・アルツハイマー病など多くの神経変性疾患では、タウタンパク質注1の異常な蓄積が神経細胞死を引き起こします。
・今回、タウタンパク質の異常に関わる酵素MARK4が、細胞のストレス応答構造「ストレス顆粒注2(Stress Granule)」を制御するという新たな機能を持つことを発見しました。
・MARK4は酸化ストレス注3下でストレス顆粒形成因子TIA1注4と協調してストレス顆粒形成を促進します。
・ストレス顆粒の形成はタウタンパク質の病変を悪化させることが知られています。本研究から、酸化ストレスとタウ病理を結ぶ新たな分子メカニズムが示されました。
・MARK4は創薬標的として注目されており、本研究成果はアルツハイマー病などのタウ病変を伴う神経変性疾患に対する新たな治療法開発につながることが期待されます。
2.概要
加齢に伴い、アルツハイマー病などの神経変性疾患の発症リスクは高まります。これらの疾患では、タウタンパク質の異常な蓄積が神経細胞の障害を引き起こします。加齢によって酸化ストレスが増加することが、アルツハイマー病リスク上昇の一因と考えられています。しかし、酸化ストレスとタウタンパク質の異常な蓄積の関係は十分に解明されていませんでした。細胞はストレスを受けると「ストレス顆粒(Stress Granule、SG)」を形成しますが、この構造が異常なタウの蓄積を促進する可能性が指摘されています。本研究では、東京都立大学大学院理学研究科の中嶋翔氏(当時、大学院生)、安藤香奈絵教授らの研究グループが、アルツハイマー病との関連が知られる酵素MARK4が、ストレス顆粒形成を促進する役割を持つことを見つけました。MARK4は、酸化ストレスを受けた細胞で、ストレス顆粒形成因子TIA1と協調してSGの形成を促進し、タウタンパク質の蓄積を増加させました。また、MARK4はタウによる神経細胞死を悪化させますが、TIA1の機能を低下させるとこれを緩和することもわかりました。本成果は、酸化ストレスとタウ病理をつなぐ新たな分子メカニズムを示すものであり、アルツハイマー病などのタウオパチーに対する新たな治療標的の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年9月4日付け(日本時間)でWileyが発行する学術誌「FEBS OpenBio」に掲載されました。
なお、本研究は、武田科学振興財団、科研費24K02860、AMED JP24wm0625509、JP25wm0625509事業の支援を受けて行われました。
3.研究の背景
アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患では、タウタンパク質が脳内に異常に蓄積し、神経細胞の機能障害や細胞死を引き起こします。しかし、タウがどのような仕組みで蓄積し、その毒性を獲得するのかは十分に解明されていません。MARK4は、タウをリン酸化するキナーゼとして知られ、タウをリン酸化してその蓄積や毒性を高めることが知られていました。しかし、タウの同じ部位をリン酸化するキナーゼは他にもあり、なぜ他の類似酵素よりも強くタウ病理を促進するのかは明らかになっていませんでした。一方、MARK4は酸化ストレスへの応答との関連が示唆されていました。そこで、酸化ストレスに対する細胞応答が、MARK4によるタウの蓄積に関わるのではないかと考えました。
4.研究の詳細
近年、神経変性疾患の患者脳では、細胞がストレスに応答して形成するストレス顆粒がタウの異常化に関与する可能性が報告されています。特に、ストレス顆粒形成因子TIA1はタウの凝集や毒性を促進することが知られています。培養細胞に酸化ストレスを加えてMARK4の細胞内局在を解析すると、MARK4がストレス顆粒に局在することがわかりました。MARK4はTIA1とともにストレス顆粒に集積し、また酸化ストレス下でストレス顆粒形成を促進することが明らかになりました。TIA1がストレス顆粒を形成させる機能は酸化されると低下します。しかし、MARK4は酸化ストレスによるTIA1の機能低下を抑え、ストレス顆粒形成能を維持することもわかりました。
続いて、MARK4とTIA1がタウタンパク質に与える影響を解析しました。培養細胞でMARK4またはTIA1を単独で発現させてもタウ量は大きく変化しませんでしたが、両者を同時に発現させるとタウタンパク質が著しく増加することが分かりました。これらより、MARK4はタウを直接リン酸化するだけでなく、TIA1を介してストレス顆粒の形成と安定化を促進し、その結果としてタウ蓄積を増加させるという新たな作用機構が示されました。
さらにタウの毒性についての解析をショウジョウバエを用いて行いました。MARK4の発現はタウによる神経細胞死を悪化させますが、TIA1の発現を低下させると、タウによる神経細胞死が有意に抑制されました。この結果は、ストレス顆粒形成がタウによる神経細胞死を促進することを示唆しています。
本研究から、酸化ストレス、ストレス顆粒、そしてタウ病理を結びつける新たな分子メカニズムが明らかになりました。本成果は、アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患についての発症機序の理解に役立ち、またMARK4を標的とした新たな治療戦略の開発につながる可能性を示しています。ストレス顆粒の異常はがんや筋萎縮性側索硬化症(ALS)など他の疾患との関連も指摘されています。本研究成果は神経変性疾患研究にとどまらず、細胞ストレス応答機構の理解にも貢献することが期待されます。
【画像: (リンク ») 】
図1.酸化ストレスによってタウ蓄積が促進される仕組み。 MARK4(赤)は、細胞内のストレス応答構造であるストレス顆粒(オレンジ)の形成を促進し、TIA1(青)と協調して認知症関連タンパク質タウ(紫)の蓄積を増加させ、神経細胞死を悪化させる。
5.研究の意義と波及効果
アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患は、高齢化の進行に伴い患者数の増加が懸念されている重要な社会課題です。これらの疾患ではタウタンパク質の異常な蓄積が神経細胞の障害や細胞死を引き起こしますが、その発症や進行を根本的に抑制する治療法はまだ十分に確立されていません。本研究は、加齢に伴って増加する酸化ストレスとタウの異常を結びつける新たな分子メカニズムを明らかにした点で意義があります。具体的には、アルツハイマー病との関連が知られるキナーゼMARK4が、ストレス顆粒の形成を促進し、その結果としてタウタンパク質の蓄積と神経変性を増悪させることを示しました。MARK4はタウをリン酸化する酵素として主に研究されてきましたが、本研究によって細胞のストレス応答そのものを制御する新たな機能が明らかになりました。
さらに、MARK4とTIA1の機能的な連携を明らかにしたことで、神経変性疾患の病態形成において、細胞ストレス応答とタンパク質異常がどのように結びつくのかを理解する重要な手掛かりとなります。今回見いだされた仕組みは、アルツハイマー病だけでなく、進行性核上性麻痺や大脳皮質基底核変性症などタウ病変を伴う神経変性疾患の研究にも応用できる可能性があります。神経変性疾患以外にも、MARK4の活性制御異常とストレス顆粒形成は共にがんへの関連も報告されており、これらの疾患の理解にもつながると期待されます。
また、MARK4は既に創薬可能な分子として注目されており、安藤らの研究グループはMARK4活性を阻害する化合物の開発を行なっています。本研究により、MARK4阻害によってタウのリン酸化だけでなく、ストレス顆粒形成を介した病的変化も抑制できる可能性が示されました。将来的には、タウの異常蓄積が始まる比較的早期の段階で病態進行を抑制する治療法の開発につながることが期待されます。
本研究は、加齢による細胞ストレスがどのように神経変性につながるのかという根本的な問いに対し、新たな分子レベルの説明を与える成果です。今後、認知症の予防・治療法開発に向けた基盤研究として発展することが期待されます。
6.用語解説
(注1)ストレス顆粒:細胞が酸化ストレスなどの環境変化を受けた際に一時的に形成する、RNAとタンパク質からなる集合体。
(注2)タウタンパク質:神経細胞の骨組みを支える重要なタンパク質だが、アルツハイマー病などの疾患では脳の細胞に異常に蓄積し、細胞死を引き起こす。
(注3)酸化ストレス:「体を傷つける活性酸素」と「それを防ぐ抗酸化力」のバランスが崩れ、細胞にダメージが蓄積した状態。体の“さび”にたとえられることがある。
(注4)TIA1:ストレス顆粒の形成を制御するRNA結合タンパク質。神経変性疾患におけるタウ異常との関連が報告されている。
7.論文情報
掲載誌:FEBS OpenBio
タイトル: MARK4 enhances stress granule formation under oxidative stress and increases tau accumulation
著者:Sho Nakajima (リンク ») Kotone Watanabe (リンク ») Grigorii Sultanakhmetov (リンク ») Aoi Fukuchi (リンク ») Keiya Ito (リンク ») Sawako Shimizu (リンク ») Taro Saito (リンク ») Akiko Asada (リンク ») Kanae Ando (リンク »)
DOI:doi.org/10.1002/2211-5463.70338 (リンク »)
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