かつてないスピードで変化する市場のニーズに合わせ、市場における自社の競争力を強化するにはITの力が不可欠だ。こうした視点から、アプリケーションのポートフォリオの拡大をIT戦略の最優先事項に掲げる企業は少なくない。
その際に重要な鍵を握るのが、クラウドという新しい基盤だ。今さら言うまでもないが、柔軟性、伸縮性に富んだ基盤であるだけでなく、機械学習をはじめとする新たな技術を迅速かつ容易に取り入れるサービス群も充実している。こうしたクラウドの特性を生かしてアプリケーションのポートフォリオを拡大させない手はない。
だが、ヴイエムウェア株式会社のソリューションビジネス本部 クラウドサービス統括部 クラウド戦略推進部 シニアプロジェクトマネージャー、荒井利枝氏は「お客様はじめ企業にヒアリングするとアプリケーションの改善に対応しきれいていない企業は多い 」という。背景にはどんな課題があるのだろうか。
アプリケーションのクラウド移行を阻む、
さまざまな「違い」
一口に「アプリケーション」と言っても、規模の大小や扱うデータ、対象ユーザーはまちまちだが、大きく2つに大別できる。1つは、コンテナやマイクロサービスといった新たな技術を活用した「クラウドネイティブ」なアプリケーションで、市場のニーズに俊敏に対応するため、開発に取り組む企業が増えてきている。
そしてもう1つのタイプが、長年にわたってオンプレミス環境で運用されてきた従来型のアプリケーションだ。自社のビジネスに密接に関わる基幹システムや、データベースと連携した3層構造のアプリケーションなどが代表例で、これなくして企業の業務をスムーズに回すことは難しいだろう。
その違いを認識しないまま、「最近はクラウドファーストだから」と安易に移行を進めると、かえってコストや開発、運用の負荷が高まる結果になりかねない。荒井氏は、「どちらか一方というわけではなく、個々のアプリケーションのニーズに対応するにはどちらのタイプが最適かを判断し、適切に使い分けることで、よりスピード感を持ったビジネスを実現できる」と指摘し、その視点を踏まえながらクラウド戦略を検討すべきだとした。
次の問題は、このうち従来型のアプリケーションをどのようにスムーズにクラウドに移行させるかだ。
従来型アプリケーションは前述の通り業務の根幹をなすものであり、移行に伴って障害が発生しては元も子もない。「移行」と口で言うのは簡単だが、現実には多くの事柄を検討する必要がある。
例えばオンプレミスでVMware製品による仮想化環境上で動作しているワークロードをクラウドに移行する場合、アプリケーション自体が正常に稼働するかどうかに加え、「連携しているアプリケーションに影響は生じないだろうか」「IPアドレスやネットワーク体系が異なっても同じように動作するだろうか」など、さまざまな側面からの検証が必要だ。
荒井氏も「今までオンプレミスの環境で使っていたワークロードをクラウドに移行するとなると、インフラストラクチャの違いにはじまり、管理ツールや操作性、求められるスキルセットが異なる。このため、移行方法の決定や、決定した移行方法を実行に移すに当たって、リファクタリングなどにどうしても時間やコストがかかってしまい、クラウド移行がうまく進められないこともある」と指摘する。これがひいては、アプリケーションポートフォリオの拡大を遅らせる大きな理由になっているのだ。
VMware vSphereという共通の技術を生かし、
素早くスムーズにクラウド移行を実現
こうした悩みを解消する手段としてVMwareがAWSと共同で開発したクラウドサービスが「VMware Cloud on AWS」だ。AWSが提供するグローバルなパブリッククラウドインフラ上に、オンプレミス環境で圧倒的な実績を誇る「VMware Cloud Foundation」をベースとしたvSphere、NSX、vSANの機能を融合したSDDC(Software-Defined Data Center)を実装し、ホスト占有型のIaaSとしてVMwareが提供している。
「AWSのベアメタルハードウェア上にVMwareのソフトウェアをフルスタックでそのまま展開しているため、AWSの環境にありながら、あたかもオンプレミスのVMware環境があるかのように利用できる」(荒井氏)ことが最大の特徴で、インフラの違い、操作方法や運用管理ツールの違いなどを気にせず、VMware製品で構築したオンプレミスの環境のワークロードをクラウド上に移行できる。
VMware Cloud on AWSでは、オンプレミスやデータセンターで使われているVMware vSphereと同じ技術で仮想化環境が構築されている。このため、互いのレイヤ2ネットワークを延伸する「VMware HCX」を活用することで、「アプリケーションに手を加えることなく、データセンターで動いていたワークロードをそのままオンラインで、つまりライブマイグレーションの形でAWSの世界に移行できる」と荒井氏は述べた。前述のネットワークアドレス体系の違いも、もちろん意識する必要がない。
加えて、AWSの基盤上に構築されていることから、「Amazon Machine Learning」をはじめ、AWSが提供するさまざまなサービスとの親和性も高い。「これまで蓄積してきたデータとAWSの最新機能を活用して、新サービスを小さく始めてみよう」というトライアルもやりやすく、新たな価値の創出を支援してくれる。一方で、運用サポートや障害対応はヴイエムウェアから提供される安心感も、特に基幹システムなど従来型アプリケーションを移行する場合はポイントになるだろう。
この結果、「オンプレミスから一般的なパブリッククラウドへの移行を検討する場合、ベースとなるインフラやハイパーバイザーが異なるため、既存のワークロードをどのようにリファクタリングするかに各社とも頭を悩ませている。そこにVMware Cloud on AWSを活用することで、従来は1年以上かかっていた移行期間を月単位に短縮でき、コストも圧縮できたことで喜んでくださるお客様も多い 」と荒井氏は述べた。
こうした利点を生かしてクラウド戦略を推進している企業は、海外はもちろん、国内でもどんどん増えている。例えばゼンリンデータコムの場合、ITインフラのフルクラウド化にあたり、開発負荷の軽減やコスト削減が課題となっていた。そこで、VMware Cloud on AWSに注目。東京リージョンでVMware Cloud on AWSのサービスが開始される前から検証を開始し、既存の資産を生かしつつ、2019年1月から本格的な基盤構築が開始され、2019年7月迄に700の仮想マシンの移行が完了し、2020年12月までに全環境をクラウドへ移行予定である。アプリケーションの修正や新規開発を行う必要がないのはもちろん、運用も変えることなく、スムーズに移行できたという。
また日本最大級のファッション通販サイト「ZOZOTOWN」のシステムを支えるZOZOテクノロジーズでは、毎年定期的に開催するセールに合わせて発生するトラフィックのピークをどうさばくかが課題となっていた。以前はピーク時に合わせてハードウェアを調達していたが、それではそれ以外の時期に無駄になるリソースがあまりに多く、非効率だ。そこでVMware Cloud on AWSを用い、しかもVMware HCXを使ってレイヤ2ネットワークを延伸することで、既存の環境をそのままクラウドに拡張することに成功した。クラウドならではの柔軟性、俊敏性を生かしていることがポイントで、2020年、元旦のセール時には通常の3倍のトラフィックが発生したがオンデマンドでスケールアウトすることで、大量のリクエストに対応した。この仕組みはまた、2020年の緊急事態宣言中やサマーセールス時にトラッフィクが増加した際にも効果を発揮した。
VMware Cloud on AWSには、使用した分だけ支払うオンデマンドの課金方式に加え、一定期間利用することを前提に割安な料金で利用できるサブスクリプション契約も用意されている。一時的にスケールさせる必要があるといった用途ならまずオンデマンド課金で利用し、その後、中長期的に拡大することが明らかになった時点でサブスクリプションに移行するといった具合に、柔軟に、顧客の使い勝手に合わせて使い分けることができ、これもコスト削減の一助になる。
進化を続ける「VMware Cloud on AWS」が
クラウド戦略の大きな力に
国内でも2018年のリリース以来、上記の2社をはじめ、既存システムを真の意味でシームレスにクラウドに移行し、拡張したいと考える企業に採用されてきたVMware Cloud on AWSだが、今も、ユーザーの要望や市場動向を踏まえながら機能を拡張し続けている。
2020年7月には、多くのニーズが寄せられていた2ホスト構成が正式にサポートされた。これまでは、データの整合性確保や可用性の観点から3ホストからの構成となっていたが、既存システムの構成によってはオーバースペックになってしまう。「最小構成で2ホストから利用できるようになり、これまでと同じようにデータの整合性を担保しつつ、より小規模なお客様でもクラウド移行や活用ができるようになる」(荒井氏)
また、データベースなどより多くのストレージ容量を必要とするワークロードの集約や移行に適したインスタンスが欲しいという要望を踏まえ、今年の秋以降、東京リージョンにおいて、ストレージ容量を強化した「i3en.metalインスタンス」を提供する予定だ。従来のi3.metalインスタンスに比べ、CPUやメモリの強化はもちろん、ストレージ容量が最大で3.4倍に増強され、より効率的な構成が可能になる。
ヴイエムウェアはほかにも、国内の顧客やパートナーのフィードバックを踏まえつつ、さまざまな機能を強化していく計画だ。そう遠くない時期に、ホスト占有型の利用だけでなく、マルチテナントに対応する「VMware Cloud Director Service」の提供が予定されているほか、2020年7月に買収したDatriumの技術を活用し、コストパフォーマンスに優れたディザスタリカバリ機能を追加する方針という。
その他、今後需要が高まると予想される、VMware Cloud on AWS上でのKubernetesやコンテナの稼働について、既存アプリケーションだけでなくクラウドネイティブのアプリケーション両方に適した環境での提供についてはすでに対応済だという。
このように既存システムのクラウドへの移行を加速させ、クラウドネイティブなアプリケーションにも対応するVMware Cloud on AWSは、企業が既存の資産を生かしながら、クラウドを生かしてビジネスを素早く展開していくというクラウド戦略を大きく推進させてくれるだろう。