深層学習を用いてクロマグロの卵のふ化予測に成功 ~効率的な種苗生産への貢献に期待~

横浜市立大学

From: Digital PR Platform

2021-01-13 10:00


 横浜市立大学大学院生命医科学研究科の寺山慧 准教授、慶應義塾大学理工学研究科の家永直人特任助教、水産研究・教育機構水産技術研究所養殖部門まぐろ養殖部の樋口健太郎主任研究員、高志利宜グループ長、玄浩一郎部長、理化学研究所革新知能統合研究センターの津田宏治チームリーダーからなる共同研究チームは、深層学習*1を用いて、太平洋クロマグロ(Thunnus orientalis)の産卵直後の卵がふ化するか否かを高精度に予測する技術を開発しました。今後この技術を用いて、質の高い卵のみを選択的にふ化・飼育することでクロマグロ種苗(養殖用の稚魚)生産の効率化が期待されます。
本研究は、『Scientific Reports』に掲載されました。(日本時間 令和3年1月12日19時付オンライン)

研究成果のポイント

深層学習によって、クロマグロの種苗生産に用いる卵が正常にふ化するか、またふ化後に生残できるかどうかを産卵直後の卵画像から高精度に予測可能であることを示した。
この技術を用いて、質の高い卵を多く含むバッチ(集団)のみを選択的に飼育することで、効率的な種苗生産に貢献できると期待される。

研究の背景
 本マグロで有名な太平洋クロマグロ(Thunnus orientalis)は、我が国の食文化を代表する食材の一つです。近年、その資源は過去最低の水準で推移しており、クロマグロを将来にわたって食べ続けていくために、資源の持続可能な利用が大きな課題となっています。このような状況のもと、天然資源に依存しない完全養殖*2技術による人工種苗の大量生産と、それを用いた養殖への移行に大きな期待が寄せられています。クロマグロの完全養殖は近畿大学が2002年に世界で初めて成功し、近年水産技術研究所養殖部門まぐろ養殖部(旧 西海区水産研究所まぐろ増養殖研究センター)では、大型陸上水槽を用いた人工的なクロマグロの産卵制御研究*3を進めています。しかし、未だにマダイやサーモンなど他の養殖対象種に比べて生残率が著しく低く、より効率的な種苗生産技術の開発が求められています。
 種苗生産において、用いる卵が正常にふ化するか、またふ化後に生残できるか等といった卵の質(以下、卵質)に関する評価とその予測は、養殖の生産効率を向上させるために重要な課題です。卵質を高めることができれば多数の稚魚を得ることが可能になり、また卵質を産卵直後などの早い段階で予測できれば有望な卵を効率的に飼育できる可能性があるからです。しかし、これまでクロマグロの卵質予測及び予測に必要な特徴に関する研究は十分に進んでいませんでした。また、これまでの他の魚種での卵質予測・判定では「見た目の形態」(例えば、卵の大きさ、油球の形状や数など)が用いられてきましたが、言語化・定量化の難しい特徴(例えば表面のざらつき、いびつな形状など)は注目されることがあっても、主観的要素が入るためこれまで十分に検討されてきませんでした。

研究の内容
 本共同研究グループは、深層学習を用いることで、卵画像の持つ様々な特徴を加味して高精度な卵質予測が可能であることを示しました。図1に開発した卵質予測・解析システムの全体像を示します。



(リンク »)

図1.顕微鏡で撮影されたクロマグロの卵から深層学習を用いて卵質を予測・解析するシステムの全体像。(a)顕微鏡で撮影された画像から卵のみを抽出。(b)深層ニューラルネットワークを用いて卵質(正常ふ化であるか否か、無給餌生残日数が5日以上か否か)を予測。(c)予測に貢献した部位を可視化。

 まず、研究グループは水産技術研究所養殖部門まぐろ養殖部において計290個の産卵直後のクロマグロ卵を収集・顕微鏡による撮影を実施し、続いてそれらのふ化実験を行いました。撮影の際は焦点(細胞質・卵の輪郭・油球)を変えて3種類の画像を取得しました。また、本研究ではふ化に関するデータとして卵が正常にふ化したか否か、および無給餌生残日数が4日以下あるいは5日以上であるかを収集しました。
 続いて、図1に示す卵質予測システムを構築しました。(a)では撮影された顕微鏡画像からFaster R-CNNと呼ばれる深層学習を用いた物体検出手法を用いて卵の画像のみを抽出します。続いて(b)ではVGG16と呼ばれる深層ニューラルネットワークを用いて、卵画像から(1)正常にふ化するか否か, 及び(2)無給餌生残日数が5日以上であるか否かを予測します。上で取得した卵の画像とふ化データを用いてネットワークを訓練しました。予測結果の例と予測精度を図2に示します。10-分割交差検証に基づいて予測精度を評価した結果、(1)の正常ふ化予測ではF値*4が0.911(正解率は0.856)、(2)の無給餌生残日数ではF値が0.875(正解率は0.804)という高い精度で予測が可能であることがわかりました。特に、卵の輪郭あるいは細胞質に焦点を合わせた画像を用いた時、予測精度が高いことも判明しました。この予測精度は、熟練した養殖研究者4名による正常ふ化予測の結果(正解率の平均値が0.72、最大で0.8)よりも高く、深層学習に基づく卵質予測の有効性を示しています。
 さらに、Grad CAM*5を用いて、予測に重要な部位を可視化しました(図1(c))。可視化した結果の例を図3に示します。特に細胞質や卵の輪郭に注目が集まっており、細胞質の形が多少崩れて見える箇所等も重視されていることがわかりました。この結果は熟練した養殖研究者の注目する部位と矛盾せず、深層ニューラルネットワークが卵質予測に重要な部位を捉えている結果と解釈できます。



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図2. (a)本研究で用いたクロマグロ卵の例。(1)と(2)は正常ふ化し、(3)と(4)は正常ふ化しなかった。深層ニューラルネットワークで予測したところ(1),(2),(4)のふ化予測に成功したが、(3)の予測には失敗した。(b)深層ニューラルネットワークで正常ふ化予測した結果の精度(正解率とF値)。



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図3. Grad CAMを用いて予測に重要な箇所を可視化した結果。予測に重要な箇所が明るい色で示されている。細胞質と卵の輪郭部分が注目されることが多く、形の異常がある部分が明るくなっていることもわかる。

今後の展開
 本研究の結果は、深層学習による卵質予測のポテンシャルを示していると考えられます。本研究で開発したシステムを利用することで、質が高いと予測された卵が多く含まれるバッチ(集団)を優先的に飼育すれば、より効率的な種苗生産が可能になると期待されます。また、本研究ではクロマグロを対象に卵質予測を実施しましたが、他の養殖対象種でも同様のアプローチによって卵質予測が可能になる・精度が向上する可能性があります。

用語説明
*1 深層学習
多層のニューラルネットワークによる機械学習手法の一つ。画像・動画・音声等のデータに対する分類・識別などに近年広く用いられている。

*2 完全養殖
人工的に育てた親魚から卵を採って養殖種苗を生産し、出荷サイズに至るまでの一連の養殖過程を人間が管理・育成する方法をさす。

*3 人工的なクロマグロの産卵制御研究
水産研究・教育機構長崎庁舎には、循環ろ過式の円形コンクリート製の大型水槽(親魚用陸上水槽:直径20m×深さ6m、実容量1880トン)が2基設置されており、近年飼育条件をコントロールすることによってクロマグロ採卵時期の制御に成功している。(参考:「完全養殖クロマグロの採卵時期を早めることに成功~天然種苗と同等の人工種苗の大量生産に大きく前進~」令和2年7月31日 国立研究開発法人 水産研究・教育機構プレスリリース
(リンク ») )

*4 F値
予測結果の評価指標の一つで1に近いほど予測精度が高いことを示す。

*5 Grad CAM
深層ニューラルネットワークの予測結果に大きく寄与した画像の部位を可視化する手法の一つである。

掲載論文
Vision-based egg quality prediction in Pacific bluefin tuna (Thunnus orientalis) by deep neural network
Naoto Ienaga, Kentaro Higuchi, Toshinori Takashi, Koichiro Gen, Koji Tsuda, and Kei Terayama* (*Corresponding author)
Scientific Reports (2020) DOI: (リンク »)

※本研究は、文部科学省・科学研究費助成事業(若手研究)「深層学習に基づくクロマグロ卵質予測システムの構築」の支援を受けて遂行しました。
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