京都高島屋では、2017年3月29日(水)から、「高島屋史料館所蔵 日本美術と高島屋-交流が育てた秘蔵コレクション-」を開催いたします。
2016年4・5月に名都美術館(愛知県長久手市)で、2016年10月に日本橋高島屋(東京都中央区)で開催された展覧会の巡回展となります。
高島屋は1831(天保2)年、京都・烏丸松原に、初代飯田新七により古着木綿商として創業し、歴史を重ねてまいりました。本展ではその歴史の中で高島屋の名の下に集まったコレクションの中から、日本画や染織品、下絵、資料など約60点をご覧いただき、近代日本の画家たちが高島屋と如何なる関わりをもって自らの芸術を高めていったのかをご覧いただきます。
横山大観、竹内栖鳳をはじめ、鏑木清方や前田青邨、川端龍子などの作品が高島屋に所蔵されているエピソードもあわせてご紹介いたします。
また、特別企画として、「豊田家・飯田家 寄贈品展」を開催。(日本橋高島屋でも開催しました。)高島屋四代飯田新七の娘・二十子が嫁いだトヨタ自動車創業家の豊田家と、高島屋創業家の飯田家から、このたび高島屋史料館に寄贈された貴重な作品約30点を特別展示いたします。
■名都美術館 学芸員 鬼頭美奈子さんによるギャラリートークのご案内
日時:2017年3月29日(水)午前11時~・午後2時~(各回約30分)/会場内にて
■会場構成
「高島屋史料館所蔵 日本美術と高島屋-交流が育てた秘蔵コレクション-」(約60点)
第1章:美術染織品と博覧会
第2章:高島屋美術部
「豊田家・飯田家 寄贈品展」(約30点)
計 約90点
■各章の概要
○第1章:美術染織品と博覧会
1876(明治9)年アメリカの商社との取引をきっかけに、のちに貿易部を設けて海外向けの商品を取り扱うようになった高島屋は、国内外で開催される博覧会などに出品を重ねました。京都画壇の画家たちに下絵を依頼するなどして製作した美術染織品などは高く評価され、数々の名誉ある賞を受けました。竹内栖鳳をはじめ、岸竹堂、神坂雪佳、都路華香らとの交流を紹介いたします。
竹内栖鳳
美術染織品の製作に力を注いだ三代飯田新七は、1882(明治15)年から京都の画家たちに下絵の依頼を始め、1885(明治18)年には画工室を設けました。画工室に出勤し染織作品の下絵を描いていた画家たちの中には、竹内栖鳳も名を連ねていました。
舞妓が舞う瞬間の美が描かれた「アレ夕立に」〈1909(明治42)年〉は、1909(明治42)年の第3回文展出品の後、高島屋初の展覧会「*現代名家百幅画会」に出品され評判になりました。*高島屋美術部創設のきっかけとなった展覧会。
岸 竹堂
「老松鷲虎図」(下絵:岸 竹堂/刺繍:加藤達之助)〈1883(明治16)年〉は、高島屋が海外向けの美術染織品に着手した際、第1作目として手がけたと伝わる作品。1884(明治17)年の第13回京都府博覧会で特別褒状を受賞したほか、翌年ロンドンの万国発明品博覧会にも出品されました。一見すると水墨画のようですが、刺繍で製作されており縫師・加藤達之助の仕事は明治の超絶技巧と呼ぶに相応しいといえます。
○第2章:高島屋美術部
1911(明治44)年、高島屋美術部が創設されました。高島屋美術部の創設の端緒は、1909(明治42)年に開催された「現代名家百幅画会」にあります。横山大観、都路華香、下村観山、竹内栖鳳、富岡鉄斎、山元春挙といった親交のある画家100人に同じ寸法で新作を依頼し、同じ表装を施して一堂に披露しました。その後、高島屋美術部は日本画、洋画、工芸といった幅広い分野で多くの美術家と関係を築いてきました。
横山大観
高島屋と横山大観の関わりは、1909(明治42)年に開催された「現代名家百幅画会」に始まりますが、その後関係が深まるのは1913(大正2)年、日本美術院再興の資金作りのため、高島屋の堺市浜寺の別荘に2ヶ月間滞在して作品制作に没頭したときのことでした。
1914(大正3)年に院展が再興すると、関西では高島屋大阪店で「再興第1回院展大阪展」を開催。そして戦後まもない1947(昭和22)年、当時の高島屋社長の飯田直次郎と美術の復興を目指して意気投合し、「創立50周年 再興第32回院展」が高島屋大阪店地下食堂跡で開催されました。大作である「*蓬莱山」〈1949(昭和24)年〉(*蓬は二点しんにょう)は、その記念として高島屋に贈られたものです。
■特別展示「豊田家・飯田家寄贈品展」について
トヨタ自動車創業家の豊田家と高島屋創業家の飯田家から大阪の高島屋史料館に寄贈された美術品やきものなど約30点を特別展示いたします。
明治時代から昭和時代にかけて高島屋の当主であった四代飯田新七の娘・二十子は、1922(大正11)年、トヨタ自動車創業者豊田喜一郎氏と結婚、両家のご縁が結ばれました。今回は、二十子が豊田家に嫁ぐ際に着用したきものや、高島屋初の美術展覧会「現代名家百幅画会」(明治42年)に出品された竹内栖鳳の作品など、豊田家から寄贈された作品を展示いたします。
また高島屋はその企業活動において美術家たちと深く関わり、歴代の飯田家当主は公私にわたって彼らと交流しました。今展では、富岡鉄斎や京都画壇の画家たちの作品など、飯田家から寄贈された作品を展示いたします。
○展示作品の一例
清水六兵衞(4代)作 谷口香嶠・菊池芳文・竹内栖鳳画「春秋花卉彩画盂」〈1893(明治26)年〉〔飯田家寄贈〕
清水六兵衞(4代)による一対の鉢に谷口香嶠・菊池芳文・竹内栖鳳が絵付けをしたものです。これは、意見の衝突により、師である幸野楳嶺から破門された三人が、その仲裁の御礼にと四代新七に贈ったものです。四代新七と三人の画家たちの親密さが伝わってくる作品です。
竹内栖鳳「小心胆大」〈1909(明治42)年〉〔豊田家寄贈〕
「現代名家百幅画会」の出品作品で、のちに四代新七が娘に贈ったと考えられています。この作品は「現代名家百幅画会」に出品されたのち長らく所在が不明でしたが、今回、豊田家に伝わっていたことがわかりました。
富岡鉄斎「碧桃寿鳥図」〈1916(大正5)年〉〔飯田家寄贈〕
碧桃は三千年に一度実をつけるという西王母の桃で、口にすれば不老長寿を得られるというもの。青い鳥(寿鳥)は西王母の使いで、高寿を祝うおめでたい画題。自らを学者であり絵は余技であると考えていた鉄斎は、どの画壇にも属さず個展にも興味を示しませんでした。しかし、晩年に高島屋ではじめて個展を開催し、さらに広く鉄斎の名が知れ渡るようになりました。
■高島屋史料館について
高島屋史料館(大阪市浪速区)は、株式会社設立50周年記念事業の一環として1970(昭和45)年に創設しました。以来、京都画壇の巨匠、文化勲章受章作家など日本を代表する美術家の名品、18世紀の能装束、百選会・上品會のきものなど約5,000点の作品が収蔵されています。
一方、高島屋のマスコットであるローズちゃん人形をはじめ、歴史的価値の高い戦前のポスター、その他社史、専門書など約15,000点の諸資料も所蔵しており、所蔵品の文化的価値は日本のみならず海外においても高く評価されています。
高島屋史料館は、資料整理等のため、現在休館しております。再開時期については、決まり次第HP等でお知らせします。
【開催概要】
高島屋史料館所蔵 日本美術と高島屋 -交流が育てた秘蔵コレクション-
〈特別展示〉豊田家・飯田家 寄贈品展
会期:2017年3月29日(水)~4月10日(月)
会場:京都高島屋7階グランドホール(京都市下京区)
入場時間:午前10時~午後7時30分(午後8時閉場)
※最終日は午後4時30分まで(午後5時閉場)
主催:朝日新聞社、京都新聞
企画協力:名都美術館
〈入場無料〉
【「高島屋史料館所蔵 日本美術と高島屋」高島屋特設サイト】
(リンク »)
【京都高島屋ホームページ】
(リンク »)
【高島屋史料館ホームページ】
(リンク »)
【お問い合わせ】
京都高島屋
京都市下京区四条通河原町西入真町52
TEL:(075) 221-8811(代)
お問い合わせにつきましては発表元企業までお願いいたします。