ウイルスDNAによる遺伝子再構築の発見 -宿主ゲノムに潜むウイルスDNAの働き-

学校法人法政大学

From: 共同通信PRワイヤー

2014-10-10 09:30

2014年10月10日

学校法人法政大学

ウイルスDNAによる遺伝子再構築の発見 -宿主ゲノムに潜むウイルスDNAの働き-

法政大学生命科学部の佐藤勉教授とマイクロ・ナノテクノロジー研究センター客員研究員の安部公博博士らは、細菌の遺伝子に潜り込んだウイルスDNAが、宿主の必要に応じて離脱し遺伝子再構築することで、その発現を活性化させることを発見しました(図1)。
佐藤教授らが研究に用いた枯草菌(こそうきん)は胞子形成を行う細菌であり、単細胞レベルでの細胞分化のモデル系として知られています。
今回の発見は、宿主の細胞分化に必要な遺伝子に入り込んだウイルスDNAが、その宿主の遺伝子発現をコントールすることを示した初めての例であり、本来、宿主細胞にとって脅威となるウイルスが、宿主の細胞分化の進行に貢献していることが示されました。

本研究成果は2014年10月9日付(米国東部時間午後2時)の米国オンライン科学雑誌PLOS Genetics に公開されます。


図1.ウイルスDNAによる遺伝子の分断と再構築
ウイルスDNAが宿主DNAの遺伝子をコードしている位置に挿入されると、その遺伝子は分断されて機能を失ってしまいます。しかし、細胞がその形態を変化させる(細胞分化)時期に、このウイルスDNAが抜け出すことで、分断されていた遺伝子をつなぎあわせ、完全な遺伝子を再構築していることが明らかになりました。

【宿主ゲノムに潜むウイルスDNA】
 ウイルスは生物に感染して、自らを増殖させるとともに、多くの場合その生物の細胞を破壊します。ヒトに感染するエボラウイルスや植物に感染するタバコモザイクウイルスなどのように、ウイルスの感染により生物は病気になり、死に至る場合もあります。さらにウイルスの増殖により、感染が拡大していくため、ウイルスの感染は多くの生物にとって脅威となっています。しかし、私たちはこのような性質をもつウイルスの能力を完全に理解するに至っていません。ウイルスの脅威を克服するためには、ウイルスがもつ様々な機能や宿主細胞との相互作用について解明することが重要です。
 ヒトや植物以外の生き物にもそれぞれ感染するウイルスが存在します。例えば最も小さな生物である細菌にもウイルスが感染します。細菌に感染するウイルスをバクテリオファージと呼んでいます。バクテリオファージは、その生活環から宿主に感染後、自らを増殖させ宿主を破壊するタイプと宿主のゲノムに自身のDNAを組み込み、宿主の増殖とともに自らのDNAを複製させるタイプに分けることができます。後者のタイプのウイルスは溶原性ファージと呼ばれ、宿主ゲノムの特定の場所を認識して、自らのDNAを組み込みます。宿主ゲノムに組み込まれたウイルスをプロファージと呼んでいます。例えばコンピューターのプログラムに入り込むウイルスは、ゲノムに潜むプロファージと良く似ています。プロファージは宿主にストレスが加わり生存が脅かされた時に、宿主の中で自らを増殖させ、最後に宿主を破壊します。つまり、プロファージは、細菌にとってゲノムに寄生し、いつかは宿主を破壊する厄介者で脅威となるものです。

【ウイルスDNAによる遺伝子再構築】
私たちは、モデル細菌として知られる枯草菌に感染するSPβと呼ばれるウイルスが、宿主が細胞分化(胞子形成)を行う時期に胞子の最外層を作るのに必要なspsMと呼ばれる遺伝子を再構築することを明らかにしました。プロファージの状態のSPβはspsM遺伝子を分断しています。したがって、この遺伝子は働きを失うと考えられますが、SPβは胞子形成期に宿主ゲノムから抜け出すことにより、この遺伝子を再構築する機能を持っていました。遺伝子が分断されていると、宿主の生存が危うくなり、それはゲノムに潜んでいるプロファージにとっても都合が悪いことになります。したがって、その遺伝子が必要なときには、繋ぎ合わせ遺伝子を再構築する仕組みを作っていることが示されました。SPβは、1)増殖を繰り返す栄養細胞がDNA損傷時など、宿主がピンチになったときに、宿主ゲノムから抜け出し、自らのDNAを複製し、増殖する機構と、2)胞子形成期に宿主ゲノムから抜け出すことで、spsM遺伝子を再構築する機構を持っていることが明らかになりました。つまり、遺伝子を再構築する機能を宿主に付与し、細胞分化を進行させる機能をもつウイルスが存在することが今回初めて示されました。

【再構築された遺伝子の働き】
ところでspsMとはどのような機能をもった遺伝子なのでしょうか?実はこの遺伝子はSPβにより分断されているため、これまであまり重要な遺伝子ではないとみなされていました。spsMはその産物のアミノ酸配列からUDP-sugar epimeraseをコードすると推定されたため、私たちは胞子のポリサッカライド(多糖)合成に必要ではないかと考えました。そこで枯草菌の胞子最外層を墨汁によるネガティブ染色法という極めて簡単な方法で検出し、DNA再編成に必要な組換え酵素をコードする遺伝子に変異が生じるとポリサッカライド層ができなくなることを見いだしました。また、HPLCを用いた成分分析により胞子ポリサッカライドはガラクトースとラムノースを多く含み、胞子最外層はポリサッカライドでできていることを明らかにしました。では、胞子ポリサッカライド層はどのような役割を持っているのでしょうか?ポリサッカライド層をもつ野生株と持たない変異株の胞子コロニーを水で洗浄したところ、野生株の胞子は水で簡単に流されましたが、変異胞子は吸着性があり強い水流を加えてもその場に留まったままでした。この結果から胞子のポリサッカライド層は、胞子をより遠くに移動させる役割がある可能性が示されました(図2)。タンポポの種が風に乗って遠くに飛ばされるのと同じように、枯草菌の胞子も水流に乗って遠くに運ばれる機能を持っていることが示唆されました。栄養環境が良いところに移動した胞子は発芽し、成長・分裂して細胞増殖することができます。

図2.胞子最外層の役割
spsM遺伝子を再構築することができる野生型胞子を墨汁ネガティブ染色した後の位相差顕微鏡像(左)。野生型の胞子の最外層であるポリサッカライド層が検出できます。胞子形成したコロニーを水で洗浄した結果(中)。野生型は簡単に流れたが、変異型はその場にとどまっています。ポリサッカライド層の役割を示すモデル図(右)。

私たち人間の免疫細胞のゲノムも遺伝子を再構築することにより多様な抗体を生み出しています。免疫細胞は生殖細胞とは異なる抗体をつくるという役割をもった最終分化細胞です。この枯草菌の遺伝子再構築も、胞子を外側から構築する母細胞でおこり、生殖細胞に相当する胞子側ではおこりません。母細胞は胞子の成熟とともに消失してしまうので、DNA再編成の影響は子孫には伝達されないという面で共通点があります。本研究は、遺伝子再構築がウイルスDNAを介して行われるという生物学的な新たな知見を導き出したものです。この研究は、生物とウイルスとの相互作用・DNA組換えの研究分野にとって重要となる発見です。また、枯草菌は納豆菌とも近縁であり、今後、食品分野、環境分野への応用研究の基盤となることも期待されます。

掲載雑誌情報
PLOS Genetics
論文タイトル:Developmentally-Regulated Excision of the SPβ Prophage Reconstitutes a Gene Required for Spore Envelope Maturation in Bacillus subtilis
著者:Kimihiro Abe, Yuta Kawano, Keito Iwamoto, Kenji Arai, Yuki Maruyama, Patrick Eichenberger, Tsutomu Sato



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