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【石家荘(中国)2018年6月5日新華社=共同通信JBN】鹿泉区人民政府によると、河北省都石家荘市の第2回観光発展会議が6月9日から11日まで太行山脈の東麓にある景勝地の鹿泉区で開催される。
リ・ウェイジュン鹿泉区長によると、石家荘は中国の傑出した観光都市で、39の国家級文化保護遺跡、105の省級文化保護遺跡と多くの国家級・省級景勝地、歴史的・文化的地区がある。
太行山脈を西に、コ沱河を北に望み、鹿泉区は領域内に8河川、13貯水池と26の自然景観地がある。鹿泉区に三日月形に囲まれた省都に最も近い自然な好適地である。
鹿泉区は4つの特徴ある観光地区を開発してきた。南部の産業商業ツアー、中部のスポーツツアー、北部のインタラクティブツアー、市街地のレジャーツアーで、省都観光会議開催地として最高の選択となっている。
リ・ウェイジュン氏は「鹿泉区は近年、390億元を投資し、17の既存の観光プロジェクトを総合的に改良し、中国各地の特色を取り入れた13の新プロジェクトを導入した」と述べ、これらの観光プロジェクトは会議で展示されると付け加えた。同氏はいくつかの目立つ呼び物を明らかにした。「常緑の西部」は中国の1級のレジャー観光休暇施設だ。「中国・イスラエル農業科学タウン」はイスラエルとの協力による国内最大の農業観光プロジェクトである。「竜泉古代都市」は水の街の「烏鎮」「古北水镇」と比較できるだろう。「Junlebao Dairy Town(君楽宝乳業タウン)」は中国北部の産業観光のモデルである。「Spring Festival Eve Style Town」は浙江安吉Spring Festival Eve Style Townの兄弟タウン。「Baodu Village Scenic Area」は「戦場、聖地、天空の幻影、地上の楽園」として知られ、中国最大の山門であるSouth Gate to Heaven、中国で初めて山頂に五百羅漢の廟を彫った地下の岩、中国最大の岩山の壁画を持つHanxin Temple、Golden Palace、Myriad Buddha Cave(千仏洞)がある。
鹿泉は4000年以上、県レベルの行政単位だった。歴史的記録によると、鹿泉は戦国時代はShiyiと呼ばれ、隋時代に鹿泉県と命名された。唐時代の756年、安史の乱で反乱軍の安禄山がここで捕まったことから獲鹿県と改称された。
獲鹿県は1998年12月、国務院により一般開放が決定され、鹿泉市と改称、2014年9月23日、同市は国務院の承認により廃止され、石家荘市鹿泉区が設立された。
鹿泉区は近年、道路建設と景勝地区の改造を進めてきた。太行山脈正面の100里道路は山と川を縫って進み、ほとんどの観光地につながる。道路の両側には20の観光客用洗面所、3100人が宿泊できる1級のレセプションホテル9軒、レストラン30軒、50軒のファームハウス、4万4000台の駐車場がある。
鹿泉区はすべての景勝地、道路、駅、洗面所、駐車場、宿泊施設、レストランの情報を旅行者が携帯電話を通じて簡単に利用できるようデジタルプラットフォームに収容してデジタルとオフラインの観光を結合しているのが素晴らしい。
ソース:Luquan District People's Government, Shijiazhuang City
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