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世界的に有名なチェコの音楽作曲家の一人であるアントニーン・レオポルド・ドヴォジャーク(1841-1904)は、2021年に生誕180周年を迎えます。 ロマンティックな小品、ユーモレスクなど、クラシックファンではなくても知っている曲を多く残した音楽家の一人です。同じく2021にオープン140周年の記念の年を迎えるプラハの国民劇場では、有名なオペラ作品《ルサルカ》が年間を通じて上演されています。今回はこのチェコが誇る音楽家アントニーン・ドヴォジャークを巡る、ガイドブックには載っていないスポットをご紹介します。
幼少期から青年期までを過ごしたボヘミアの街
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アントニーン・ドヴォジャーク(以下、ドヴォジャーク)は、チェコ共和国の中央ボヘミア地方にあるムニェルニーク地区の村ネラホゼヴェス( (リンク ») )で生まれました。地元の教師であるヨゼフ・スピッツの指導の下、高いバイオリン技術を身に着け、彼の生 家の向かいにある聖オンジェイ協会で初めてのソロコンサートを行いました。スメタナの音楽は田舎での暮らしにインスピレーションを受けており、ここでの暮らしは間違いなく後の彼の作品に影響をあたえているでしょう。現在、ドヴォジャークの生家( (リンク ») )は貴族ロブコヴィッツェ家が管理しており、訪問して彼の世界を感じることが可能です。
ドヴォジャークは13歳の時に、家業の肉屋を継ぐために必要であったドイツ語の習得のため、叔父のアントニーン・ズデニェクの住むズロニツェ(Zlonice)に引っ越しました。ここではドイツ語の他にアントン・リーマンの厳格な指導の下で音楽理論と音楽作曲のレッスンを始めました。 ズロニツェのアントニーン・ドヴォジャーク記念館(padzlonice.cz/)には、アントニーン・ドヴォジャークと彼の教師リーマンの所有物の一部が展示されています。 訪問者は、ホールに保存されている音楽アーカイブを検索することもできます。
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1856/1857年にはチェスカー・カメニツェ(Česká Kamenice)の学校に通うことになり、聖ヤクブ・ヴェトシーホ教会( (リンク ») )でオルガン奏者として活動していたリーマンの影響を受け、ドヴォジャークもオルガンを演奏することがありました。現在、教会はこのチェコの音楽の才能に敬意を表してアントニーン・ドヴォジャーク夏の音楽祭を主催しています。
自然豊かなインスピレーションの源
ドヴォジャークは作曲に専念する前は、ヤン・ネポムク・マイヤーとの契約の下、ボヘミア仮劇場オーケストラでビオラを演奏していました。 この劇場は芸能と音楽のための仮設の建物として、国民劇場が建設される前の1862年に建てられました。1866年にはベドジフ・スメタナが指揮者として迎えられ、偉大なチェコの巨匠2人が出会うこととなりました。
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プラハにあるアントニーン・ドヴォジャーク博物館( (リンク ») )では、彼の最高傑作のいくつかの楽譜が公開されており、音楽ファンは必見の場所です。年間を通じて数多くのオペラや音楽のパフォーマンスも上映されています。
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ロマン派の音楽作曲家であるドヴォジャークは自然愛好家でした。木々に囲まれたヴィソカー・ウ・プシブラムニェ(Vysoká U Příbramě)の家は、彼の音楽作品のインスピレーションの源の1つでした。現在は記念館( (リンク ») )になっており、常設展示では彼の生涯と作品、そしてヴィソカでの滞在に焦点を当てています。
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ドヴォジャークはスィフロフ城( (リンク ») )にも足跡を残しました。城の管理者の親友であったドヴォジャクはしばしば城を訪れ、ここでも作品へのインスピレーションを得ていました。毎年6月にはアントニーン・ドヴォジャーク音楽祭がスィフロフ城で開催されてます。
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