令和3年3月17日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
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がんの親玉「がん幹細胞」の弱点を発見!
-「がん根治」への道を拓く成果-
【発表者】
岐阜薬科大学
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
【概要】
岐阜薬科大学大学院薬科学専攻の深澤和也大学院生(日本学術振興会特別研究員)、堀江哲寛大学院生(日本学術振興会特別研究員)、岐阜薬科大学薬理学研究室・岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科の檜井栄一教授らの研究グループは、京都薬品工業株式会社、金沢大学、東京大学との共同研究により、脳腫瘍グリオブラストーマ治療における、「がんの根治」を指向した新規の創薬ターゲットを発見しました。
グリオブラストーマは、脳組織に存在するグリア細胞という細胞が、がん化することで発症する疾患です。グリオブラストーマ治療における問題点の1つは、「がん幹細胞」の存在です。がん幹細胞は、がん細胞の親玉のような存在であり、治療抵抗性を持つことが大きな特徴です。したがって、がん幹細胞の制圧を指向した新規治療戦略の確立が、「がんの根治」に貢献することが想定されます。しかしながら、これまでに、「どの因子が、がん幹細胞の機能を制御するのか?」、「どの因子を創薬ターゲットとすることで、がん幹細胞を制圧できるのか?」について、詳細は明らかになっていませんでした。
研究グループは、がん幹細胞に発現するCyclin-dependent kinase 8 (CDK8)(※1)という因子ががん幹細胞の機能を制御していることを発見し、その詳細な分子メカニズムを明らかにするとともに、CDK8がグリオブラストーマ治療における有望な創薬ターゲットとなることを明らかにしました。本研究成果は、様々な難治性がんに対する、「がんの根治」を指向したがん幹細胞標的薬の創製に貢献できるものと期待されます。
本研究成果は,英国学術雑誌『Oncogene』に掲載されました。(オンライン版公開日:日本時間 2021年3月17日 午前2時)
【本研究のポイント】
・「がん幹細胞」は抗がん剤や放射線などの治療に対して抵抗性を持っており、「がん幹細胞」を制圧することで、がんの根治が期待できます。
・グリオブラストーマ患者のがん組織において、CDK8が高発現していることを見出しました。
・CDK8の働きを抑えると、「がん幹細胞」の機能が低下することを世界に先駆けて発見しました。
・独自に開発した新規CDK8阻害剤「KY-065」を用いることで、「がん幹細胞」の機能を低下させることができました。
・以上の成果は、「がん幹細胞」を標的とした難治性がんに対する革新的な抗がん剤の創製に繋がることが期待されます。
【研究の背景】
グリオブラストーマは、最も悪性度の高いがんの1種であり、確定診断後の平均余命は14ヶ月程度とされています。グリオブラストーマは、脳組織に染み込むように広がっていくため、手術により完全に取り除くことができません。また、手術後に抗がん剤投与や放射線治療を行ったとしても、2年生存率は3割以下とされており、治療成績は数十年もの間、大きな改善は見られていません。
近年の研究から、がん幹細胞が治療後も体内に残ってしまうことが治療を難しくしている原因の1つであることが分かってきました。がん幹細胞は、がんの親玉のような役割を担っており、腫瘍全体を作り出しています。また、がん幹細胞は、抗がん剤や放射線に対して治療抵抗性を持つことが知られています。したがって、がん幹細胞を制圧することができれば、グリオブラストーマの治療成績を大きく向上させることが期待できます (図1)。しかしながら、これまでに、がん幹細胞の機能がどのようにして制御されているのかについて、全貌は明らかになっていませんでした。
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図1: がん幹細胞の制圧を指向した「がんの根治」の概念図。
【研究成果の概要】
研究グループは、まず、バイオインフォマティクス(※2)解析という手法を用いて、グリオブラスオトーマ患者の腫瘍組織の解析を行いました。その結果、CDK8の発現が増加していることが分かりました。グリオブラストーマ患者由来のがん幹細胞のCDK8の働きを抑えることによって(= CDK8不活性化細胞の作製)、がん幹細胞におけるCDK8の役割を明らかにすることを試みました。その結果、がん幹細胞の機能の指標であるスフィア形成能が大幅に低下することが分かりました (図2)。さらに、CDK8不活性化細胞をマウスに移植したところ、腫瘍はほとんど確認されず (図3右)、観察期間中に死亡例は1例も出ることはありませんでした (図3左)。これらのことから、がん幹細胞の腫瘍形成能にはCDK8がとても重要であることが明らかになりました。
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図2: がん幹細胞のCDK8の働きを抑えると、スフィア形成能が大幅に低下する。
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図3: がん幹細胞のCDK8の働きを抑えると、グリオブラストーマの症状は顕著に改善される。
(赤線で囲まれた範囲は腫瘍組織 : 右図上)
次に、「どうしてCDK8の働きを抑えると、がん幹細胞の機能が低下するのか?」という疑問を解決することにしました。CDK8不活性化細胞について、詳細な解析を行ったところ、がん幹細胞の機能を調節しているc-MYC(※3)というタンパクの発現が低下していることが分かりました。したがって、CDK8はc-MYCの発現を調節することで、がん幹細胞の機能を制御していることが考えられました。
また、研究グループは、本研究で得られた知見を臨床現場に還元することを目指し、「CDK8の働きを抑える薬を使って、グリオブラストーマの症状を抑えることができるか?」という課題に挑戦し、KY-065という独自の新規CDK8阻害剤の開発に成功しました。KY-065をがん幹細胞に作用させると、スフィア形成能が低下することが分かりました。さらに、KY-065を作用させたがん幹細胞をマウスに移植したところ、マウスの生存期間は著しく改善されました。これらのことから、CDK8阻害剤KY-065は、新規グリオブラストーマ治療薬となる可能性が示唆されました。
最後に、本研究で得られた知見と臨床データとの関連を明らかにすることを試みました。バイオインフォマティクス解析によって、大規模臨床データを解析したところ、CDK8の発現が増加しているグリオブラストーマ患者では生存率が低下していることが明らかになりました。
本研究では、以上のように産官学連携により、データ駆動型サイエンス(※4)を実践することができました。その結果、がん幹細胞の制圧を指向したグリオブラストーマの治療戦略において、CDK8は有望な創薬ターゲットとなることが示されました (図4)。
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図4: グリオブラストーマ治療において、がん幹細胞のCDK8は有望な創薬ターゲットである。
【研究成果の意義・今後の展開】
研究グループは、CDK8がグリオブラストーマにおける「がん幹細胞」の制御因子であることを発見しました。本研究は、がん幹細胞のCDK8が有望な創薬ターゲットになることを細胞・生体レベルで明らかにした世界初の報告となります。また本研究において、新規がん幹細胞標的薬としてCDK8阻害剤KY-065の創製に成功し、その有効性を実証することができました。
本研究成果は、「がん幹細胞の機能を制御する仕組み」について、新しい知見を提供するとともに、「がん幹細胞の制圧が、がんの根治に重要である」という概念に新たなエビデンスを付与します。今後、私たちの開発したKY-065と既存薬であるテモゾロミド、あるいは放射線療法とを併用することで、さらに治療効果を高めることができるかどうかを検討していきたいと考えています。
また、本研究成果はグリオブラストーマに限らず、がん幹細胞が悪性化に寄与する様々な難治性がんに対する革新的治療法を提供し、アンメット・メディカル・ニーズ(※5)の解消にも貢献することが期待されます。
【用語解説】
※1 Cyclin-dependent kinase 8 (CDK8)
CDKと呼ばれるリン酸化酵素の遺伝子グループの1つ。CDK遺伝子の8番目。近年、白血病や大腸がんなど、様々ながんとの関連が報告されている。
※2 バイオインフォマティクス
生命科学と情報科学の融合分野。生命が持つ「情報」を基に、生命現象を解き明かそうとする学問。
※3 c-MYC
MYCと呼ばれる転写因子の遺伝子グループの1つ。がんの発症や進行に重要な遺伝子。
※4 データ駆動型サイエンス
様々な方法で得られたデータを基に、バイアスなしで客観的に生命現象を解き明かそうとする手法。
※5 アンメット・メディカル・ニーズ
未だ有効な治療方法が確立されていない疾病に対する医療への要望。
【掲載論文】
雑誌名:Oncogene
論文名:CDK8 maintains stemness and tumorigenicity of glioma stem cells by
regulating the c-MYC pathway
(CDK8はc-MYC経路を介してグリオーマ幹細胞の幹細胞性や腫瘍形成能を制御する)
著者名:Kazuya Fukasawa, Takuya Kadota, Tetsuhiro Horie, Kazuya Tokumura, Ryuichi Terada, Yuka Kitaguchi, Gyujin Park, Shinsuke Ochiai, Sayuki Iwahashi, Yasuka Okayama, Manami Hiraiwa, Takanori Yamada, Takashi Iezaki, Katsuyuki Kaneda, Megumi Yamamoto, Tatsuya Kitao, Hiroaki Shirahase, Masaharu Hazawa, Richard W Wong, Tomoki Todo, Atsushi Hirao and Eiichi Hinoi.
(深澤和也, 門田卓也, 堀江哲寛, 徳村和也, 寺田隆一, 北口裕香, 朴奎珍, 落合信介, 岩橋咲幸, 岡山靖佳, 平岩茉奈美, 山田孝紀, 家崎高志, 金田勝幸, 山本めぐみ, 北尾達哉, 白波瀬弘明, 羽澤勝治, Richard W Wong, 藤堂具紀, 平尾敦, 檜井栄一)
【研究支援】
本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究B(一般)「がん幹細胞を標的とした革新的な抗がん剤の創製」(研究代表者:檜井栄一)、金沢大学がん進展制御研究所共同研究拠点の支援を受けて行ったものです。
【研究者プロフィール】
檜井 栄一(ひのい えいいち)
岐阜薬科大学薬学部薬理学研究室 教授
岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 教授
<略歴>
1998年6月 チェコ国立科学アカデミー生理学研究所生理学部門・Visiting fellow
2002年7月 米国ハーバード大学医学部/マサチュウセッツ総合病院・Visiting fellow
2003年3月 金沢大学大学院自然科学研究科(生命科学専攻)博士課程修了・博士 (薬学)取得
2003年4月 金沢大学薬学部薬物学研究室・助手
2006年4月 米国ベイラー医科大学分子遺伝学研究室・Postdoctoral fellow
2006年7月 米国コロンビア大学遺伝発生学研究室・Postdoctoral fellow
2009年5月 金沢大学医薬保健研究域薬学系薬理学研究室・准教授
2019年7月 岐阜薬科大学薬学部薬理学研究室・教授
2019年10月 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科・教授(兼任)
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