日本IBMは3月5日、「IBMビジネスパートナー・エグゼクティブフォーラム2021」を開催した。このイベントは、日本IBMのビジネスパートナーに向けて、2021年のビジネス戦略とパートナー協業方針を伝えるものだ。今年は、コロナ禍対応のためオンラインでの開催となった。
最初に登壇した同社の代表取締役社長である山口明夫氏は、「コロナ禍対策や脱炭素社会に向けた動きなど大きな社会変革が求められるなか、DXの目的は、ビジネスモデルの変革にあり、経営トップが自ら進めるものという認識が広がってきた。その中で、柔軟で迅速な対応を実現するため、オープンハイブリッドクラウドとAIプラットフォームを中核にして、オープンなエコシステムをパートナーの皆様と共創していきたい」と語った。
ハイブリッドクラウドとAIプラットフォームを戦略として推進
日本アイ・ビー・エム
代表取締役社長
山口明夫氏
続けて、山口氏は、ここ3年間の同社の変革について説明した。
2019年にRed Hat社を買収し、グループ企業としてオープンソースソフトウェアと、エンタープライズ向けKubernetesプラットフォームであるOpenShiftを強力に推進していけるようになった。そして、IBMのミドルウェア製品をすべてコンテナ化すると共に、AIを搭載したCloud Paksを展開してきた。さらに、昨年はマネージド・インフラストラクチャー・サービス部門の分社化を発表した。
このような変革によって、IoT機器からオンプレミス、パブリッククラウドまでインフラの種類が多様化するなかで、お客様がプラットフォームフリーな環境でITシステムを構築し利用できるようになり、デジタル変革を迅速かつ柔軟に進められるようになる。さらに、お客様と体験型・共創型でアイデアを創りあげる形で、営業のやり方も変わっていく必要がある。
ハイブリッドクラウドとAIの戦略に基づく変革の軌跡
そこで、同社のビジネスパートナーとどのような世界を実現していきたいのか、その全体像を説明した。4つの層に分かれている。
オープンなハイブリッドクラウドとAIの世界へ
一番下のインフラストラクチャーの層は、IBMが提供するサーバーやストレージとクラウド、他社のパブリッククラウドや企業向け基盤などが該当する。こうした多種多様なインフラをしっかりとマネージしていくため、マネージド・インフラストラクチャー・サービス部門を分社化すると同時に、いろいろなお客様・パートナー様と水平方向で連携していくのだ。
2番目の層は、ハイブリッドクラウド・プラットフォームである。Red HatのOpenShiftを中核にして、どのようなインフラであってもアプリケーションが動作する環境を実現する。
3番目のソフトウェアの層では、コンテナ化されたミドルウェアを活用して、自動化、データとAI、ネットワーク、セキュリティー、統合などを実現する。ここは、同じようなアセットを持つビジネスパートナーと、一緒になって提案していきたいと説明した。
最後に、一番上がサービスの層である。お客様のデジタル変革を実現するため、システムインテグレーターとの協業を進めていきたいと語った。
360度の新しいテクニカル・エクスペリエンス・ジャーニーに手厚く対応
日本アイ・ビー・エム
テクノロジー事業本部長
専務執行役員
伊藤昇氏
続いて登場した、同社の専務執行役員でテクノロジー事業本部長である伊藤昇氏は、新たな協業方針について説明した。
伊藤氏は、「今年のメッセージは、IBMは、テクノロジーの会社になることだ」と宣言した。その実現のために、すべての製品を束ねた組織としてテクノロジー事業本部を作ったという。そして、その価値をお客様に伝えていくためには、パートナーとの協業が一番大切だと語った。
営業体制についても、従来のように、提案して購入してもらっただけで価値を提供できる時代は終わっていると述べた。多くのテクノロジーベンダーの製品が、クラウド上で提供され、サブスクリプション型になり、製品自体もアジャイルに頻繁にバージョンアップされることが増えたためだ。
そこで、テクノロジー支援体制の強化を行った。お客様に継続して価値を提供していくために、プリセールスからポストセールスまで360度の新しいテクニカル・エクスペリエンス・ジャーニーに手厚く対応していくという。そのために、カスタマーサクセスの組織を新設して、ポストセールス段階でお客様に寄り添いながら仕事をしていく。また、製品に特化したエキスパートラボや、障害時の対応・Q&A対応のためのサポート部門を強化するという。
テクノロジー⽀援体制の強化
伊藤氏は、パートナーにとっても、こうした価値提供をし続けることが重要になってくると続けた。そこで、カスタマーサクセスマネージャーやエキスパートラボのメンバーを、パートナーとの協業のなかにも組み込んでもらいたいと説明した。たとえば、エキスパートラボのサービスは、これまでIBMが直接お客様に提供していたが、これからはパートナー経由でも提供できるようにする。また、IBM製品のブランドチームのなかにもパートナーの専門メンバーを用意することで、提案活動においてもスピード感をもって提案できるようにしていくと語った。
3つの協業モデルで、IBMの強みをパートナーと共に届ける
日本アイ・ビー・エム
テクノロジー事業本部
パートナー・アライアンス事業本部長
常務執行役員
三浦美穂氏
イベントの後半では、同社のテクノロジー事業本部でパートナー・アライアンス事業本部長を務める常務執行役員の三浦美穂氏が、パートナーとの協業モデルについて説明した。
三浦氏は、現在のIBMの強みとなるのは、オープンなハイブリッドクライドテクノロジーを持ち、DXを加速するアジャイルな手法を体感できるガレージ・メソッド、エンタープライズ向けの包括的なポートフォリオを備えていることだと語った。これを、パートナーの強みと共に届けるため、3つの協業モデルを用意したという。
オープンなハイブリッドクラウドとAIを基盤としたエコシステムを共創
1番目の協業モデルは「Build」と呼ぶものだ。パートナーが持つハードウェアやソフトウェアのアセットに、IBMのテクノロジーを組み込んで提供する。
2番目の「Service」は、パートナー自身がマネージドサービスやSaaSなどを提供している場合に、IBMテクノロジーを採用する。
そして3番目は、パートナーの専⾨スキルを⽣かして、IBMテクノロジーを販売する「Sell」というモデルになる。これは、従来からある再販モデルと同じになる。
パートナーの強みとIBMテクノロジーを掛け合わせる3つの協業モデル
協業モデルに合わせた取り上げた3つの先進事例
続いて、この協業モデルに合致する3つの事例を紹介した。
1番目のBuildモデルの事例では、株式会社セントラルソフトサービスの代表取締役社⻑である清川⾼史氏がオンラインで登場した。ここでは、愛知県の岡谷システム株式会社が提供するSaaS型介護事業者向け業務⽀援システム「トリケアトプス」をコンテナ化した事例を紹介した。この事例でポイントとなるのは、DevOpsなどの体制を強化することで、アプリケーションリリースを無停⽌で⾃動化した点にある。これにより、サービスレベルの向上と開発者の負担軽減が実現できたという。
2番目のServiceモデルの事例には、富⼠通株式会社の5G Vertical Service室でエグゼクティブディレクターを務める神⽥隆史氏が登壇した。同社は、国内初のローカル5G商⽤免許を取得して、パートナー企業の先進技術と富⼠通のローカル5Gをはじめとする技術や知見を統合検証する「FUJITSU コラボレーションラボ」を開設している。そこでは、ローカル5GとOpenShiftによるオープンなプラットフォーム「Open-Edge&Cloud」を構築しており、設備保全を始めとする、様々な現場業務ニーズに応じた最適なソリューションの共同検証を可能にしている。このオープンプラットフォームのシステム環境として、IBMのOpenShiftとMaximoを利用しているという。
3番目のSellモデルの事例として登場したのは、株式会社エルテックスの代表取締役社⻑である森久尚氏である。同社は、EC・通販統合パッケージ「eltex DC」、顧客体験最適化ツール「eltex CX」を開発・販売すると共に、IBM Cloudのインテグレータとして豊富な構築・運⽤実績を持っている。このSellモデルの事例としてポイントとなるのは、IBMと同社が、「共同マーケティング」などのIBM支援策を活用しながら、足並みをそろえて販売活動を行い、確実に実績を上げてきた点だ。そのおかげで、2020年には学校法人やエネルギー企業などから受注できたという。さらに、IBMのコンテナ化推進ワーキンググループにも積極的に参画して、自社ソリューションのモダナイゼーションに活かすことができた。
事例紹介の司会を務めた三浦氏は、こうした事例のような協業モデルを実践することで、お客様により良い価値を提供できると語った。
パートナーの活動を支援する充実したプログラム
続けて、三浦氏が、パートナー活動を支援する施策について詳しく説明した。
1つ目の施策は、パートナーへの技術支援の強化である。
なかでも「ハイブリッドクラウド・ビルド・チーム」は、独自のソリューションやアセットを持つパートナーに向けて、IBMのアーキテクト集団が、ハイブリッドクラウド環境へのマイグレーションやモダナイゼーションを支援するものだ。MVPやプロトタイプをいっしょに構築するといった活動を、3週間から5週間のワンショットで提供する。また、Technologyセミナーや「Seismic」と呼ばれる社員向け学習ツールをパートナーにも提供する。パートナーの技術力を証明するコンピテンシープログラムも用意されている。
ハイブリッドクラウド・ビルド・チーム
2つ目の施策は、ビジネス機会を拡⼤する共創の場の提供である。
そのうちのひとつとして、パートナーが保有するインダストリー向けソリューションのコンテナ化を推進する「コンテナ共創センター」を日本独自で提供するという。また、「DXチャレンジプログラム」では、新しいビジネス創出のアイデアを複数の企業といっしょになって考えていくビジネス開発コンテストである。さらに、クラウドネイティブスキルが⾝に付くDeveloper向けオンラインコース「IBM Developer Dojo」も開催される。
コンテナ共創センター
3つ目の施策は、パートナーの市場進出を加速する⽀援プログラムである。
特に注目したいのが、クラウドソリューションを資金面でサポートする「クラウド・エンゲージメント・ファンド」である。オープンハイブリッドクラウドおよびAIプラットフォームによるイノベーションを推進したいパートナーの取り組みに⽀援⾦を提供するものだ。また、1万2,000USドル分のIBMクラウドを無料で利用できる「IBMクラウド無料クレジット」や、従来の共同マーケティングプログラム、コロナ禍を経て必須となったデジタルマーケティングの支援プログラムも用意しているという。
クラウド・エンゲージメント・ファンド
パートナーアワードを14社が受賞
本イベントでは、2020年を通じ、日本IBMのビジネス発展に寄与し、顕著な実績をおさめたIBMビジネス・パートナーへのアワードの発表も行われて、14社が受賞した。
イベントの最後に、三浦氏が、「Let’s create what’s next, together」というパートナー事業におけるグローバルのスローガンを紹介した。これは、「今、また将来に向けて、お客様の変革をご支援するために、新たなものを共に創り出そう」という気持ちの現れだという。
IBMの戦略チャートの一角をSIerやISVなどが占めるのは、同社では始めてのことだという。それだけに、オープンなエコシステムをパートナーと共創していこうとするIBMの本気度が伝わってくるイベントであった。