令和3年7月23日
「グザイ核」の内部構造、ついに観測成功原子核の成り立ちや中性子星の構造の理解に新たな知見
【発表機関】
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
国立大学法人 東北大学
J-PARCセンター
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
【概要】
岐阜大学教育学部・工学研究科 仲澤和馬シニア教授、吉本雅浩学振特別研究員、東北大学大学院理学研究科 吉田純也助教、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所 高橋俊行教授らの国際共同研究グループ【参照:国際研究チーム】は、グザイマイナス(注1)(ストレンジクォーク(注1)を2つ持つ粒子)を含む超原子核である「グザイ核」を新たに観測しました(図1)。このグザイ核は、大強度陽子加速器施設(J-PARC)を利用したJ-PARC E07実験で生成されました。この事象は、発見した岐阜大留学生の母国ミャンマーの雄大な河川にちなんで「イラワジ事象(IRRAWADDY event)」と命名されました。解析の結果、イラワジ事象はグザイマイナス粒子が窒素14原子核に強い引力(束縛エネルギー)で束縛した状態とわかり、その大きさは2021年2月に同研究グループが公表した事象(伊吹事象[*])の5倍以上です。このことから、グザイ粒子と原子核との間には電磁気的な力(クーロン力)をはるかに超えた強い相互作用(注2)(核力)による引力がはたらくことが確定し、グザイ核の内部の準位構造(注3)の観測にも世界で初めて成功しました。今回のグザイ核の発見は、従来の多くの理論では予期できなかったものであり、今後新たな理論の構築が期待されます。またグザイマイナス粒子などのストレンジクォークを持つ粒子(ハイペロン(注1))は、この宇宙で最も密度の高い天体であり巨大な原子核といわれる中性子星(注4)内に出現すると考えられており、本研究成果は中性子星を理解する上で大きな役割を果たします。
本研究成果は、日本時間2021年7月23日(金)17時にオンライン学術誌:Progress of Theoretical and Experimental Physics (PTEP) 誌で公開されました。
【画像: (リンク ») 】
図1. 写真乾板で観測された新たなグザイ核事象(イラワジ事象)の顕微鏡写真とそのイメージ図
グザイマイナス(Ξ-)粒子がA点で窒素14原子核に吸収されグザイ核を形成し、2個のヘリウム5ラムダ核(#1と#2)、ヘリウム4原子核(#3)、および中性子に崩壊しました。中性子は電荷を持たないので写真乾板では見えません。2個のヘリウム5ラムダ核は、B点とC点でそれぞれ2個の水素原子核と複数の電荷をもたない粒子(中性子や中性パイ中間子)に崩壊しました。
【発表のポイント】
・J-PARCで実施した過去最大規模のグザイ核探索実験により、史上最も大きな束縛エネルギーを示すグザイ核事象(イラワジ事象)を観測した。その束縛エネルギーは、2021年2月に同研究グループが報告したグザイ核事象(伊吹事象)のものよりも5倍以上大きい。
・イラワジ事象は、グザイマイナス粒子と原子核が最も深く束縛したs状態(注3)だったことを示している。この状態と、p状態(注3)を示す伊吹事象を合わせて、グザイ核内部の準位構造が明らかになった。
・グザイ核の準位構造から、グザイマイナス粒子と陽子・中性子との間に働く力の大きさがわかり、これは原子核がクォークからどのように成り立つのかを紐解くとともに、この宇宙で最高密度の中性子星の内部構造の理解に繋がる重要な知見である。
【研究成果】
研究チームは、J-PARCハドロン実験施設で行った実験(J-PARC E07実験)で、新たなグザイ核の生成事象(イラワジ事象)を観測しました。詳細な解析によりこの事象は、グザイマイナス粒子が窒素14原子核に6.27±0.27MeVという非常に大きなエネルギーで束縛された状態であると判明しました。グザイマイナス粒子は、マイナスの電荷を持つ電子と同じようにプラスの電荷を持つ原子核とクーロン力で束縛状態を作りますが、はたらく力がクーロン力のみであれば束縛エネルギーはせいぜい1MeV程度です。今回観測した事象は、クーロン力に加えて、原子核と「強い相互作用」による引力によってさらに強く束縛したグザイ核のs状態の形成を示します。この結果と、これまで検出したグザイ核のp状態やd状態のデータとをあわせて、図2に見られるようにグザイ核の準位構造が明らかになりました。このデータにより、強い相互作用による引力の大きさがわかります。
なおグザイ核は、グザイマイナス粒子が核内の陽子と反応して2つのラムダ粒子(注1)へ変換する反応により崩壊します。もしこの変換反応が起きやすいと、グザイマイナス粒子が原子核内に入ってグザイ核状態を形成する前に壊れてしまうため、グザイ核の存在は変換反応が起きにくいということも示唆します。
グザイマイナス粒子と原子核の間にはたらく力、またそのもととなるグザイ粒子(注1)と陽子・中性子との間に働く力や変換を引き起こす強い相互作用は、原子核の成り立ちや天体サイズの原子核ともいえる中性子星の内部の状態を理解する上で重要であり、本研究で強い相互作用の新たな知見が得られました。
【画像: (リンク ») 】
図2.これまでに測定されたグザイ核で、グザイマイナス粒子と窒素14原子核(14N)との束縛エネルギー(BΞ-)と、対応する軌道のイメージ。単一に測定されたイラワジ、伊吹の両事象のBΞ-により、二通りの可能性のある金華事象および木曽事象のBΞ-が、それぞれs軌道、p軌道として解釈できます。窒素14原子核の場合、s、pの次のd軌道では、強い相互作用はほとんどはたらかずに電磁気的な力が主になるため、“D”と大文字を使っています。s軌道より準位が浅くなるにしたがって、グザイマイナス粒子は、原子核の中心から離れたところに位置するようになります。
【背景】
グザイ核とは、通常の原子核にグザイ粒子が加わった原子核を指します。グザイ粒子は、通常の原子核を構成する陽子や中性子と同じようにクォーク3つから構成される粒子で、ストレンジクォークを2つ含み、100億分の1秒程度の時間で崩壊するという性質を持っています。通常の原子核には含まれないストレンジクォークを含む原子核(超原子核)を研究することは、原子核形成のメカニズムの深い理解に繋がります。また超原子核、特にグザイ核の研究は、天体サイズの巨大な原子核と言われる中性子星の理解にも重要です。中性子星は恒星が超新星爆発を起こした後に形成される超高密度天体で、その合体事象は重力波源や宇宙の重元素の供給源として近年注目を集めています。中性子星の質量の上限値、半径、内部の密度や圧力といった性質を理解するには、中性子星の内部においてどのような条件下でどのような粒子が発生するかを考える必要があります。グザイ粒子も中性子星内に発生しうる粒子の一つで、その発生条件は陽子や中性子との間にはたらく力の強さに依存することから、その大きさを地上実験によって決めることが必要で、グザイ核の実験データの充実は長い間望まれていました。
グザイ粒子と原子核の間にはたらく(強い相互作用による)力はそれまでの実験から引力であることが示唆されていました。仲澤和馬シニア教授のグループは2015年、KEK 12GeV陽子シンクロトロンでの実験(E373)で世界初となるグザイ核事象(木曽事象 [**])を報告し、グザイ粒子と原子核との間の強い相互作用は引力であることを明らかにしました。しかし、その束縛エネルギーには2通りの解釈ができました。グザイマイナス粒子と原子核とにはたらく力を詳細に測定するためには、束縛エネルギーが一意に決定できるグザイ核事象を多数検出する必要がありました。そこで研究チームは、大強度ビームが得られるJ-PARCにおいて、新たな技術開発により従来の10倍の事象観測を目指した国際共同実験(J-PARC E07)を計画・実行しました。
【研究の経緯】
J-PARCハドロン実験施設での実験では、加速器ビームで作られる大強度・高純度の負電荷のK中間子(K-)(注1)のビームを用いてグザイマイナス粒子を大量に生成し、これを総計1500枚の特殊な写真乾板に入射させてグザイ核事象を記録しました。その後写真乾板を現像し、独自に開発した光学顕微鏡システムでグザイ核事象を探索しました。探索をより効率よく行うため、グザイマイナス粒子の生成反応を写真乾板の前後に設置した検出器群によって同定し、さらにグザイマイナス粒子の写真乾板への入射位置の測定データを用いて写真乾板内を探索しました。探索の結果、グザイマイナス粒子が写真乾板中の原子核に吸収され、2つのラムダ核を含む原子核に分裂する事象を観測しました。解析の結果、この事象は写真乾板中の窒素14原子核に吸収され、2つのラムダ核(二つのヘリウム5ラムダ核、ヘリウム4原子核と中性子)に崩壊した事象であること、グザイマイナス粒子と窒素14原子核の束縛エネルギーは6.27±0.27 MeVであると一意に決定できました。
この事象は、顕微鏡を用いた探索を主導した岐阜大学で、発見した留学生の母国ミャンマーの雄大な河川にちなみ「イラワジ事象」と命名されました。これまでグザイ核事象は数例しか観測例が無く、新たに発見された場合、発見に貢献した研究機関や発見者に縁のある地名にちなんで命名することが研究チームの慣例となっています。
【今後の展開】
グザイマイナス粒子が束縛される原子核内の準位構造を測定した本研究は、物質を構成する素粒子クォークから物質が形成される仕組みの理解に繋がる成果になるとともに、巨大な原子核と言われる中性子星の内部構造の解明に一歩迫る成果になります。
研究グループは、全面探査法と呼ばれる新たなグザイ核の探索法を開発しています。これにより現状の検出器群で同定できなかったグザイ核の検出が可能になり、この手法によるグザイ核事象の観測数は現在のさらに10倍(過去実験の100倍)と見積もられます。今後多くのグザイ核事象の観測により、様々な種類とエネルギー状態にあるグザイ核をより系統的かつ精密に測定し、グザイ粒子にはたらく強い相互作用の詳細が明らかになります。
【論文情報】
雑誌名: Progress Theoretical and Experimental Physics
タイトル: First observation of a nuclear s-state of Ξ hypernucleus, 15ΞC
著者: M. Yoshimoto et al.
DOI番号:10.1093/ptep/ptab073
論文公開URL: (リンク »)
【国際研究チーム】
本研究は、岐阜大学(教育学部、工学研究科)、日本原子力研究開発機構、東北大学、高エネルギー加速器研究機構(素粒子原子核研究所)、大阪大学、京都大学、理化学研究所(高エネルギー原子核研究室、中間子科学研究室)、韓国・標準科学研究所、韓国・高麗大学、韓国・慶尚国立大学、アメリカ・ニューメキシコ大学、アメリカ・オハイオ大学、ドイツ・ヘルムホルツ研究所マインツ、ドイツ・ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ、中国・合肥物質科學研究院、中国・山西師範大学(現代物理学研究所)、ミャンマー・ラシオ大学、ミャンマー・ヤンゴン大学など、20大学・機関の総勢49名の研究者・大学院生が参加する国際共同研究グループにより実施されました。
【用語解説】
(注1)ストレンジクォーク、ラムダ粒子、グザイ粒子、ハイペロン、K中間子
クォーク3つからなる陽子・中性子のような粒子(バリオンと呼びます)は、陽子や中性子の他にもいくつか存在することが分かっています。第3のクォーク、ストレンジ(s)も考えると、ラムダ粒子(uds)、グザイマイナス粒子(dss)、グザイゼロ粒子(uss)といった粒子などがあります。グザイと名の付く粒子には、ストレンジクォークが二つ含まれます。このようにストレンジクォークを含む、ラムダ粒子やグザイ粒子などのことを総称してハイペロンと呼びます。
ラムダ粒子やグザイ粒子などハイペロンが入った原子核を超原子核といい、ラムダ粒子が入ったラムダ核やグザイ粒子の入ったグザイ核などがあります。
また、クォークと反クォークからなる中間子と呼ばれる粒子も存在します。ストレンジクォークを一つ持つ負電荷のK中間子(K-)は(ūs)で、ūはuの反クォークです。本実験で用いるグザイマイナス粒子は、K-ビームがダイヤモンド標的中の陽子と反応することで、正電荷のK中間子(K+)とともに次のように生成されます。
K- + 陽子 ➡ グザイマイナス粒子 + K+
【画像: (リンク ») 】
グザイマイナス粒子は、陽子と反応して、2つのラムダ粒子に変換します。この変換反応によりグザイ核は崩壊します。この時、2つのラムダ粒子がたまたま原子核に束縛され2つのラムダ核になったものが今回観測した事象です。
【画像: (リンク ») 】
(注2)強い相互作用
「強い力」ともいい、自然界に存在する4つの相互作用(力)の一つ(他の3つは、弱い相互作用、電磁相互作用、重力相互作用)。クォーク間に働いて核子(陽子や中性子)を形作ったり、核子間に働いて原子核を形作ったりします。この力の性質の理解を深めることは現代物理学の重要課題の1つであり、それには、地球上に自然には存在しないストレンジクォークを含む粒子同士や、それらと原子核や核子との間に働く力を調べることが重要なカギとなります。そこで、加速器を用いてストレンジクォークを含む「超原子核」をつくり、強い力の研究が行われています。
(注3) 準位構造
原子内の電子は、エネルギーの決まった軌道(K殻、L殻、・・・)上にあります。原子の励起(エネルギーが上がること)から放出されるエックス線がある決まったエネルギーを持つのは、電子が軌道(状態)間を移動(遷移と言います)することによるものです。同様に、通常の原子核内の陽子と中性子にもそのような状態があり、準位と言います。励起した原子核から放出されるガンマ線のエネルギーが決まっているのは、陽子や中性子の準位間の遷移によるものです。原子の場合の、K、L、などのように、原子核ではエネルギーの深い準位から順に、s、p、dなどと名前を付けます。本研究では、グザイ核においてもグザイマイナス粒子のs、pなどの準位が核内に初めて観測されました。
(注4)中性子星
中性子星は、宇宙で最も密度の高い天体であり、太陽の8倍以上の質量を持つ大質量星の進化の最終段階で起こる超新星爆発で誕生すると考えられています。中性子星は、太陽の1.5~2倍の質量を持ちますが、半径は10km程度しかなく、その中心部は非常に高密度で、1㎤(スプーン1杯分)あたり10億トンにも達し、その密度は通常の原子核の5~7倍にもなります。中性子星はその名のように主に中性子で構成されています。中心部のような非常に高い密度領域では、中性子のエネルギーが非常に高くなり、中性子でいるよりさらに重い粒子であるハイペロンに変わった方が内部の粒子運動が穏やかになるため、ハイペロンが出現します。一方、ハイペロンの出現により運動が穏やかになると、中心部の圧力が下がります。私たちの実験結果のように、ハイペロンと核子、ハイペロンとハイペロンの間の相互作用が引力的であれば、より低い密度でもハイペロンへの変換が起こり、さらに内部の圧力が下がります。すると重い中性子星は自らの重さを支えられなくなり、存在できないことになってしまいます。天体観測では太陽の2倍の質量をもつ中性子星が見つかっており、引力的なハイペロンの相互作用との矛盾は「ハイペロン・パズル」と呼ばれ大きな議論になっています。
[*] 伊吹事象
(リンク »)
(リンク »)
[**] 木曽事象
(リンク »)
(リンク »)
お問い合わせにつきましては発表元企業までお願いいたします。