高温に発熱したデバイスから電気の流れを使って効率よく熱を逃がすことや、温度差から電気エネルギーを効率よく取り出すことができる材料の実現は、現代社会において重要な課題となっています。その為には、電気の流し易さを表す電気伝導率が大きく、また、温度差から電圧が発生する大きさを表すゼーベック係数 注1)が大きい材料の開発が必要ですが、通常の金属材料では、電気伝導率が大きくなると、ゼーベック係数が小さくなるトレードオフの問題があり、その実現は困難でした。
東京都立大学大学院理学研究科柳和宏教授らはJST-CREST研究を通して、ライス大学河野淳一郎教授、Matteo Pasquali教授らと共に、 10^6 S/m という良好な電気伝導率を示すカーボンナノチューブファイバーにおいて、フェルミエネルギー 注2)を最適にすることでゼーベック係数が68µV/Kという比較的大きな値を示すことを明らかにしました。その結果、ゼーベック係数と電気伝導率の積で表される、温度差から取り出すことのできる電力の大きさを表す熱電出力因子(パワーファクタ)注3)が14 mW/(m K^2) という極めて大きな値を示しました。支持基盤を必要としない材料において、最も大きなパワーファクタを示すことを見出しました(図)。
今回の研究により、カーボンナノチューブは、その形状やフェルミエネルギーを最適にすることで、極めて効率よく温度差から電気エネルギーを変換できることが分かりました。衣服などに織り込み、温度差から高効率に電気エネルギーを取り出すウェアラブル熱電変換や、高温に発熱したデバイスから効率よく熱を逃がすアクティブクーリングなど、熱を電気エネルギーに変換するフレキシブル素子開発に役に立つと期待されます。
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図:今回のファイバー と様々な物質の熱電出力因子(パワーファクタ)と電気伝導の関係
2. ポイント
・通常の金属材料では、電気伝導率が大きくなると、ゼーベック係数が小さくなるトレードオフの問題があることが知られていた。これまでの本グループの研究により、カーボンナノチューブでは、そのトレードオフが破られる振る舞いがあることを明らかにしてきた。そこで、電気伝導率が極めて大きなカーボンナノチューブファイバーの熱電物性を研究した。
・ライス大学Pasquali教授が開発した、10^6 S/m 以上の非常に良好な電気伝導率を示すカーボンナノチューブファイバーに対して、系統的にドーピング量を変化させることで、ゼーベック係数が68µ V/K という比較的大きな値を示す条件を見出し、その結果、パワーファクタが14 mW/(m K^2) という極めて大きな値を示すことを明らかにした。
・電気化学的手法を用いて、系統的にフェルミエネルギーとパワーファクタとの関係を調べた。温度差をつけた場合に正の起電力を発生するp型と、負の起電力を発生するn型の両者が実現可能であり、フェルミエネルギーを最適にすることが、最大のパワーファクタを実現することにおいて重要であることを示した。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
【表: (リンク ») 】
3. 研究の背景
近年、我々が普段利用するパソコンをはじめ、膨大な計算処理などを行うコンピューターなどにおいて、デバイスの発熱は大きな問題となっており、発生する熱を電気の流れなども活用して逃がす技術が必要となっています。また、太陽光による熱や工場から排出される熱など、様々な熱を我々は十分に活用せずに環境へ捨てていますが、温度差から電気エネルギーを生み出す熱電変換の性質を用いると、この捨てられているエネルギーを有効活用ができます。このように、熱エネルギーと電気エネルギーを高効率に変換する物質開発は、現代社会において重要な課題となっています。
金属の両端に温度差を与えたとき、温度差に比例して金属には起電圧が発生します。温度差があった場合に、どれだけ電力を発生することができるかの指標は、ゼーベック係数と電気伝導率の積で書き表されるパワーファクタで表されます。ゼーベック係数の値が大きく、且つ、電気伝導率を大きくすることができれば、パワーファクタが大きくなり、ある温度差から大きな電力を取り出すことができます。しかし、通常の物質では、ゼーベック係数が大きくなるとパワーファクタが小さくなるという矛盾した性質(トレードオフ)を持つ為、パワーファクタを大きくすることは困難でした。しかし、柳・河野の研究グループでは、金属の性質を示すカーボンナノチューブには、その一次元性から、このトレードオフが破られる振る舞いがあることをこれまでの研究から見出してきました(Ichinose et al., Nano Lett 19, 7370 (2019))。つまり、カーボンナノチューブでは、従来の物質と異なり、電気伝導率が大きい状態で、ゼーベック係数も大きくすることが可能であると実験的に知見を得ていました。ただし、カーボンナノチューブの束が乱雑にネットワークを形成した薄膜では、電気伝導率そのものが小さい状況でした。
そこで、カーボンナノチューブでも非常に良好な電気伝導率を示す形状のカーボンナノチューブファイバーの熱電物性を調べることにしました。ライス大学のPasquali教授が開発しているナノチューブファイバーは、二層のカーボンナノチューブが一方向に配列し密な束となったファイバーであり、10^6 S/m 以上という非常に良好な電気伝導率を示すことが分かっていました。このようなナノチューブでは大きなパワーファクタを発生させることが可能だと期待し、熱電物性の研究を行いました。
4. 研究の詳細
ナノチューブファイバーのゼーベック係数と電気伝導率との関係を調べたところ、予想通り、電気伝導率が 10^6 S/m 以上を示していても、68µV/K 程の比較的大きなゼーベック係数を示すことが分かりました。その値は、金線などは約2 µV/K 程しかゼーベック係数を示さないのに対して、10倍の大きさとなっています。結果として、パワーファクタが14 mW/(m K^2) という極めて大きな値を示すことが分かりました。ファイバー形状の材料において、最大の値を示すことが分かりました。
また、電気化学的な手法を用いて、ナノチューブファイバーのフェルミエネルギーを系統的に変化させたところ、温度差を与えた時に発生する起電圧が正になるp型にも、負になるn型にもできることが分かり、両方においてパワーファクタを最大にするには適切なドーピングが必要不可欠であることを明らかにしました。
以上のことから、カーボンナノチューブファイバーには、温度差を与えた時、極めて大きな電力を発生させることができる性質があることを突き止めました。
5. 研究の意義と波及効果
本研究から、カーボンナノチューブの形状やフェルミエネルギーを最適にすることで、極めて優れた熱電変換の性質が現れることが実証されました。今回の研究は、物性を明らかにした基礎的な研究ですが、このファイバーの性質を活用し、衣服などに温度差から電力を発生する仕組みを入れたウェアラブルな熱電変換や、発熱するデバイスの熱を効率よく取り除くアクティブクーリングなど、熱電変換デバイスへの応用が期待されます。
【用語解説】
注1)ゼーベック係数
温度差ΔTに対して熱起電圧ΔVとした時、ゼーベック係数Sは、ΔV=-SΔTとして与えられる。物質が温度差に対して発生する起電圧の性能を示す量。
注2)フェルミエネルギー
一次元の電子構造を持つ物質では、状態密度が発散するファンホーベ特異点がある為、物質の持つキャリア量を示すフェルミエネルギーの位置の制御は重要となっている。本研究においては、電気化学的手法も用いて、系統的にフェルミエネルギーと熱電物性との関係を明らかにした。
注3)熱電出力因子(パワーファクタ)
パワーファクタPは、ゼーベック係数Sと電気伝導率σとの積で書き表せられ、 P=S^2σ として与えられる。温度差があった時に変換できる電力に相当する。
【発表論文】
“Macroscopic weavable fibers of carbon nanotubes with giant thermoelectric power factor”
N, Komatsu, Y. Ichinose, O. Dewey, L. Taylor, M. Trafford, Y. Yomogida, G. Wehmeyer, M. Pasquali, K. Yanagi, & J. Kono
Nature Communications
DOI: 10.1038/s41467-021-25208-z
8月13日(金)のNature Communications(オンライン)にて掲載
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