロセッシングサービスでは実に約86%のシェアを有するなど圧倒的な導入実績を誇り、わが国の決済インフラを24時間365日ノンストップで支え続けてきた。
だが、そんなPAYCIERGEもリリースしてからすでに10年以上が経過し、さまざまな課題が顕在化している。TIS デジタルイノベーション事業本部 サービスプラットフォーム事業部 副事業部長の関 雄太氏は、このように語る。
「PAYCIERGEのような高度な可用性と信頼性が求められる決済サービスは、高価な専用ハードウェアを用いて実現されていますが、そのアーキテクチャーはレガシー化しつつあり、後継技術者の育成も困難な状況となっています。また、決済手数料の引き下げ圧力が高まっていく市況においてPAYCIERGEの競争力を高めていくためには、ミッションクリティカルなシステムをより低コストで構築可能にする技術が求められています」
PAYCIERGEのサービスマップ
そうした中でTISが目指したのが、NewSQLによる課題解決である。NewSQLとは端的に言えば、RDBのACIDトランザクションと分散DBのスケーラビリティの両方の特徴を併せ持ったデータベースだ。
TIS デジタルイノベーション事業本部 サービスプラットフォーム事業部 サービスプラットフォーム第1部の根来 和輝氏は、「NewSQLであればアプリ開発者はこれまで慣れ親しんだRDBと同様に扱うことができ、高価な専用サーバーも必要としません。マルチマスター構成のもとで、データが複数のノードに自動的にレプリケーションされるため、非常に高い可用性を確保できます」と語る。
TIS株式会社
デジタルイノベーション事業本部 サービスプラットフォーム事業部 サービスプラットフォーム第1部
根来 和輝氏
そしてNewSQLの数ある選択肢の中から着目したのが、PingCAPが提供および技術サポートを行っている「TiDB」である。同社 シニアソリューションアーキテクトの関口 匡稔氏は、TiDBの特徴を次のように示す。
「TiDBは当社が開発しOSS(オープンソースソフトウェア)として提供しているNewSQLです。最大のメリットはMySQLとの高度な互換性を有している点にあります。現在MySQL上で稼働しているアプリケーションを、そのままTiDBに移してすぐに動かすことが可能です。また、OLTP(オンライントランザクション)と同時にOLAP(オンライン分析)もサポートしているため、TiDB 単体で幅広いワークロードを処理することができ、アーキテクチャーの複雑化を抑えられます」
ミッションクリティカルシステムが満たすべき非機能要件を達成
上述のようなTiDBの特徴を注目したTISは、実際にこのデータベースがPAYCIERGEのような決済プラットフォームにも適用可能なのか、PingCAPと共同検証を実施した。「ミッションクリティカルシステムに要求される高度な非機能要件を達成できるのか。データベースの特定の構成要素だけに限定せず、エンドユーザー目線に立ったサービス全体としての非機能要件の達成レベルを評価しました」(根来氏)
この検証では、TISが設定する決済システムを模したワークロードでの模擬障害シナリオにおいて、年間論理稼働率が99.9999%(シックスナイン)であった。TiDBの非機能要件の達成レベルは、エンタープライズインフラ市場において最高の可用性レベルを表す、Availability Level 4 の年間稼働率をクリアするものとなる。
スループットは、1,000TPSを実証。TISが社内で運用しているさまざまなミッションクリティカルシステム実績と同等のトランザクション量をクリアしている。
レスポンスタイムは、99%ile:120msecを確認。こちらはTISの社内ミッションクリティカルシステムにおける、平均実績値の150msをも下回る優れた性能だ。
そして年間計画停止時間は0(ゼロ)を予測。TiDBをコアとして構成するすべてのシステムコンポーネントを、原則ダウンタイムなしでバージョンアップやスケールアップ/スケールアウトを行えることが確認された。
「TiDBベースのアーキテクチャーは、決済システムを模したワークロードにおいてミッションクリティカルシステムで要求される非機能要件のすべてを非常に高いレベルで達成しています。これなら決済プラットフォームにも十分に適用できると判断しました」(根来氏)
TiDBの検証結果
システムインテグレーションが高可用性の実現に必須
ただし、この検証については結果もさることながら、それらの数値がどういう設定や方法のもので導き出されたのか、プロセスそのものも注視しなければならない。
例えば、TiDBの稼働率を検証するにあたり、TISとPingCAPの両社は実際のサービスでも発生する可能性のある障害として、クラウド上でのインスタンスダウンやネットワーク分断を想定。「最悪のケース」を踏まえたシミュレーションを行ったという。
また、クラウドの複数のアベイラビリティゾーン(AZ)にデータベースを分散させてシステムを運用している場合、ネットワーク分断が発生すると必然的に少数派側のAZでは処理を継続できなくなる。ところが問題は、通常のヘルスチェックではこの障害を検知できないことだ。それぞれのAZでTiDB自体は正常に稼働しているため、死活状況を問い合わせても「生きている」という答えしか返ってこないのである。
ネットワークが分断された少数派側のAZに属するアプリケーションにトランザクションが流れるとすべてエラーとなってしまうため、ミッションクリティカルシステムで要求される稼働率を確保できなくなってしまう。
「この問題を回避するためには、少数派のAZに属するアプリケーションをロードバランサーから切り離す必要があります。どうすればその仕組みを実現できるのか、PingCAPに相談したところ、ストレージレイヤーまでアクセスできるヘルスチェック用のSQLを提案いただきました。これにより、ネットワーク分断時でもアプリケーション側で少数派のAZに属するTiDBが処理できないことを事前に検知できるようになりました。このような提案は、まさにTiDBの内部構造を熟知されているPingCAPならではと感じました。この提案により、無事に検証を進めることができました」(根来氏)
同様にアプリケーション実行に影響を及ぼす可能性がある障害や事象を洗い出し、その1つひとつに両社が共同で向き合い、課題をクリアしていった結果として、前述した模擬障害シナリオにおける年間論理稼働率99.9999%という卓越した結果を得られることができたのである。
PingCAP株式会社
シニアソリューションアーキテクト
関口 匡稔氏
「データベースが単体としてどれだけ優れた可用性や性能を持っていたとしても、インフラに発生した障害やトラブルを放置したり、あるいはアプリケーションからデータベースに接続する際のパラメータ設定が間違っていたりした場合、能力をフルに発揮することはできません。その意味でも今回の検証は、インフラからネットワーク、アプリケーションにいたるまで、SIerとして幅広いレイヤーにまたがる知見を有するTISと共同であたったからこそ可能だったと言えます。PingCAPとしても、この取り組みから多くの新たな知見を得ることができました」(関口氏)
TIS×PingCAPのパートナーシップが始動
今回の共同検証をきっかけとして、TISとPingCAPとの間では、より強固なパートナーシップが築かれつつある。
「このたびPingCAPとの間で正式なパートナーシップ契約を結ばせていただきました。これによって期待しているのは、まずは人材の教育面です。TISではTiDBの知識やスキルをもったエンジニアの層を厚くしていきたいと考えており、研修やトレーニングのサポートをお願いしています。また、今回の検証を通じてPAYCIERGEをはじめ、TIS自身が運用しているミッションクリティカルなサービスや社内システムでTiDBを活用していくことについては、大きな手応えを得て光明が見えてきました。今回の検証はあくまでも模擬障害シナリオにおける測定結果となりますが、世の中の広い業界・企業の要求に応えるミッションクリティカルシステムや決済プラットフォームの社会実装を進めていくうえで、実システムにおける課題解決を含め、TISとPingCAPの二人三脚でTiDBをコアとしたアーキテクチャーのあるべき姿を着実に追求し続けていきたいと考えています」(関氏)
TIS株式会社
デジタルイノベーション事業本部 サービスプラットフォーム事業部 副事業部長
関 雄太氏
これを受けて、PingCAP 代表取締役社長のエリック・ハン氏は次のように語る。
「おっしゃるとおりTISとのパートナーシップ契約の締結は、PingCAPにとって日本市場における新たなスタートになると考えています。私たちはデータベースのスペシャリストとして、ワールドワイドの技術力と実績を持っていますが、TiDBは多様なシステムを実現するためのあくまでも1つの要素にすぎません。言葉を換えれば、TiDBのポテンシャルをどこまで生かすことができるのかは、まさに使い方次第です。業界の垣根を越えて日本企業の業務を熟知し、多岐にわたるITサービスやシステム構築・運用の豊富な実績を有するTISとタッグを組むことで、お客様の課題解決やデジタル変革に資するソリューション展開やSIビジネスに、私たちも積極的に関わっていきたいと考えています」
PingCAP株式会社
代表取締役社長
エリック・ハン氏
実際にすでにいくつかの顧客で、TiDBをコアに据えたミッションクリティカルシステム構築の案件も動き出しており、TISとPingCAPの両社は、その1つひとつを着実に成果につなげていく考えだ。「今後、金融業界のみならずあらゆる業界のビジネスで、デジタル決済機能が求められる時代が到来すると予想されます。その基盤を支えるミッションクリティカルシステムを、よりライトに実現できる世界観を私たちは提唱していきます」と関氏は語っており、キャッシュレス社会のさらなる進化に寄与していく意気込みだ。