札幌市、Gemini が「職場の生き字引」に。
DX で役所が変わる
「役所と Gemini Notebook は、相性がいい」
グループウェアの刷新と並行して進めた生成 AI を活用した業務改革。導入から 1 年以上が経過した 2026 年夏現在、職員 16,000 人のうち、Gemini の 1 か月あたりのアクティブ ユーザーは 8 割を超えるという驚異的な浸透ぶりだ。
「役所と Gemini Notebook って、相性がいいと思うんです」。デジタル戦略推進局 情報システム部 システム調整課の黒澤公輝課長は、そう力強く語る。
自治体の仕事は、複雑な法律や内規、国からの通知などを確認する作業が非常に多い。何十年も前の通知を確認することも日常茶飯事だ。黒澤氏は自身が入庁した頃を「紙の資料を一枚ずつめくって確認するので、1 日、2 日かけてようやく一つの調べ物をする感覚でした」と振り返る。膨大な紙の資料から正解を探し出す作業は、どれだけ気をつけていても確認漏れが起きるリスクがあった。
その状況が、2025 年に Google Workspace を導入し、生成 AI「Gemini」が使えるようになったことで一変した。
例えば、関連する規定や過去の資料をあらかじめ Gemini Notebook に読み込ませておき、そこでチャット形式で質問すれば、すべての関連情報に瞬時にアクセスできるようになった。「Notebook の使い方って、詰まるところそこなんですよね。ありとあらゆるものを入れておいて、そこから欲しい情報を引っ張り出す。過去の膨大な知見から永遠につながっているものになってくるので、非常に便利なツールだという印象を持っています」(黒澤氏)
この Gemini が大きな力を発揮したのが、冒頭で触れた 2026 年冬の衆院選だった。選挙の際には、専門知識を持つ担当者だけでは人手が足りず、別部署の職員も応援に駆り出される。特にこの選挙は準備期間が短く他部署の応援職員からの問い合わせも殺到したが、関連資料を読み込ませた Gemini Notebook を活用することで、応援職員がスムーズに疑問を解消して選挙事務を実施することができ、担当者の負担を劇的に減らすことができたという。
「生き字引」が、全職員のすぐ横にいる
さらに、本間航一氏は「職員の Gemini 認知率はほぼ 100%」と話す。
本間氏は以前、別の部署で契約の統括や支払い審査などを担当していた。自治体の規定は非常に複雑で、毎日のように「とんでもない数の調べ物」に追われ、膨大な時間がかかっていた。
Gemini Notebook が使えるようになってしばらくした頃、有志の職員が必要書類をすべて AI に読み込ませ、部内に公開してくれた。さらにその後、契約の所管課自らが関連書類を読み込ませて全庁に公開。今では全職員が手軽に高度な検索を行えるようになった。
「昔は、財務関係に強い『生き字引』のような職員が 50 人に 1 人ぐらいの割合でいました。そういう人が部署にいるとありがたいのですが、優秀な人ほど忙しい。でも Gemini Notebook が使えるようになったことで、その生き字引の神様みたいな人が、全職員のすぐ横にいるような状態になったんです。調べ物の時間を減らせたことで残業が減り、今までできていなかった本来の業務に取り組む時間ができました」(本間氏)
新人や若手にとっても、AI は心強い味方だ。入庁 4 年目の伊丹菜夕寧氏も「私が 1 年目の時に欲しかったです」と笑う。行政の仕事を覚える過程では、多忙を極める先輩に「こんな基礎的なことは聞きづらいな」と心理的なハードルを感じる場面もある。「でも今なら、とりあえず Gemini に聞くことができます」(伊丹氏)
新人が AI に頼ることでコミュニケーションが減るのではという懸念に対し、伊丹氏は「時間に余裕が生まれることで、逆に『今日のお昼、何食べようか』といった雑談も含め、気軽なコミュニケーションが取りやすくなるんです」と変化を語る。
AI が変えたのは、「調べる」だけじゃない
便利になったのは調べ物だけではない。
自治体では、資料をつくる仕事も多い。まずは Gemini に案を作らせて、そこから修正するという仕事の進め方が増えたという。文書を作成する際には、最初から関係者に共有し、それぞれが同じ画面を見ながら手を入れられるようにしたことも業務の効率化につながった。
本間氏は「今までだったら信じられなかったようなことができるようになりました」と驚きを隠さない。カレンダーで予定を作成する。ページ数が多い PDF ファイルの資料を要約して内容を把握する。会議の文字起こしをさせて短時間で議事録をつくる…。変化を挙げれば、枚挙にいとまがない。
ベテラン職員のなかには、AI に頼らずとも効率的に仕事をしている人もいるだろう。ただ、一から勉強しなければいけない若手や、人事異動によってまったく新しい仕事をする中堅職員にとっては強力な助っ人になっている。
システムを切り替えた直後は、頭を抱えることも
今でこそ AI を駆使して業務効率化を実現している札幌市だが、ここに至るまで、最初からスムーズに導入できたわけではなかった。伊丹氏は「システムを切り替えた直後はネガティブな反応が多くて、私を含め担当者はどうしようかと頭を抱えていました」と苦労を明かす。
長年、従来のデスクトップ アプリケーションでの作業に慣れ親しんでいたため、ブラウザ上で操作をすることに戸惑いを持つ職員が多かった。また、当初は大半の職員が仮想デスクトップ(VDI)を経由して利用していたため動作が遅く、「操作が複雑だ」「ネットワークが重い」といった苦情が殺到した。
しかし、情報システム部は活用の機運を妨げないよう、上司の承認なしでも Google Chat のスペースを自由に作成できるようにした。すると、先んじて活用しはじめたリテラシーの高い職員たちが、自発的に「こんな風に業務を効率化できる」といった利用方法をスペースで共有するようになった。
さらに、仮想デスクトップを介さず直接インターネット環境に接続できる設定が整うと、ブラウザベースの Google Workspace 本来の圧倒的な軽快さが発揮され、一気に活用が進んだ。「1 年が経つ頃には、重い・遅いといったネガティブな問い合わせはほとんど来なくなりました」(伊丹氏)
グループウェアの刷新で、ワークスタイルが根本から変化
そもそも、なぜ札幌市はこれほどの大規模なシステム刷新に踏み切ったのか。
日本有数の政令指定都市である札幌市も、他の自治体と同じように人口減少や少子高齢化といった深刻な課題を抱えている。人口が減る中で質の高い行政サービスを維持・向上させていくためには、抜本的な業務の効率化が必須だ。コロナ禍を経て場所にとらわれない働き方の必要性が顕在化したこともあり、同市は DX を強力に推し進めてきた。
2025 年 5 月には Google Workspace を全庁約 16,000 人の職員に導入。新たなインターネット接続系業務ネットワークを「NEWS ネット」と名付け、オンプレミス上のファイル サーバーにあったデータをすべて Google ドライブへ移行した。さらに、各自の端末のローカル ドライブにはデータを保存せず、クラウド上のドライブに保存するという運用ルールを周知した。
このクラウドを前提としたシステムへの移行は、職員の意識改革をもたらしている。本間氏は、現場で起きている変化をこう語る。「連絡手段がメールから Google Chat へ移行し、Google ドキュメントや Google スプレッドシートの共同編集が定着しました。『この資料で合っていますか?』とファイルを添付して往復する無駄なやり取りがなくなり、同じ画面を見ながら一緒に直していける。コミュニケーションのスタイルが根本から変わり、合意形成の時間は大幅に短縮されたと実感しています」
興味深いのは、こうした便利に使える仕組みを、情報システム部門からのトップダウンではなく、現場の職員が自発的に作るようになったことだ。有志の職員が庁内の AI 活用ポータルサイトを作ってくれたこともあったという。「『何かを改善したい』と思っていても、今まではその気持ちが閉じられていた。それが使いやすいツールを得たことで花開き、自発的な行動が生まれた。その環境づくりができたことが、とても面白いですね」(本間氏)
「安全だけど不便」から、クラウドを前提にしたセキュリティへ
こうした自治体 DX を進めるうえで、絶対に避けて通れないのがセキュリティの問題だ。自治体には、市民の非常に大切な個人情報が集まっている。従来は、インターネットから完全に切り離された「つながない環境」をつくることで情報を守ってきた。しかし、クラウドや AI ツールをフル活用するためには、セキュリティの考え方そのものを変える必要があった。
黒澤氏はこう説明する。「札幌市はこれまで、ネットワークを三分割して守る『三層分離の α(アルファ)モデル』でやってきたのですが、DX 化を進める中でその限界が見えてきました。そこでインターネットをフルに活用していくために、セキュリティを確保した上でクラウドを利用する『β’(ベータダッシュ)モデル』を選択したのです」
ここで最大の課題となるのが、ランサムウェアなどの悪意ある攻撃からどう守るのかということだ。札幌市は、ネットワークの出入り口だけを守る従来の「境界型」の対策に依存するのではなく、端末にデータを残さず、ブラウザの先でデータを扱う形へと方針を変更した。
その屋台骨を支えているのが、Google が提供する Chrome Enterprise だ。
セキュリティを担当する渡部直史氏は「Chrome Enterprise のおかげで、非常に効率的にセキュリティ対策ができています」と評価する。「従来の環境では、いろいろな箇所に対して個別にセキュリティソフトや設定を入れなくてはいけませんでした。しかし Chrome Enterprise なら、特別なソフトを立ち上げなくても、いつものブラウザを開くだけで安全性が担保されます。設定をネットワーク全体に一括適用でき、一貫性のあるセキュリティ対策が実現できているため、管理の手間はもちろん、コスト削減も達成できます」
現在は Chrome Enterprise Core を活用しているが、さらに高度な Chrome Enterprise Premium の導入を進めているという。その理由の一つが、職員が庁舎外でシステムを利用した場合でも、その環境が安全か確認した上でアクセスを制御できること。もう一つが、より強固なデータ漏洩対策だ。特別なソフトに依存せず、いつものブラウザを開くだけで安全性が担保される環境を目指している。
脅威のトレンドを押さえ、確実なセキュリティ対策を
黒澤氏は、自治体 DX の難しさを次のように説明する。「インターネットにつながない環境のときは、安全だけれど不便だった。世の中の流れもあり、利便性を考えてクラウドに移行し、サービスを提供できるような状況を作らなくてはいけません」
大切な市民の情報を持っている以上、安全には徹底的にこだわる必要がある。しかし一方で、限られた人員で札幌市という巨大な都市を支えていくためには、業務の効率化も待ったなしの状況だ。
「セキュリティをいかに保ちつつ、利便性を求めていくのか。それが常に課題になります。最新の脅威のトレンドを押さえて『怖さ』を正しく知りつつ、確実なセキュリティ対策をしていく。知見を蓄えながら、最新のものを恐れずに導入していかなければならないのだと思います」(黒澤氏)
札幌市
デジタル戦略推進局 情報システム部
システム調整課 課長
黒澤 公輝氏
札幌市
デジタル戦略推進局 情報システム部
伊丹 菜夕寧氏
札幌市
デジタル戦略推進局 情報システム部
渡部 直史氏
札幌市
デジタル戦略推進局 情報システム部
本間 航一氏
