RPAはシステム開発よりややこしい?
――SMBCグループは2017年から「生産性向上・効率化プロジェクト」としてRPAの導入に着手しています。当時日本でRPAを大規模に導入している企業はほとんどありませんでした。プロジェクトを推進するうえでどのような課題に直面しましたか。
西村氏RPAは他の技術と比較しアジャイル的なアプローチが執りやすく、短期導入ができます。ですから成功する確率は高いのですが、新技術であるため、安定した実装や開発標準の策定は試行錯誤状態でした。個人的な感想ですが、通常のシステム開発よりも、RPAの導入・運用のほうが難しいと思います。
通常のシステム開発は、業務要件定義が明確になれば、設計・開発に進めます。しかしRPAは業務内容とその手順を理解し、「どの作業にどのシステムを利用するか」までを把握しないと安定したロボットが開発できないのです。
EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社
アソシエートパートナー 西村 文秀氏
―― RPAは業務内容を熟知したうえで「どの業務をどのロボットに任せるか」「そのためにはどのようなフローにすべきか」を考えて構築しないといけないのですね。ロボット開発にあたり、工夫したことを教えてください。
西村氏開発標準やフレームワークを決める際は共通化を心がけ、SMBCバリュークリエーションと議論しながらブラッシュアップして「プロジェクト標準モデル」を作りました。
山本氏RPAによる代替効果を出すには、「現場が使いたくなるような、使い勝手のよいものを作る」ことです。そのためには(開発ベンダーと利用現場の担当者の双方で)開発計画に合意し、安定した品質のロボットが開発できるような体制を構築しなければなりません。
RPAは多様な業務プロセスをクイックに自動化することができる一方で、環境の変化に弱い一面もあります。そのため、効果を安定的に享受するためには、コーディング規約や開発標準、レビューの徹底、保守スキームの早期構築といった「保守を見越した品質管理」が重要です。開発手法を体系的に整備し、そのルールに則ってロボットの開発をしなければ、ロボットの品質が玉石混交になってしまいます。
EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(以下、EY)はこうした品質管理の体制整備とアプローチを確立してくれました。現在はSMBCグループ以外のお客様に対しても一定の品質でロボットを継続して稼働できるプロジェクト標準を、フレームワークとして提供しています。
SMBCバリュークリエーション株式会社
代表取締役社長 山本 慶氏
西村氏開発したロボットを適切に管理・運用するためには、セキュリティリスクへの対応やガバナンスの整備も大切です。そのためにわれわれは、「あらゆる角度で考えたエラーが発生したときの対処フロー」を構築しました。
山本さんもご指摘のとおり、ロボットは環境変化に弱い。ですから、(ロボットが)利用しているシステムが改修されると、(ロボットも)停止します。こうした事態に備えるため、SMBCではグループ会社である日本総研が毎月1回システムの改定リストを作り、RPAの保守チームと共有しています。保守チームはそのリストを基に「システムの改定に影響を受ける可能性があるロボットのリスト」を作成し、それを事前にチェックしてエラーを未然に防止しているのです。
さらに突発的に修正が必要な場合もあります。そのような状況に備え、SMBCバリュークリエーションと共にエラーが発生したらすぐに気付ける仕組みを構築しました。具体的には稼働しているロボットを監視するロボットを構築したのです。そしてエラーが発生すると監視ロボットが保守チームに対してすぐにメールで通知し、現場とコンタクトを取ってリカバリーができるようにしました。ここまでのレベルで安定的な保守を実現している組織は、日本国内ではほとんどないでしょう。
山本氏現在、三井住友銀行(以下、SMBC)で運用しているロボットは1,600台ありますが、業務に影響を及ぼすようなエラーはほとんどありません。
西村氏SMBCバリュークリエーションがすばらしいのは、こうした体制を構築しているだけではありません。明確な開発標準を策定してそれを確認するツールを用意し、そのツールをパスしないとリリースできないという厳しいガバナンスを効かせているのです。
通常、1人の保守担当者がメンテナンスできるロボット数は5~6台だと言われています。これに対してSMBCバリュークリエーションの担当者は、1人で約80のロボットをメンテナンスしています。それが可能なのは、こうした工夫を重ねているからに他なりません。
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先人のナレッジを最大限活用する
―― 日本におけるRPAの導入は、今後さらに加速すると予測されています。現在、RPAの導入を検討している企業にはどのようなアドバイスをしますか。
山本氏先人のナレッジを最大限活用することが、成功のポイントだと考えています。具体的には3つのポイントがあります。
1つ目は「トップのコミットメントを取り、トップダウンのアプローチで大規模なRPAを積極的に導入していくこと」です。これにより、会社(グループ)全体に「RPAはよいものだ」という認識を早期に浸透させられます。
2つ目は「ボトムアップで従業員が自ら作っていくこと」です。この時に留意すべきなのは、RPAを「開発する」のではなく「実際に使う」ことを目的に据えることです。多くの人がRPAに実際に触れメリットを感じられる環境を整え、その効果を享受できるようにチームでサポートするのです。たとえば10人のリソースが必要な作業が8人でできるようになれば、チーム全員がそのメリットを実感するでしょう。新たな人材を調達する必要がなくなり、予算の抑制にもつながります。
3つ目は「明確なゴールを全員で共有すること」です。RPAという“新しい働き手”を得たことで、従業員は10年前の先輩と比較し、より大きな成長のチャンスを得られるようになりました。その一方、働き方改革などの趨勢で労働時間は短縮し、10年前の従業員が修得していたスキルですら身に付けられない可能性もあります。従業員にはこうした「健全な危機感」を持ってもらい、業務に取り組んでもらうことが重要だと考えています。
西村氏これまでお伝えしたようなナレッジの活用や開発標準の策定、従業員のトレーニング機会の提供以外で勧めたいのが、「現場の従業員にRPAの本質を理解してもうらこと」です。「RPAはITの専門家であるエンジニアが開発・運用・保守をすべて担うもの」という考えを払拭し、「ロボットは人間の命令を忠実に実行する代替である」ことを認識してもらうよう働きかけることです。
―― 最後に、これからの3年間で達成したい目標と、今後の展望を聞かせてください。
山本氏これまで培ってきた圧倒的な生産性向上の実績とノウハウを社会の生産性向上のために還元し、“その先”の社会に対してサービスを提供していきたいです。自らの社会的使命を不断に見直し、顧客・パートナー・ファンの方々から幅広く協力を得て、社会課題に取り組んでいくこと。こうした活動を通じて企業の成長や変革を支援し、よりよい日本を目指していきたいと考えています。
西村氏RPAが認知されてコモディティ化が進む中、ここ数年間でコンサルファームの存在意義を考えてきました。RPA化の対象業務に対してBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)を行いながらRPAの対象業務を選定する部分は、コンサルファームにナレッジやノウハウがあり、導入をリードするべきと考えています。
一方、RPAの実装や教育については、コンサルファームの在り方を見直す必要があるでしょう。現在、EYはSMBCバリュークリエーションと共に、パートナー企業の開拓と、それら企業とコラボレーションしながらコンサルファームが育成し、品質を管理するサービススキームを構築しています。この取り組みにより、同品質のサービス提供がより低価格で提供が可能となりつつあります。この「win-win」の関係をさらに日本全国へ拡大していきたいです。
また、RPAとそのほかの技術を組み合わせ、さらなる業務改革と生産性向上を目指します。すでにSMBCにはアナリティクスとAI(人工知能)を組み込んだRPAをサービスとして提供しています。今後はBPM(ビジネスプロセス・マネジメント)や音声認識(Speech to Text)など技術を活用したサービス提供をアセット化し、幅広く展開していく計画です。
EYではこの取り組みが、RPAにおける新たな歴史の2ページ目を作るものだと確信しています。これからもEYはメンバー一同、SMBCバリュークリエーションと共に日本社会の生産性向上にコミットしていきたいと考えています。
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