炭素–炭素結合を切断する

早稲田大学

From: 共同通信PRワイヤー

2020-06-11 14:00

世界初・独自の金属触媒を用いたアルカンのヒドロホウ素化反応の開発

2020年6月11日
早稲田大学

発表のポイント
■アルカン(シクロプロパン)のヒドロホウ素化反応の開発に世界で初めて成功。
■緻密な遷移金属触媒設計により、不活性な炭素–炭素(C–C)単結合の位置選択的な切断を実現。
■医農薬品や機能性材料の原料となる有機ホウ素化合物の新規合成法を開発。

 早稲田大学理工学術院の山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授 (リンク ») らの研究グループは、シクロプロパン単結合(シグマ結合)のヒドロホウ素化反応の開発に世界で初めて成功しました。
 アルケン(二重結合)のヒドロホウ素化反応は大学初年度の講義において「ブラウンのヒドロホウ素化」*1として必ず学ぶ重要有機反応です。アルケンがボランと反応し、有機ホウ素化合物を与えます。有機ホウ素化合物は酸化することでアルコールに変換できます。また、ノーベル化学賞を受賞した「鈴木―宮浦カップリング反応」など有用な有機反応の原料として頻用されます。しかし、ヒドロホウ素化反応は、反応性の高いパイ結合をもつアルケン(二重結合)やアルキン(三重結合)に限られており、パイ結合をもたないアルカン(単結合、シグマ結合)ではほとんど進行しないとされていました。
 今回、研究チームはアルカンのヒドロホウ素化反応に挑み、アルカンのなかでも反応性が高いシグマ結合をもつシクロプロパン(三員環・環状アルカン)を用いて反応条件を探索しました。その結果、独自に開発したイリジウム触媒を用いることで、シクロプロパンのC–C単結合の切断を伴うヒドロホウ素化反応の開発に世界で初めて成功しました。
 本研究成果は、アメリカ化学会誌『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版に2020年6月1日(現地時間)に掲載されました。

・掲載論文
σ-Bond Hydroboration of Cyclopropanes(シクロプロパン類のシグマ結合ヒドロホウ素化反応) (リンク »)
・早稲田大学ウェブサイト (リンク »)

(1)これまでの研究で分かっていたこと
 アルケン (C=C二重結合)はボランと反応してヒドロホウ素化反応が進行します。二重結合は結合が弱いパイ結合と強いシグマ結合から構成されており、パイ結合が反応しやすいからです。一方で、アルカン(C–C単結合)はシグマ結合のみで構成されているため、アルカンのヒドロホウ素化反応は基本的には起こらないとされており、これまで非常に特殊な化合物しか報告されていませんでした。*2
【画像: (リンク ») 】

 
(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと
 早稲田大学の研究グループは、世界初のシグマ結合の切断を伴うシクロプロパンの触媒的ヒドロホウ素化反応の開発に挑戦しました。

(3)そのために新しく開発した手法
 まずは、アルカンのなかでも環状アルカンであるシクロプロパン(三員環)を選びました。その湾曲構造からシグマ結合(C–C結合)が通常のアルカンと比べて弱い(切断しやすい)からです。なお、シクロプロパンは構成されるCーC結合のみならず、そのCーH結合も通常のアルカンに比べて弱い性質をもっています。
【画像: (リンク ») 】

 研究グループは以前にシクロプロパンのC–H結合を切断しホウ素にかえる反応を発見しました。その反応はイリジウム触媒を用いることで反応が進行します。そこで、C–H結合が切断できるのならば、少しだけシクロプロパンと触媒との「位置」を変えてあげればC–C結合が切断できるのではないかと考えました。C-H結合を切断するイリジウム触媒は平面構造をもつ配位子Aと構成されています*3。この配位子を構造改変して、三次元構造をもつ配位子とすれば、「位置」が変わりC–C結合が切断できるだろうというシンプルな発想で触媒開発に着手しました。

(4)今回の研究で得られた結果及び知見
 「言うは易く行うは難し」で、三次元構造をもつ配位子は星の数ほどあるので、反応は全く進行せず困難をきわめました。ネガティブデータの積み重ねの結果、三次元構造をもつtBuQuinoxという配位子Bのみが有効に働き、これで構成されたイリジウム触媒を用いると、シクロプロパンのC–Cシグマ結合と反応し、ヒドロホウ素化が進行することを発見しました。
【画像: (リンク ») 】
 様々なシクロプロパンが反応し、ヒドロホウ素化体を与えます。もちろん、得られた有機ホウ素化合物は、酸化によりアルコール、鈴木―宮浦カップリングにより炭素鎖を伸ばす、アミンと反応させるなど様々な変換を行うことができます。
さらに、このシクロプロパンのヒドロホウ素化がどのようなメカニズムで進行しているのか、東京大学(横川大輔准教授)と共同で、計算科学を駆使して明らかにしました。

(5)研究の波及効果や社会的影響
 今回開発したシクロプロパンのヒドロホウ素化反応により得られる有機ホウ素化合物は、基本的にはアルケンのヒドロホウ素化反応と同じです。それでは価値がないと思うかもしれませんが、出発物質であるアルケンとアルカンは上述したように化学的に性質が明確に異なり、通常アルカンは反応しません。つまり、反応しない(環状)アルカンを切断しながら*4、ホウ素をつけられる反応を発見したのです。まさに教科書の常識を覆す新反応であるといえます。なお、アルカンは医農薬や精油など、身近に豊富に存在するものであり、そのC–C結合を切断して、様々なもの化学変換できるホウ素をつけられると言う点で非常に好都合です。特に医農薬品化合物の開発の現場において、アルカンからのアルキルホウ素化合物の新規合成法は、官能基化が困難な化合物に誘導化の足がかりとなる官能基(反応点)をつけることができるという点で、波及効果が期待できます。

(6)今後の課題
 非常に新規性の高いユニークな反応であるものの、いまだシクロプロパンしか反応しないこと、生じるキラル中心を選択的に完全制御できないことが問題です。シクロプロパン以外の環状アルカンや、キラル中心制御(不斉反応)が今後の課題です。より綿密な触媒改変、反応条件の検討により、これらの課題を克服したいと考えています。

(7)用語解説
※1 ブラウンのヒドロホウ素化:ブラウンは有機ホウ素化合物研究の大家であり、その業績から1979年にノーベル化学賞を受賞している。アルケンのヒドロホウ素化反応はブラウンが開発したことから、開発者の名前をとってこのように呼ばれる。

※2 アルカンのヒドロホウ素化:特殊な「活性シクロプロパン」と呼ばれる反応性の非常に高いシクロプパンや、シクロプロパンより湾曲した化合物では起こることが知られています。今回は不活性シクロプロパンを用いています(厳密には今回と全くことなる特殊な例が1例のみ2018年に報告されています。)

※3 配位子:金属触媒の性質を変化させることができる部位。この精密な設計により、触媒効率や反応性を劇的に変化させることができる。

※4 アルカンを切断:アルカンなどの有機骨格を構成する単結合を切断する反応は「C–C結合活性化」 と呼ばれ、有機化学の注目テーマの1つであり多く知られています。今回は、C–C結合活性化を起こしながら、ヒドロホウ素化を進行させたという点で新規性があります。

(8)論文情報
掲載雑誌:Journal of the American Chemical Society(アメリカ化学会誌)
論文名:σ-Bond Hydroboration of Cyclopropanes(シクロプロパン類のシグマ結合ヒドロホウ素化反応)
著者:Hiroki Kondo, Shin Miyamura, Kaoru Matsushita, Hiroki Kato, Chisa Kobayashi, Arifin, Kenichiro Itami, Daisuke Yokogawa*, and Junichiro Yamaguchi*(近藤寛起、宮村伸、松下薫、加藤弘基、小林千紗、アリフィン、伊丹健一郎、横川大輔、山口潤一郎)
論文公開日: 2020年6月1日 (現地時間)(Just Accepted Manuscripts)
DOI: 10.1021/jacs.0c05213 (リンク »)
掲載URL: (リンク »)



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