北里大学医学部の堤良平講師、堺隆一教授は、斎藤芳郎教授(東北大院薬)、Benjamin G. Neel教授ら(米国ニューヨーク大学)と共同研究を実施し、増殖因子受容体およびブドウ糖トランスポーター1(GLUT1)を含むエンドサイトーシス小胞が、細胞外からミトコンドリアへのブドウ糖輸送装置として機能し、細胞の解糖系によるブドウ糖代謝において重要な役割を果たすことを明らかにしました。この結果は、現在考えられている「ブドウ糖は細胞膜を通して細胞内に移行し細胞質で代謝される」という教科書モデルを大きく更新するものです。
この研究成果は、2024年4月2日付で、Nature Communications誌に掲載されました。
■研究成果のポイント
・増殖因子受容体エンドサイトーシス小胞の機能にはこれまで不明な点が多かったが、その簡便な単離法を開発し、同小胞にGLUT1を含む多数の解糖系酵素が集積することを明らかにした。
・以前から知られていた増殖因子による急性の細胞ブドウ糖代謝亢進が、このような解糖系酵素が集積したエンドサイトーシス小胞の生成とそのミトコンドリアへの輸送に依存していることを示した。
・メタボローム解析によりエンドサイトーシス小胞が細胞内代謝の恒常性に必要なこと、ならびに同小胞によるブドウ糖の輸送が細胞の生存に必須であることを示した。
・本現象は、増殖因子受容体の活性化や糖代謝の亢進が知られているがんなどの疾病への関与が示唆され、新たな治療法の開発への展開が期待される。
■研究の背景
増殖因子受容体は様々ながんで活性化型変異や過剰発現が見られ、これまでに抗がん治療の標的として様々な薬剤の開発が進められてきました。細胞表面に発現する増殖因子受容体は増殖因子刺激により活性化し細胞内情報伝達の起点となることが知られていますが、刺激により細胞膜から生成されるエンドサイトーシス小胞によって細胞内に引き込まれます。近年、情報伝達の起点としてこのようなエンドサイトーシス小胞の機能が注目されてきましたが、完全には明らかになっていませんでした。
一方、1970年代から増殖因子刺激により細胞の糖代謝が急性に増加することが知られていましたが、インスリン依存的なブドウ糖トランスポーター4(GLUT4)の細胞膜表面への移行や転写・翻訳による長期的な解糖系酵素群の発現量制御が注目されたこともあり、当初発見された現象は、これらでは説明が困難であるにもかかわらず、詳細な機構は明らかにされていませんでした。
■研究内容と成果
今回、研究グループは、増殖因子受容体エンドサイトーシス小胞の機能解明を目指して磁性ナノ粒子を用いた簡便な単離法を新規に開発し、プロテオミクス解析や共焦点レーザー顕微鏡による解析等によって同小胞がGLUT1を含む多数の解糖系酵素を集積してミトコンドリアの近傍に輸送されることを明らかにしました。また、増殖因子刺激による細胞ブドウ糖代謝の急性の亢進が、既知の糖代謝制御機構ではなく、GLUT1ならびに受容体エンドサイトーシス小胞の生成とそのミトコンドリアへの細胞内輸送に依存していることを明らかにし、加えて、同小胞が細胞外からミトコンドリアへのブドウ糖の輸送を担っていることを示しました。さらに、メタボローム解析等によって同小胞が細胞内での特に解糖系による代謝の恒常性維持や細胞の生存に必須であることを示しました。
これまで、細胞の解糖系による代謝は教科書的にも「ブドウ糖は細胞膜を通して細胞内に移行し細胞質で代謝される」と漠然と説明されてきましたが、今回の研究によって、外部刺激によって生じる細胞内小胞とそのミトコンドリアへの輸送等が関与する動的な機構によって制御されることが明らかになりました(概要図参照)。
■今後の展開
増殖因子受容体の活性化や糖代謝の亢進が知られているがんなどの疾病への関与が示唆され、新たな治療法の開発への展開が期待されます。
■論文情報
掲載誌: Nature Communications
論文名: Endocytic vesicles act as vehicles for glucose uptake in response to growth factor stimulation
著 者: Ryouhei Tsutsumi (corresponding author), Beatrix Ueberheide, Feng-Xia Liang, Benjamin G. Neel, Ryuichi Sakai, Yoshiro Saito
DOI: 10.1038/s41467-024-46971-9
本研究は、JSPS科研費 18H06120, 20K06633(堤), 20H00488(斎藤)、および武田科学振興財団、加藤記念バイオサイエンス振興財団(堤)の助成を受けたものです。
■用語解説
・増殖因子受容体:
受容体型チロシンキナーゼとも呼ばれ、ヒトでは上皮増殖因子受容体(EGFR)、血小板由来増殖因子受容体(PDGFR)、インスリン受容体など58種類が知られています。細胞外の増殖因子を感知して細胞内に細胞の増殖・生存・運動などにかかわる情報伝達を引き起こします。
・ブドウ糖トランスポーター1(GLUT1):
細胞外のブドウ糖を細胞内に受動的に輸送するGLUTファミリーのひとつであり、ファミリーの中でも全身の細胞の表面に普遍的に発現していることが知られています。
・エンドサイトーシス小胞:
細胞膜が細胞質側に陥入し、切り離されることによって生じる細胞内小胞です。
・解糖系:
細胞の代謝経路のひとつで、細胞外から取り込んだブドウ糖をピルビン酸まで代謝し、その過程でエネルギーを産生します。がん細胞では解糖系によるエネルギー産生が活発であることが知られています。
・メタボローム解析:
質量分析などを用いて代謝において生成する化学物質を網羅的に定量する解析です。今回の研究ではブドウ糖代謝に関係する116種の代謝物を解析しました。
・プロテオミクス解析:
質量分析などを用いて網羅的なタンパク質の同定や定量を行う解析です。
・共焦点レーザー顕微鏡:
レーザー光を用いる蛍光顕微鏡の一種で、高い解像度を得ることができます。
■問い合わせ先
【研究に関すること】
北里大学医学部
講師 堤 良平
e-mail:tsutsumi.ryohei@kitasato-u.ac.jp
【報道に関すること】
学校法人北里研究所 総務部広報課
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TEL:03-5791-6422
e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp
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