北里大学一般教育部 島津明人教授の研究チームは、熱意をもっていきいき働く「ワーク・エンゲイジメント」が、精神的健康の増進と生産性の向上に関連することを明らかにしました。この知見により、健康管理を経営的視点で推進する健康経営のさらなる展開につながることが期待されます。本件に関する論文は、2018年12月26日午後2時(アメリカ東部時間)、国際学術誌『PLOS ONE』に掲載されました。
【研究結果のポイント】
●ワーク・エンゲイジメントによる精神的健康への好ましい影響は、短期的には減弱する傾向が認められました。特に、ワーク・エンゲイジメントが高い場合に、精神的健康が悪化する傾向が認められました(図1)。
●反対に、長期的には、ワーク・エンゲイジメントによる精神的健康への好ましい影響は減弱せず、ワーク・エンゲイジメントが高まるほど、精神的健康が向上しました(図2)。
●ワーク・エンゲイジメントが生産性に及ぼす好ましい影響は、短期的にも長期的にも減弱せず、ワーク・エンゲイジメントが高まるほど、生産性が向上しました。
●これらの結果より、精神的健康に対する短期的な影響以外は、ワーク・エンゲイジメントによる負の影響は認められないと考えられました。
【研究の背景】
近年、「職場のポジティブメンタルヘルス」※1が、ますます重視されています。国際連合による持続可能な開発目標(2015)※2では、「3.すべての人に健康と福祉を」「8.働きがいも経済成長も」に見られるように、健康、働きがい、経済成長は世界共通の開発目標に位置づけられています。また、世界保健機関(WHO)は、2017年の世界メンタルヘルスデーのテーマとして「職場のメンタルヘルス」を取り上げ、経営者や管理職は、健康の増進と生産性の向上に関わる必要があると述べています。
一方、わが国では、日本再興戦略において健康経営※3の推進が重点化されるなど、経営戦略の一部として労働者の健康支援に取り組む動きが加速しています。そのほか、働き方改革、治療と就労の両立支援、仕事と子育て・介護との両立支援、高齢者や女性の就労促進などの動きが活発化しており、多様な人材が「いきいきと働く」ことができる環境整備が、これまで以上に求められるようになりました。
これらの変化は、職場のメンタルヘルス活動において、精神的不調への対応やその予防にとどまらず、組織や個人の活性化を視野に入れた対策を行うことが、広い意味での労働者の「こころの健康」を支援するうえで重要になってきたことを意味しています。
心理学や産業保健心理学では2000年前後から、人間の有する強みやパフォーマンスなどポジティブな要因にも注目する動きが出始めました。このような動きの中で新しく提唱されている考え方の1つが、ワーク・エンゲイジメント(Work Engagement)※4です。
ワーク・エンゲイジメントの高い従業員は、心身の健康が良好で、生産性も高いことが分かっています。しかし、ワーク・エンゲイジメントが高すぎると、仕事に熱心に取り組むあまり健康を害し、生産性も低下するのではないかといった「負の影響」や「副作用」も指摘されていましたが、実証的な検証は行われていませんでした。
【研究内容と成果】
今回の研究では、ワーク・エンゲイジメントが高すぎることによる「負の影響」を実証的に明らかにするために、ワーク・エンゲイジメントと精神的健康および生産性との関連に曲線形の関連を想定する仮説を立てました。つまり、ワーク・エンゲイジメントと心理的ストレス反応との間にU字型関係を、生産性との間に逆U字型の関係を想定し、7ヶ月間のインターバルを置いて2回にわたるインターネット調査を労働者に実施し、短期的な影響と長期的な影響を検討しました。
その結果、ワーク・エンゲイジメントと心理的ストレス反応との間には、短期的には、U字型関係が認められました(図1)。つまり、ワーク・エンゲイジメントと心理的ストレス反応との負の関連は、ワーク・エンゲイジメントの上昇とともに減弱し、ワーク・エンゲイジメントが高い場合には、心理的ストレス反応が上昇する傾向が認められました。これは、ワーク・エンゲイジメントによる精神的健康への好ましい影響は、短期的には減弱することを示唆しています。
しかし、長期的には、ワーク・エンゲイジメントと心理的ストレス反応との間にはU字型関係は認められず、負の直線関係が認められました(図2)。これは、ワーク・エンゲイジメントによる精神的健康への好ましい影響は減弱せず、ワーク・エンゲイジメントが高まるほど、精神的健康が向上することを示唆しています。
一方、ワーク・エンゲイジメントが生産性に及ぼす好ましい影響は、短期的にも長期的にも減弱せず、ワーク・エンゲイジメントが高まるほど、生産性は向上しました。
これらの結果より、精神的健康に対する短期的な影響以外は、ワーク・エンゲイジメントによる負の影響は認められないこと、つまり、精神的健康にとっても生産性にとっても好ましい影響が認められることが明らかになりました。
健康経営や働き方改革において、熱意をもっていきいきと働くことを長期的に支援することが、精神的健康の増進と生産性向上の両立につながるといえます。
【今後の展開】
ワーク・エンゲイジメントとの関連が想定されている健康や生産性について、質問紙調査による主観的指標のほかに客観的指標も用いながら、より長期的に検証することを目指しています。
【用語説明】
※1 職場のポジティブメンタルヘルス
職場の強み(心理社会的資源)を伸ばし、健康でいきいきとした職場づくりをめざすメンタルヘルス活動。メンタルヘルス不調の予防と対応を目的に、職場の弱み(ストレス要因)の低減に注目した従来の職場のメンタルヘルス活動を拡充したもの。
※2 持続可能な開発目標
貧困に終止符を打ち、地球を保護し、すべての人が平和と豊かさを享受できるようにすることを目指す普遍的な行動を呼びかけたもの。
※3 健康経営
従業員や生活者の健康が企業および社会に不可欠な資本であることを認識し、従業員への健康情報の提供や健康投資を促すしくみを構築することで、生産性の低下を防ぎ、医療費を抑制して、企業の収益性向上を目指す取り組み。
※4 ワーク・エンゲイジメント
「仕事に誇りややりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)の3つがそろった状態であり、バーンアウト(燃え尽き:仕事に対して過度にエネルギーを費やした結果、疲弊し仕事への熱意が低下している状態)の対概念として位置づけられている。経済産業省を中心に行われている健康経営の優良法人認定制度の認定基準の1つ。
【論文情報】
〔掲載誌〕
PLOS ONE
〔論文名〕
Is too much work engagement detrimental? Linear or curvilinear effects on mental health and job performance
〔著者名〕
Akihito Shimazu, Wilmar B. Schaufeli, Kazumi Kubota, Kazuhiro Watanabe, and Norito Kawakami
〔DOI〕
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【特記事項】
※本研究はJSPS科研費(No. 4102-21119001)の助成を受けたものです。
【問い合わせ先】
≪研究に関すること≫
北里大学一般教育部人間科学教育センター
教授 島津 明人(しまず あきひと)
Eメール:ashimazu-tky@umin.ac.jp
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