ポイント
・ アンモニウムイオン(NH4+)を選択的に吸着し容易に脱離できる「プルシアンブルー」ベースの吸着材を開発
・ メッキ廃液中のNH4+を除去、排出基準以下の濃度に低減するとともに、工業的に再利用可能な濃度まで濃縮して回収できる連続処理装置を開発・実証
・ 開発した吸着材のサンプル出荷を開始、廃水処理を通して窒素循環型社会へ貢献
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概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門 パラジュリドゥルガ 主任研究員、田辺隆喜 招聘研究員、田中寿 研究グループ長、川本徹 首席研究員と、株式会社 フソウ(以下「フソウ」という)は、産業廃水中からアンモニウムイオン(NH4+)を回収し、下水放流可能な濃度まで低減させるとともに、回収したNH4+を資源として利用できる濃度まで濃縮する技術を開発しました。
アンモニアをはじめとする窒素化合物は肥料や工業などで利用される有用物質ですが、環境中への排出が環境汚染をまねく要因の一つとなっています。そこで、窒素化合物を回収再利用する「窒素循環」に向けて国際的な取り組みが進められています。アンモニアは産業廃水中にNH4+として含まれており、これを回収、資源化し、無駄にしない技術の開発が求められてきました。
私たちはこれまでに、青色顔料であるプルシアンブルーの鉄原子の一部を亜鉛に置換することで、NH4+を選択的に吸着し、その後NH4+を脱離させて高濃度溶液にすることができる吸着材を開発しています。今回、廃水を連続的に処理するシステムを開発し、実際のメッキ工業廃水に適用できることも実証しました。開発した吸着材は近くサンプル出荷を開始します。現在、国内の水処理市場は全体で約3兆円の市場規模となっており、本技術もその中で大きく活用されることが期待されます。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
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開発の社会的背景
近年、アンモニア(NH3)をはじめとする窒素化合物による環境汚染が問題になっています。今や工業的にも農業的にも欠かせない窒素化合物は、生産量に対して有効に利用される量の割合が低いため、多くが環境に放出されています。それらはPM2.5などの大気汚染を引き起こす原因物質になるほか、富栄養化などにより、水質汚染を招き、生態系に影響を及ぼすという側面もあります※1。国連環境総会では2022年に、環境中に排出される窒素化合物を2030年までに顕著に削減することの奨励を決議しました。これを受け、日本でも2024年9月に「持続可能な窒素管理に関する行動計画」※2を策定し、窒素化合物の環境排出の管理方針を定めました。廃棄される窒素化合物を回収して再利用する窒素循環技術が新たな取り組みとして期待されています。
アンモニアは肥料や工業原料などに必須の材料で、その生産量は年間2億トンと※3、基礎化学品の中でも有数です。アンモニアは水中ではアンモニウムイオン(NH4+)として存在し、工業的にアンモニアを利用した際に生じる廃水にはNH4+が多く含まれています。これを回収し資源化するアンモニア窒素循環は、環境保護の観点からも、資源の有効活用の観点からも重要な技術です。
研究の経緯
プルシアンブルーは18世紀に発明され、ゴッホや葛飾北斎が利用した青色顔料です。産総研では、プルシアンブルー(PB)およびPBの金属イオンの種類と比率を変えたPB型錯体を活用し、大気中のNH3と水中のNH4+を吸着、除去するための吸着材を開発してきました(2019 (リンク ») 産総研プレス発表 (リンク ») )。PBの鉄原子の一部を銅(Cu)に置換した銅プルシアンブルー型錯体(CuPB)は、水中のNH4+を選択的に吸着、除去できます※4。しかし、CuPBはNH4+の吸着力が強いため、いったん吸着したNH4+を効果的に脱離させ、資源化する点に課題がありました。そこで、Cuの代わりに亜鉛(Zn)に置換した亜鉛プルシアンブルー型錯体(ZnPB)がちょうどよい力でNH4+を吸着することに着目し、吸着したNH4+を効果的に脱離させ、高濃度に濃縮できる可能性を見出してきました※5。
今回、このZnPBを利用し、実際のメッキ工業で発生する廃水からのNH4+除去と、高濃度NH4+溶液の生産の実現を目指しました。メッキ工業では、メッキ効率を上げるために使用するアンモニウム塩はNH4+と亜鉛イオン(Zn2+)両方を含む廃水を排出します※6。資源循環の観点からはNH4+をZn2+と区別して選択的に回収する必要があります。ZnPBの廃水処理への有効性を確かめるため、ZnPBを充填したカラムに廃水を通して連続的に処理できる装置を開発し、メッキ工場に設置して実証を試みました。
なお、本研究開発は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「ムーンショット型研究開発事業(2020~2024年度)」による支援を受けています。
研究の内容
プルシアンブルーは鉄原子(Fe)とシアノ基からなるジャングルジムのような結晶構造を持っています(図1左)。PBの鉄原子の一部を銅に置換したCuPBは、内部に含むカリウムイオン(K+)よりNH4+を吸着しやすいため、NH4+水溶液にCuPBを浸すとK+を放出して、NH4+を吸着します。しかし、CuPBはNH4+を「好きすぎる」ため、いったん吸着したNH4+を放出しづらいことが難点でした。
CuPBがNH4+を「どれくらい好き」かは、平衡定数(K)で知ることができます。平衡定数は下記の式で計算できます。つまり、NH4+を吸着する速度k1がNH4+を脱離する(吐き出す)速度k2よりどれだけ速いかを示しています。
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この平衡定数kが、CuPBは約8でした。これは、NH4+の方がK+より8倍吸着しやすいことを示しています。この大きな平衡定数は、廃水中からNH4+を選択的に吸着するには効果的ですが、いったん吸着したNH4+を吸着材から効率的に取り出すには障害です。
この問題を解決するために、私たちはZnPBに着目しました。図1右の通り、ZnPBはPB型錯体の中でもジャングルジムとは異なる結晶構造を取ります。平衡定数を調べると4程度と、NH4+の選択性は残しつつ、脱離も容易であることが推定されます。
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このZnPBを使いやすくするため、粒状にして筒状のカラム容器に充填しました。このカラムに、メッキ工業廃水の模擬液として、NH4+が1,260 mg/L、Zn2+が150 mg/Lの水溶液を接触時間780秒の条件で通水し、カラム出口のNH4+濃度を調べました(図2左)。通水初期は出口のNH4+濃度が十分に低く、Zn2+が含まれる模擬液からでもNH4+を吸着し、廃水から除去できたことが分かります。通水が進むと出口のNH4+濃度が上昇して最終的には模擬液とほぼ同じになりました。これはNH4+をこれ以上吸着できなくなったためです。この様子を上記の式を用いてシミュレーションしたところ、ZnPB 1 gでNH4+を36 mg吸着し、平衡定数は4.2と推定されました。実際にメッキ廃水模擬液を使用した試験でも、吸着量はCuPBの吸着量より1.2倍多く、平衡定数も4前後が維持されることが分かりました。次に、NH4+を吸着したカラムに2.1 mol/Lの塩化カリウム(KCl)溶液を通水してNH4+を脱離したのち、改めてメッキ廃水模擬液を通水しNH4+を吸着させることを500回繰り返しました。その結果、500回の吸着・脱離でも吸着挙動はほぼ変わらず(図2左)、吸着時の吸着量と脱離時のNH4+回収量も維持されました(図2右)。
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次に、このZnPB粒を利用してメッキ廃水を連続的に処理できる装置を開発しました(図3)。この装置は8本のカラムを並べて連結した構造をしています。8本のカラムは、①廃水を通水してNH4+をZnPBに吸着、②KCl水の通水によりNH4+を脱離させると同時に塩化アンモニウム(NH4Cl)濃縮水を製造、③カラムの乾燥、の一連の役割を時間差で順番に繰り返すことで連続的な処理を可能とします。
まず、メッキ廃水の模擬液(NH4+ 1260 mg/L、Zn2+ 150 mg/L)を原水として装置の動作を確かめました。模擬液を処理した後の処理水はNH4+濃度を310 mg/Lまで低減し(表1)、下水にNH4+含有水を排水する際の基準となる濃度(489 mg/L (窒素換算380 mg/L) 以下 )を下回りました。また、得られたNH4Cl濃縮水はNH4+濃度で原水のNH4+濃度を21.4倍に濃縮することに成功しました。この時のNH4Cl濃度は8.1%と高い値を得られ、これは工場での再利用が可能と期待されます。次に、同様の試験をメッキ工場現地で実際の廃水を利用して行いました(表1)。この場合でも、処理水のNH4+濃度は263 mg/Lまで低減され、濃縮水のNH4Cl濃度も4.5%に達しました。実廃水の時のNH4Cl濃度は模擬液の場合と比べ若干低くなりましたが、これは乾燥工程などの見直しにより、模擬液と同様の8%程度まで向上できると考えています。
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このように、ZnPB粒は実廃水でも利用可能な吸着材としてその性能が確認できました。また、水処理市場全体では約3兆円の市場規模があり、アンモニアをはじめとする窒素関連廃水はその中でも主要な地位を占めています。これらの状況を勘案し、フソウでは量産を開始し、2025年4月よりサンプル出荷の開始を決定しました。
今後の予定
メッキ廃水の処理への活用を継続して検討するとともに、下水・畜産排水など、そのほかのNH4+含有廃水の処理・資源化にも展開を図ります。また、吸着材の上市に加え、システムの事業化についても他企業との連携を含めて検討を進めます。
用語解説
アンモニウムイオン
アンモニア(NH3)がプロトン(H+)を受け取ることで生成する陽イオンで、肥料や化学工業での原料として広く利用されています。
プルシアンブルー(PB)
18世紀から利用されてきた青色顔料。葛飾北斎やゴッホも利用しており、長い歴史を有しています。そのPBの化学構造において、金属イオンの種類や、その比率を制御することができます。今回はその化学構造の制御を利用し、廃水処理用にCuPBやZnPBを合成しました。
PM2.5
大気中に浮遊している2.5 µm以下の小さな粒子のことで、微小粒子状物質とも呼ばれます。PM2.5は非常に小さいため、肺の奥深くまで入りやすく、呼吸器系への影響に加え、循環器系への影響が心配されています。
富栄養化
湖や川、海などの水域に窒素(N)やリン(P)などの栄養塩類が過剰に供給されることを指します。富栄養化の影響で、植物プランクトンや藻類が異常に増殖し、アオコや赤潮などが発生します。アオコなどが異常増殖すると、水中の酸素が不足し、魚類や藻類などの死滅につながり、水環境の悪化を引き起こします。
吸着
気体や液体中の分子やイオンが、固体中に付着・集積する現象のことです。吸着現象を示す材料を吸着材といいます。本稿での吸着は、NH4+がZnPB吸着し、代わりにK+イオンが吐き出されます。このようにイオンが一つ吸着される代わりに一つ吐き出される場合、イオン交換と呼び、吸着と区別される場合もありますが、本稿では対象となるイオンを吸着・回収できることからこの現象も吸着の一つ、としています。
脱離
固体の表面に吸着していた分子やイオンが離れて、気体や液体中に戻る現象のことです。高濃度K+溶液でZnPBを洗浄することで吸着したNH4+を押し出す工程はイオン交換による脱離になります。
カラム
筒状の筐体に吸着材を詰め、その中に水溶液を通水することで吸着や脱離を行うための装置です。
接触時間
水がカラムに入ってから吸着材への接触を経てカラム出口まで辿り着く時間を指します。目的の水処理が実現できるよう設定されます。吸着の速度が早い場合、接触時間は短く設定でき、つまり、水を短時間に大量に流すことができるため、一つのカラムでの時間当たりの処理量を増やすことができます。
参考情報
※1 日本の2000年から2015年の窒素収支を解明 ―持続可能な窒素利用の実現に向け基礎情報を提供―,
総合地球環境学研究所, 2021年8月24日プレスリリース, (リンク »)
※2 「持続可能な窒素管理に関する行動計画」の策定について, 2024年9月27日 環境省報道発表資料,
(リンク »)
※3 「燃料アンモニアサプライチェーンの構築」プロジェクトに関する研究開発・社会実装計画,
令和6年12月19日 経済産業省資源エネルギー庁, p7,
(リンク »)
※4 Parajuli, D., H. Noguchi, A. Takahashi, H. Tanaka, T. Kawamoto, Ind. Eng. Chem. Res. 2016, 55(23),
6708–6715, (リンク »)
※5 「ムーンショット目標4 成果報告会2023」の開催報告, NEDO, 2024年4月5日,
(リンク »)
産業活動由来の希薄な窒素化合物の循環技術創出―プラネタリーバウンダリー問題の解決に向けて 川本 徹,
(リンク ») p21
(リンク ») p13
※6 亜鉛の排水規制強化に伴うめっき業への排水処理対策支援, TIRI News, 2017年4月9日,
(リンク »)
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