3Dイメージングの新技術開発により左右非対称性の基盤となる細胞の運動を発見

国立大学法人新潟大学

From: 共同通信PRワイヤー

2017-12-25 14:10

2018年12月25日

国立大学法人 新潟大学

3Dイメージングの新技術開発により左右非対称性の基盤となる細胞の運動を発見
-キラリティが脳の左右差を生み出す機構の解明へ-

本学大学院医歯学総合研究科の玉田 篤史研究員と五十嵐 道弘教授の研究グループは、細胞の3D構造をライブで可視化する新規の顕微鏡観察法を開発し、細胞の形と動きを自動解析  する技術を確立しました。これを用いて、神経細胞および細胞性粘菌が、キラル(注1)な旋回・らせん運動(注2)を示すことを発見しました。本研究成果は、バイオイメージングと画像解析において革新的な基盤技術を提供すると同時に、細胞のキラリティから脳や臓器などの左右  非対称な器官形成に至るメカニズムの解明に貢献すると期待されます。

【本研究成果のポイント】
・光に対して弱い細胞の3D高速ライブイメージング顕微鏡観察法を開発した。
・細胞の形と動きを自動解析する技術を確立した。
・神経細胞および細胞性粘菌がキラルな旋回・らせん運動を示すことを発見した。
・本技術を駆使することで、キラリティが脳や内臓の左右非対称性に変換される機構が解明されると期待される。

Ⅰ.研究の背景
 私たちの体の器官の多くはほぼ左右対称な配置をとっていますが、内臓の一部(肝臓、心臓など)にみられるように左右非対称な器官も存在します。脳においても、ヒトで言語中枢が左大脳半球優位であるなど、機能的な左右差があることが知られています(発見者の1人であるスペリー博士は1981年ノーベル賞受賞)。しかし、脳の左右差がどうして生じるのか?という問いにはまだ誰も答えられていません。私たちは「左右差の起源が分子構造のキラリティにある」との仮説を立てて研究を進めてきました。キラリティとは、鏡像が元の像と重ならない幾何学的性質であり、DNAの右巻き二重らせん構造、タンパク質の右巻きαへリックス構造など、ほとんどの生体高分子でみられる性質です。一方、私たちの以前の研究(Tamada et al.,J Cell BIol.,188, 429, 2010)を契機として、分子だけでなく細胞でのキラリティの報告が近年世界中で相次いでおり、細胞のキラリティが、分子のキラリティと生体の左右非対称性をつなぐ中間に位置し、左右非対称性の形成メカニズムを解き明かす鍵として、注目を集めています。
 キラリティと非対称性形成のメカニズムを解明するためには、キラル現象の正確な情報が必要になります。キラリティは3次元(3D)的な概念であり、現象の詳細な記述には3D、時間軸を含めれば4Dの膨大なデータ計測と解析が必要不可欠です。ところが、1)細胞を3Dライブイメージングにより精密に計測し可視化する技術、2)高次元の画像データから形と動きを自動解析する技術、はこれまで存在しませんでした。

Ⅱ.研究の概要
 そこで、本研究では、まず3Dイメージング技術の開発を行いました。細胞のライブイメージングには蛍光顕微鏡を使用するのが一般的ですが、この方法で高頻度3D撮影すると、通常の生細胞では、励起光に起因する光毒性により構造が簡単に壊れてしまいます。一方、古くからよく使われている微分干渉顕微鏡(注3)を使用すれば、無染色・低毒性で高解像度撮影が可能ですが、陰影の付いた画像しか得られず、そのままでは3D可視化・解析に使えません。私たちは、リース変換(注4)と呼ばれる特殊な数学的操作を施すことで、微分干渉像に含まれる陰影付きの位相情報を輝度情報に変換する方法を考案し、「リース変換微分干渉顕微鏡法(RT-DIC)」と名付けました(図1)。本手法を使うことで、蛍光像とほぼ等価な、明るく光る輝度画像を得て、脆弱な細胞をライブで3D可視化することに成功しました。

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 次に、多次元画像データから細胞の形と動きを自動解析する手法の開発を行いました。コンピュータービジョンの技術を取り入れ、画素ごとの形状と運動の物理量を数値的に推定する手法を確立しました。形については、輝度勾配の3D空間的広がりを表す構造テンソル(注5)を計算し、そこから画素ごとの基礎形状(面・線・球の各構造の確からしさ)と線維の方向を推定しました(図2)。動きに関しては、各画素について、フレーム間の3D変位ベクトルをオプティカルフロー(注6)として計算し、速度・加速度・躍度などの並進物理量および角速度・曲率・捩率などの回転物理量を推定することに成功しました(図3)。さらに、画素ごとの形状情報と運動情報を時空間的に統合することにより、粒子・細胞・線維の走行経路・運動軌跡を追跡することに成功しました。

【画像: (リンク ») 】
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 今回開発したイメージング技術と画像解析技術を、伸びていく神経の先端構造で伸びる方向の制御に重要な、神経成長円錐(注7)のキラリティ解析に応用しました。RT-DICの結果、神経成長円錐の3D形態と動きをとらえることに世界で初めて成功し、そのフィロポディア(運動性を支配する動的構造;注7参照)が激しく動きまわる様子を観察できました(図4)。さらに画像解析により、それらの形と動きを数値化することに成功し、フィロポディアが右ねじ回転と後退運動を伴う左らせん運動をするという、神経成長円錐の運動様式を明らかにすることができました(図4)。以前の研究では、神経突起が2D基質上で右回り(時計回り)に旋回しながら伸びることを手作業のトレースと角度計測による煩雑な解析により定量しましたが、今回開発した手法により、同一の現象をさらに簡便かつ自動的に定量できました。

【画像: (リンク ») 】

 私たちは今回の技術を別の細胞にも応用し、細胞の分化、移動、形態形成のモデルとしてよく実験で使われる生物である細胞性粘菌(注8)の運動を観察しました。単細胞期でアメーバ状の粘菌細胞を解析すると、2D基質上では細胞が右回り(時計回り)に旋回しながら移動、3D環境だとフィロポディア様の突起が右ねじ回転していることがわかりました。

Ⅲ.研究の成果
 本研究により得られた細胞のキラリティに関する成果をまとめると図5のようになります。本研究では、神経成長円錐(哺乳類のマウスの脳で実験)および細胞性粘菌に関して、3D空間での形と動きを詳細に可視化し定量することに世界で初めて成功しました。成長円錐については、フィロポディアが右ねじ回転と後退運動の合成により左らせん運動することを発見しました。細胞性粘菌では、フィロポディア様の突起構造が成長円錐同様に右ねじ回転することを明らかにしました。2D基質上では、神経細胞が右旋回するのは既知の現象ですが、今回新たに、細胞性粘菌も同程度の回転速度で同じく右方向に旋回しながら移動することがわかりました。哺乳類(マウス)と細胞性粘菌は系統学的には全く離れていますが、似通ったキラルな運動様式を示すことがわかり、細胞レベルのメカニズムに関して共通性も示唆されます。

【画像: (リンク ») 】

 また本研究は、バイオイメージングや画像解析分野において高い有用性と汎用性を持つ技術の開発に成功しました。特に、本研究のRT-DIC法は低毒性であり、蛍光顕微鏡で扱うことが困難であった、生細胞の3D構造のイメージングを可能にします。本手法については、オープンソースソフトウェアとしてImageJプラグインとMATLABコードを誌上で公開しています。RT-DIC法は蛍光顕微鏡の短所をカバーできる新たな手法として幅広く顕微鏡技術と医学生物学研究への利用が期待できます。

Ⅲ.今後の展開
 生命現象で基本的な性質である左右非対称性が生ずる原理は、キラリティに基づくと考えられます。本研究成果により、これまで扱いの難しかったキラリティをシステマティックな手法で定量的に解析することが可能になり、細胞のキラル現象を正確に記述し特性を明らかにできます。本研究を含めた国内外の研究から、キラルな分子であるアクチン細胞骨格とミオシンモーターの相互作用が細胞のキラリティ形成に重要、との結果が示されています。近いうちに、本研究の成果を応用して、左右非対称性形成のしくみが解明されるものと期待されます。

Ⅳ.研究成果の公表
これらの研究は、本学超域プロジェクト「成長円錐の分子基盤に基く神経回路の形成と修復の総合的研究」、JSTさきがけ研究「脳情報の解読と制御」、文部科学省科学研究費新学術領域研究「共鳴誘導で革新するバイオイメージング」等により実施されました。研究成果は、Nature Communications誌(IMPACT FACTOR 12.124; Nature の姉妹誌で、多分野の重要な論文を速報するオープンアクセスジャーナルであり、同様の性格を有する国際誌の中で最もインパクトファクターが高い)に平成29年12月19日午後7時(日本時間)に掲載されました。

論文タイトル:Revealing chiral cell motility by 3D Riesz transform-differential interference contrast microscopy and computational kinematic analysis
著者:Atsushi Tamada1,2,3,* and Michihiro Igarashi1,2
1 Center for Transdisciplinary Research, Institute for Research Promotion, Niigata University, Niigata 951-8510, Japan.
2 Department of Neurochemistry and Molecular Cell Biology, Graduate School of Medical and Dental Sciences, Niigata University, Niigata 951-8510, Japan.
3 Decoding and Controlling Brain Information, Precursory Research for Embryonic Science and Technology, Japan Science and Technology Agency, Kawaguchi, Saitama 332-0012, Japan.
* corresponding author

玉田篤史1,2,3,*、五十嵐道弘1,2
1 新潟大学研究推進機構超域学術院
2 新潟大学医歯学総合研究科神経生化学分野
3 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「脳情報の解読と制御」
* 責任著者
doi: (リンク »)

■用語説明
注1:キラリティ・キラル
キラリティとは「3Dで物体や現象がその鏡像と重ね合わせられない幾何学的性質」のこと。キラリティがある状態をキラルという。キラルな例としては、手(右手の掌と左手の甲を向かい合わせたときに重なり合わない)、らせん(右らせんと左らせんは重ならない)などがあげられる。

注2:旋回・らせん
回転とは、物体などがある点や軸を中心として回ることを指し、幅広い意味を持つ。旋回とは、同一平面上での回転を指す。2D平面での運動の場合、回転運動は旋回成分のみとなり、回転の程度は曲率(回転半径の逆数)で表される。3D空間での運動の場合、回転運動は旋回成分(曲率)と捩れ成分(捩率、れいりつ)の2つで表される。旋回のみの場合は平面的なカーブ、捩れのみの場合はスピン運動になる。らせんとは3D曲線の一種であり、平面的な円運動とそれに直交する直線運動を組み合わせたものである。ねじの山、コイルなどが例として挙げられる。生体高分子の多くもらせん構造をとる。らせんはキラルであり、右巻きと左巻きの2種類がある。

注3:微分干渉顕微鏡
光学顕微鏡の一種であり、プリズムで分割した2つの偏光を標本に照射し、透過した光を再び合成するときに生じる干渉により、標本の厚みの差を高感度で検出する。無染色で高コントラスト、高解像度でハロー(光のにじみ)のない画像が得られるなど利点が多い。しかし、プリズムの方向に陰影が付くという欠点を持ち、像の明暗情報の解釈が難しい。たとえば、物体の中心は、プリズムの方向に沿って明暗の変化が最も大きく、それに直交する方向に沿って最も暗い点ということになる。また3D表示にも不適である。

注4:リース(Riesz)変換
画像などの多次元信号の位相を90度ずらす操作である。電波・音波などの一次元信号の位相を90度ずらす操作はヒルベルト変換としてよく使われるが、リース変換はこの多次元版に相当する。2次元画像の場合、直交する2つの成分より構成される。実際の操作は、フーリエ変換、リース変換フィルターによる乗算、逆フーリエ変換の3つの単純なステップで済む。今回のリース変換微分干渉法では、陰影方向に1回(90度シフト)、直交方向に2回(180度位相反転)の複合フィルターを用いてリース変換を行うことで陰影を除去している。

注5:構造テンソル
輝度勾配テンソルとも呼ばれ、画像の輝度を微分した輝度勾配ベクトルを掛け算してテンソル化して平滑化したものであり、3Dの場合3x3行列で表される。輝度勾配の空間的な広がりを表し、画素毎の形状の指標として用いられる。

注6:オプティカルフロー
コンピュータービジョンの基礎技術で、2つのフレームの画像から画素毎の変位ベクトルを推定する手法である。時間差のあるフレーム間であれば、速度ベクトルが求められ、点の動きを推定することができる。画像の相関を利用する相関法、輝度勾配を利用する勾配法などの手法がある。本研究では、代表的な勾配法であるHorn-Schunck法を3D画像に適用し、さらに大きな変位にも対応できるようにマルチスケール化した方法を用いている。

注7:(神経)成長円錐
神経細胞が伸ばす神経突起の先端に存在する微細な構造体。成長円錐はフィロポディア(糸状仮足)と呼ばれる針状の細い突起を動かしながら周囲の環境を探知し、神経の伸長とその方向を制御することで、脳の回路の形成に重要な役割を果たしている。

注8:細胞性粘菌
学名Dictyostelium discoideum(和名キイロタマホコリカビ)。土壌に広く分布する微生物で、餌がある状態では単細胞のアメーバとして行動・増殖するが、飢餓状態になると多く細胞が集まり、ナメクジ状の移動体を形成し、最終的に移動を停止して胞子を含んだ子実体を形成する。細胞の分化や移動・形態形成などの研究で、モデル生物として汎用される。



 



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