【文京学院大学オピニオンレター】里親制度・養子縁組の現状と5つの対応策

学校法人文京学園

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2016-07-06 15:03


文京学院大学 オピニオンレター Vol.11

提言者:森 和子(人間学部准教授 専門:児童福祉、家族福祉、里親養育)
「養子と里親を考える会」理事。埼玉県児童相談所非常勤職員、早稲田大学人間科学部通信教育課程非常勤講師(教育コーチ)、流通経済大学非常勤講師、身延山大学非常勤講師等を経て現職。研究テーマは、里親と里子の親子関係構築過程、若年養子に対する生みの親についての告知の方法、生殖補助医療を受けて生まれた子どもの出自を知る権利等。共著に『子どもと家庭の福祉を学ぶ』(ななみ書房,2016年)等。


■“家庭”で暮らせない子どもたち

2016年5月、改正児童福祉法が国会で成立し、6月3日に公布されました。本法では虐待等で社会的に保護が必要な子どもに対し、家庭に近い養育環境を提供する里親や養子縁組による家庭養護の優先が盛り込まれました。現状は、乳児院や児童養護施設等の施設養育が中心です。子どもの多くは保護者からの暴力、ネグレクトなどを受け、実親と愛着の絆を結べず恐怖と不安の中で生きてきたともいえます。

児童発達の観点では、乳幼児期の継続した愛着関係の形成が重要であり、家庭的環境で養育されることが望ましいと考えられています。家庭養護では実親に代わり特定の養育者によって子どものニーズは受け止められ、「受け止められ体験」を重ねて安定した愛着と信頼が築かれます。施設職員は大変努力されていますが、特定の大人との愛着関係形成は難しいことが現実です。ゆえに実親と暮らすことができない期間や実親の元へ戻れる可能性がない場合は、永続的な家庭的環境で子どもの発達を保障することが必要です。

永続的に家庭環境で養育するパーマネンシーの保障という理念は、欧米やオセアニア諸国では児童福祉の基本として定着しています。里親委託率は、オーストラリア93.5%、アメリカ77%、イギリス71.1%(2010年前後)です※1。パーマネンシーの保障は子どものアイデンティティ形成の原動力で、自立の基盤となります。日本は厚生労働省によると、社会的養護の対象約4万6千人のうち約85%が施設養護で家庭養護は約15%に過ぎません※2。日本の施設養護の割合の高さは、国連から改善勧告を受けています。2011年3月、国は「里親委託優先の原則」を打ち出し、家庭養護の割合を3分の1まで引き上げることを目指しました。

しかし、家庭養護の割合を単に増やせば良い訳ではなく、里親・養子縁組親子に寄り添った継続的支援が必要です。社会的養護が必要な子どもは、実親や施設養護による養育者の変更を経たことから試しの行動や赤ちゃん返り等を繰り返すため、通常の子育ての数倍大変であると言われています。私は児童相談所で15年間、里親・養子縁組支援に携わってきました。現場の経験も踏まえ、本レターでは親(実親と里親・養親)、子ども、彼らを取り巻く社会の視点から、子どもの最善の利益を目指す5つの対応策を提言します。


■“家庭”での暮らしに向けて

血縁によらない親子も含め全ての子どもが家庭環境の中で健全に育つため、どのような対応が求められるのか、海外事例も交えて解説します。

1.実親のサポート支援の充実

まず、望まない妊娠や経済的な理由等で悩む生みの親が、自ら子どもを育てる可能性を模索する支援の充実が挙げられます。厚生労働省でも、実親が自ら養育することの可能性を十分考慮するよう指導しています※3。しかし、日本では実親の養育判断や親子分離の役割を行政機関の児童相談所が担います。近年は虐待の相談件数が増え、実親サポートや里親・養子縁組対応まで児童相談所職員の手が回らず、実親と暮らす支援体制が十分に整っているとは言い難い状況です。児童相談所は実親支援に注力できるよう職員を配置する体制整備が必要です。

カナダのブリティッシュコロンビア州では、地域の子育て支援を担うファミリーソースセンターが、実親家庭で極力暮らせるよう(虐待等の理由を除く)、実親向けカウンセリングを提供し、行政が介入した場合も実親が里親家庭と交流しながら実親が養育方法を学ぶプログラムが実践されています。日本の児童相談所でも実親の人権を尊重しつつ、子どもにとってベストな養育環境となる支援強化を検討することが求められます。


2.法整備の促進

養子縁組仲介機関の質の担保や、里親・養親の立場を保障する法整備も肝要です。日本には、相談支援手順や内容、費用等に関する法的根拠をもった養子縁組あっせん事業のガイドラインがありませんでしたが、今年ガイドラインに資する提言が行われました※4。また、現行法は法律上の子は実子・養子に限られていましたが、特別養子縁組を前提に同居する子どもも法律上の親子関係に準じるとして、育児休業取得を認める旨を盛り込んだ育児・介護休業法が改正され、来年1月に施行されます。

里親に対しても、従来は一方の里親には養育への専念が推奨されてきましたが、里親や児童福祉関係者から共働き家庭も育休を取れるようにしてほしいと国に働きかけています。育休が取れれば、キャリアを失わずに里親を検討する人が増えることが期待されます。子どもにとって家庭養護が当たり前となるよう、法の枠組みを整えていく必要があります。


3.アイデンティティ確立の保障

3つ目は里親委託・養子縁組された子どもへの対応です。特に、子どものアイデンティティの保障は喫緊の課題です。物心がつく前に里親委託や養子縁組をした場合、子どものアイデンティティ構築のためには、生みの親の存在を知らせる「真実告知」を避けては通れません。里親は児童福祉法、養子縁組は民法に準じますが、どちらも真実告知は義務化されておらず、日本では真実告知を行わない家庭も未だ多く存在します。また、出生や委託時からの様子等の情報が蓄積されず、保存場所やアクセスするプラットフォームも規定されていません。そのため、予期せぬきっかけで自分が実子ではないと知って苦悩したり、出自がわからずアイデンティティ形成に深刻な影響を及ぼす事例が多数報告されています。

海外では出自の情報管理を法制化している国が多くあり、カナダでは19歳になると、実親や養子が出自に関する情報が知れ、双方の合意で会うこともできます。イギリスでは生い立ちを整理する一環として、養子が成人した時に自分の境遇を理解し受け入れられるよう、実親や子どもが前向きに捉えられる情報を、委託時の担当職員が記す書類「レーターライフレター(Later life letter)」があります。さらに、2015年の養子縁組法改正で、養子が親になったときの子どもでも情報へアクセスできるよう、記録保存期間が100年に延長しました。子どもは成長するに伴い、境遇を理解し受け入れていかなければなりません。日本でも真実告知を前提として、子どもが自己肯定感をもってアイデンティティを確立できるよう、出自の丁寧な情報収集と長期間の記録保存、いつでも相談に応じられる体制整備が求められます。


4.「生い立ちの授業」の見直し

ひとり親や、施設や里親・養親の元で育つ子ども等、社会には多様な家族形態の中で育つ子どもがいます。そのため血縁家族だけでなく多様な家族形態を容認する教育体制も不可欠です。養子縁組、里親家族にとって、血縁の家族観を前提とした学校生活や生活場面で様々な問題に直面します。その1つが小学校生活科の「生い立ちの授業」です。授業の目標は、「自分の成長には様々な人の支えがあったことに気付き、感謝の気持ちをもつと共に、これからの自分に自信をもって意欲的に生活できるようにする」と掲げられています。養子や里子の多くは、妊娠中から生まれた時のことや家庭に来るまでの様子に関する情報が殆ど無く、授業の対応に悩みます。これらの多様な家族に対し、教員が彼らの置かれた状況の困難さを理解した上で、配慮した授業を行うことが必要です。

徐々に改善の動きは見られ、埼玉県志木市では里親・養親を講師に迎えて教員研修を行い、学校で配慮してほしい点を教員に説明しました。教職を目指す学生の教職課程でも、里親・養子縁組など家族形態の多様性、現状や必要とされる支援について学ぶカリキュラムの充実が必須です。あらゆる育ちの子どもが否定されることのない「生い立ちの授業」のあり方が切に望まれます。


5.子どもを養育する受け皿の増加

最後は、家庭養護の受け皿となる里親や養子縁組の増加に向けた提言です。既述の支援拡充や法整備、教育の配慮に加え、受け入れ先の家庭を拡充することも重要です。現在、8組に1組は不妊カップルであると言われており、多くの人々が不妊治療を受けています。不妊治療では妊娠することや子どもを授かることが大きな目的となり、治療に邁進して心身共に疲れ果てる女性が後を絶ちません。不妊治療の先の選択肢として、里親や養子縁組で「親になる」選択肢があることを医療現場でも紹介して欲しいと思います。

具体的には、不妊治療クリニックに里親、養子縁組について書かれたパンフレットを常設し情報提供すること、養子縁組・里親制度の理解を含めた不妊専門看護師を養成し、現場で助言することも有効です。さらに、里親・養子縁組は子どもを家庭に迎えることがゴールではなく、受け入れ後の親子関係構築が求められます。そのためには、子どもの成長に寄り添った長期的な相談支援体制が不可欠となるでしょう。また、実子がいて里子・養子を迎えるケースは国内では少数です。家庭養護が児童福祉の重要サービスであるという社会認識の低さに加え、「親子=血のつながり」という考えが根強い点も要因と考えられます。不妊治療と共に、里親・養子縁組が身近に認識され、将来的に多様な家族形態に欠かせない一部になってほしいと思います。


■「子どもの最善の利益」のために

以上のように、健全な環境下で子どもが安全かつ安心して過ごすためには、親(実親と里親・養親)、子ども、学校や社会全体といった幅広い視点での理解や支援が必要不可欠です。里親や養子縁組を普及する一番の推進力は、里親や養親の皆さんが「里親、養親になって子育てをして豊かな人生を過ごしませんか。困難はあるけれどサポートがあるから大丈夫ですよ」と、心から勧められるようになることです。そのためには、里親、養親家族に寄り添いサポートできる相談支援や法整備を行っていくことが、今最も求められているのではないでしょうか。

1994年に日本は、子どもは「幸福、愛情及び理解のある」「家庭環境」で育ち、「個人として生活するため十分な準備が整えられるべき」※5と基本的権利を謳う国連の「子どもの権利条約」を批准しました。今年ようやく児童福祉法が改正され、社会的養護のあり方は転換期を迎えました。あらゆるバックグラウンドの子どもが心身共に健やかに育つ環境が整うよう、今後も尽力していきたいと思います。


【 出典 】
※1,2 厚生労働省
「社会的養護の現状について」
(リンク »)

※3 厚生労働省 
「養子縁組あっせん事業の指導について」
(リンク »)

※4 厚生労働科学研究費補助金
「国内外における養子縁組の現状と子どものウェルビーングを考慮したその実践手続きのあり方に関する研究」
平成27年度総括・分担研究報告書 研究代表者林浩康

※5 日本ユニセフ協会 「子どもの権利条約」
(リンク »)


<文京学院大学について>
文京学院大学は、東京都文京区、埼玉県ふじみ野市にキャンパスを置く総合大学です。 外国語学部、経営学部、人間学部、保健医療技術学部、大学院に約5,000人の学生が在籍しています。本レターでは、文京学院大学で進む最先端の研究から、社会に還元すべき情報を「文京学院大学オピニオン」として提言します。

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