東南アジア諸国連合(ASEAN)地域の経済成長が注目されている。今後数年間は4~8%で成長を続けると見られている。もともと人口が多い地域だけに、経済成長に伴い個人のもつ経済的余力も大きくなり、消費市場としての価値が高まることが予想される。
グローバル経済で存在感を増すASEAN
アジアの経済成長が目覚ましい。過去10年以上、7~8%という高い成長を続けてきた中国は、この1年で減速がはっきりと分かるようになってきている。それに対して注目されているのが東南アジア諸国連合(ASEAN)地域だ。
ASEAN地域全体の国内総生産(GDP)は2兆1381億ドル(2011年)だが、今後数年間4~8%で成長を続けると予測されており、それに伴い中間層の拡大が注目されている。アジア全体で中間層は2000年に2億2000万人だったが、2010年には9億4000万人となり、米国と欧州連合(EU)をあわせた規模を上回っている。これが2020年には20億人に拡大するものと見られている。
アジアでの経済発展はグローバルで意識されるようになっている。米国は外交の軸足を中東からアジアに移すことを明言している。それと期を合わせるかのように日本の大手経済誌もアジア欄を追加。アジアに大きな経済的可能性を秘めていることがグローバルで注目されているのは周知の事実だ。
その原動力とも言えるASEAN地域で注目されるのが、同地域が一体的成長を進めるために構成国が共同で取り組む「ASEAN経済共同体(ASEAN Economic Community:AEC)」だ。2009年に発表されたAECのロードマップでは、2015年末までに「単一市場と生産地」「競争力ある経済地域」「公平な経済発展」「グローバル経済への統合」の4つの柱を実施する計画だ。
2015年末の統合まで残すところ数カ月。ビジネスとITの結びつきが強まるなか、現地でのビジネスはITを抜きには成り立たない状況だ。物流システムをはじめとして、販売管理やキャンペーン、人材管理やファイナンス、コンプライアンス、ビッグデータ活用まで、ビジネス部門とIT部門は連携してASEAN地域でのビジネスを推進していく必要がある。
AECは、ASEAN地域に進出する日本企業にどんな影響を与えるのか。また、グローバル経済で存在感を増すなか、日本企業は今後、ASEAN地域にどういった戦略で臨めばいいのか。そんな状況のもとダイナミックに変化するASEAN経済の"今"を知るためのセミナー「ASEAN ITセミナー」(主催 インターネットイニシアティブ=IIJ)が10月8日に開催される。
同セミナーの基調講演者であるASEAN地域で活躍するベーカー&マッケンジー法律事務所の穂高弥生子弁護士と、シンガポールを中心としたASEAN地域でクラウド事業を展開するIIJグローバル事業本部グローバル企画部長 清水博氏に、これからのASEANビジネスで抑えておくべき勘所について話を聞いた。
ASEANで"儲けて"きた日本企業の今後
東南アジア10カ国(インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス)で構成し、生産拠点、消費市場として日本企業に馴染みが深いASEAN。自動車業界を中心に二十数年来現地でビジネス経験を積む企業も少なくない。
最近では、経済成長を続ける10カ国を"ASEAN 10"と称し、中国の生産拠点を補完する「チャイナ+1」から、10カ国全体を総合して考える「チャイナ+10」という考え方も出てきた。2013年には、海外からASEANに流入する投資額が史上最高になり、中国への投資額を抜いた。また、日本からASEANへの投資額も中国に対する額を上回って2倍以上になった。穂高氏は、そんなASEAN投資の実績について、こう説明する。
ベーカー&マッケンジー法律事務所
パートナー 弁護士
穂高弥生子 氏
「ASEAN投資は、リターンオンインベストメント(ROI)が高いことが特徴です。日本からASEANへの投資残高はグローバルの15%程度ですが、日系の製造業では経常利益の約35%がASEANから生み出されています。つまり、それだけ"儲かっている"ということです」
日本に比べて、北米、欧州の企業は、そこまで大きなリターンを得ることができずにいる。日本企業は、利益の源泉をASEANに求め、実際にプロフィットセンターにすることでグローバルで成功してきたわけだ。AEC発足後も中長期的にはこうした傾向は変わらない。
「かつては安い労働力を求めて進出するケースが多かったのですが、最近は、消費市場として注目するケースが増えました。中間層の購買力が上がってきたため、中国とASEANの両面からマーケットを拡大していこうという動きが進んでいます」(同氏)
進出のしやすさがリスクを招くケースも
一方、日本企業による旺盛な投資意欲がリスクを招くことも少なくない。最近の傾向としては、買収後の青写真を描かずに現地企業をM&Aするケースが目立つという。最低限のデューデリジェンスだけでM&Aを実行し、数年後に問題が表面化する。たとえば、独自の商習慣を考慮せずにビジネスを始めて立ち行かなくなったり、期待した税制上の優遇措置が後になって受けられなかったりすることが判明する。
「特に問題になるのは、その後で拠点をどう統合していくかです。インドネシアで買収して、タイでは自前で立ち上げてといったように、全体を考えずにバラバラに拠点を築いていったため、どう統合、管理していいかわからなくなる。"拠点をどうにかしたいのだけれど"という相談がこのところ増えています」(同氏)
多くの日本企業は、ASEANの統括拠点をシンガポールに置いている。ただ、十分に機能していなかったり、単なる持ち株会社になっていたりするケースもある。シンガポールの統括会社には、税制の優遇措置を受けられるなどのメリットがあるが、それを満たすビジネスをシンガポールで行うことができず、基準を満たせないケースも少なくない。またASEAN経済共同体では、タイを中心にメコン地域の経済統合が進み、ボーダレスになりやすく、マーケットが巨大化していくことが考えられる。シンガポール以外にも、各国外資の優遇措置のポリシーを見直すなどして、地域統括拠点を誘致する動きがあるのも事実。しかしながら、「タックスのメリットを考えるとシンガポールにはやはり遥かに及ばないわけですし、海外法人ではローパフォーマーの解雇という問題も必ずついてまわります。積極的にすべきことではないですが、他のASEAN諸国と異なり、シンガポールでは解雇が自由など統括拠点を配置するに相応しい法制度があると言えます」(同氏)やはり、シンガポールで組織を作り、その後はAEC内の市場の動きをみて機能別ヘッドクォーターを次のステップで考慮することが現実解のようだ。