国士舘大学(東京都世田谷区)は、大学HPで社会の多様な分野で活躍する卒業生へのインタビュー記事を掲載。国士舘で学んだことや現在の目標・夢などについて紹介している。このたびは、1978年にスペインにわたり、約半世紀にわたってガウディ建築の実測を行ってきた、建築家の田中裕也氏にインタビューを実施(2025年12月8日オンライン取材)。「ガウディに最も近づいた建築学博士」と言われる田中氏のこれまでの軌跡を追っている。
●国士舘大学HP
・理工学部「VOICE」学生・卒業生の声
【卒業生奮闘 この人】建築家/実測家/建築学博士・田中裕也さん
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・国士舘マガジンズ -「なりたい自分」へ学生・卒業生・教員の想いや活動
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■ガウディに最も近づいた建築学博士
未完の作品を後世に遺した建築家アントニ・ガウディ(1852-1926)。最高傑作の一つ大聖堂サグラダ・ファミリアは没後100年の今年、メインタワーのイエス・キリストの塔が完成するとされている。
田中裕也氏(1975年国士舘大学工学部卒)は若き日にガウディに魅せられ、スペイン・バルセロナに渡った。設計図が残されていないとされるガウディ建築の実測を行うなど、建築を彩る演出=ガウディ・コードを半世紀にわたってひもといてきた。
インタビューでは、ガウディに最も近づいた建築学博士とも言われる田中氏の、これまでの軌跡を追っていく。
■在学中にガウディを知り、スペインを訪れる
田中氏が初めてガウディ建築を目の当たりにしたのは、大学4年の時である。建築家を志して国士舘大学工学部建築学科(現在の理工学部建築学系)に入学し、多彩な教授陣から建築構造の基礎や感性を豊かにするような授業を受けた。
西洋建築史の教授からピラミッドについて聞いた時の胸の高鳴り、法隆寺五重塔の50分の1の断面図を見た時のカルチャーショックは、いまだに鮮明に思い出すという。そんな田中氏は、ある授業でガウディについて熱く語る教授に出会った。その時の話が心に強く突き刺さり、在学時、現地を訪れるきっかけになった。
「スペインの街で初めて『作品』を見た時、ひどく混乱しました。通常の建築とはまるで異なるもので、ガウディの人物像については何一つ知りませんでしたし、全く理解できない。これが建築ならば、建築家にはなるのは無理だと思ったほどです」
■自転車横断でつかんだ感性
大学卒業後、一旦は大阪の建築事務所に就職し、建築図面に取り組んだものの、ガウディが脳裏から離れない。入社3年目、再度スペインに渡ってガウディを学ぼうと決意したが、一抹の不安が胸の奥に広がった。
「自分はあのガウディを理解できるのだろうか」
逡巡する中、「そもそも自分は日本を知っているのか」という思いが沸き上がり、日本を知らない人間が、ガウディを理解できるはずがないと、早々に行動に移した。退職し、実家がある北海道稚内へ自転車で帰省した。
会社のあった大阪から山陽道を使って中国地方を抜け、九州、沖縄と渡る。山陰道、東海道を渡り、東京、東北を抜ける全長6000kmの旅であった。
「50日間、体全体で日本を感じ、人に出会い、目に焼き付いた景色。この五感すべてを使って歴史や文化を知るという体験がなければ、今の自分はないですね」
■実測の始まりは公園の階段から
1978年、田中氏はスペインに渡ってすぐトラブルに見舞われる。中でも、会社員時代に貯めた100万円が念願の地で盗難にあったことは大きかった。途方に暮れ、地中海を眺められる公園で思案する。そこは、故郷の港町・稚内に似ていた。
「私は何をしにスペインに来たんだ」
少しばかりの慰めでは太刀打ちできないほど焦りは膨らみ続け、自問自答の日々。言語も喋れない。ツテもない。何もできないという現実と向き合いながら、ふと自分が座っている公園の階段部分に焦点が合った。
「これなら実測できると思いました。一つずつ図面にしていけば、建築を学べるだけではなく、手も動かせる。言語も必要ない。逆に言えば、それしかできることがない。だったらすぐにやろう。それが『ガウディが手がけたグエル公園の階段』でした。日本から持って行った巻き尺で実測とスケッチを重ねていました。そう、現在の私は階段から始まったのです」
田中氏はカタルーニャ工科大学バルセロナ建築学部のガウディ研究室で学びながら、実測に没頭。サグラダ・ファミリアの実測時には、原寸模型制作現場に出入りしながら作業することもあった。
■「実測」という対話
実測は気の遠くなる忍耐のいる作業。建築物のあらゆる長さを測り、それを基に作図する。田中氏は、サグラダ・ファミリアの50分の1の断面アイソメ図に5年、グエル公園の全体立面図には8年をかけて完成させた。
実測を通じて、素材、形状、技術から土地の歴史に至るまで、ガウディ建築を取り巻くすべてを学んだ。当時の生活様式や人々の経済状況、政府や都市に求められた役割に思いを馳せる。民俗学的な理解、考古学的な発想、素材や当時の工法などの工学的観点など、真の実測には幅広い教養が必要不可欠だ。田中氏はそのすべてを、ガウディ建築の実測によって習得した。
さらに、実測という裏付けの作業を続けるうちに、ガウディの倫理的な感性が建築物に演出されていることに気づいてきた。
「実測は追体験です。ガウディと同じ目線でみていくうちに、気をてらったように見えた作品が全くそうではないことに気づき、視野がグッと広がったのです」
そして、ガウディが潜ませた600ものコードを発見する。
実測する田中さん
■バルセロナの街をつくったガウディ
驚くほど緻密かつ精緻な田中氏の実測図を見ていると、設計図なしにガウディがどのようにプロジェクトを進めていたのか疑問が湧いてくる。
「ガウディ建築には設計図面で表現しにくい彫刻的要素が多用されています。そこで制作時には、模型作りと現場での対話を積み上げていきました。さまざまな分野の専門家が協力者となり、ワークショップを重ね、知恵を集約させながら作品が出来上がっていきました。それが地域であり、街になっていった。彼らは自らも作家だと自覚しながら、芸術作品を作っていたのです」
世界遺産にも登録されているバルセロナ市内のガウディ作品群。地域の協力者と協働した建築作品でバルセロナの街が構成されていることがよくわかり、ガウディに魅了される所以がここにある。
グエル公園から望むバルセロナの街
■最も苦手な今の仕事
田中氏は、現在の仕事についてユニークな自己分析をする。
「自分では、最も苦手なことを仕事にしたと思っています。製図も下手で、実測も苦手でした。しかし、スペインではそれしか生きていく術がなかったのです。今ではガウディと誰よりも対話できる一人になったと自負しています。『苦手』な世界に自ら挑戦したことは、自分の中にいるもう一人の自分の発見でした」
■学生へのメッセージ
「ぜひみなさんも、自分が苦手だなと感じるものを見つめてほしい。それは自分の可能性であるのかもしれないことを知ってほしい。触れるのは怖いかも知れません。しかし、誠実に進むその挑戦には絶対に価値があります」
田中氏は今日も、実測を通してガウディとの対話を続けながら、『苦手』と向き合い自分の可能性に挑戦し続けている。
バルセロナにある田中さんのアトリエにて
●田中 裕也(たなか・ひろや)氏 プロフィール
建築家・実測家・建築学博士
・生年月日:1952年9月30日生まれ(73歳)
・出身地:北海道稚内市
・学歴
1975年 国士舘大学 工学部建築学科 卒業
1980年 カタルーニャ工科大学 バルセロナ建築学科大学院 入学
1992年 カタルーニャ工科大学 博士(工学)
・建築作品
2001年 スズラン・ボベダ(北海道・江別市)を計画竣工
2012年 北山幼稚園(東京・府中市)竣工 など
・著書
『ガウディの建築実測図集』彰国社 1987年
『実測図で読むガウディの建築』彰国社 2012年
『ガウディ・コード ドラゴンの瞳』長崎出版 2013年 など
・公式HP
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※写真は全て田中氏による提供
【リリース発信元】 大学プレスセンター (リンク »)
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