チェコ・ビロード革命~民主化から30年~

チェコ政府観光局 - チェコツーリズム

From: Digital PR Platform

2019-10-18 09:00


チェコ(ボヘミア王国)の歴史は数百年前に遡りますが、民主主義下のチェコ共和国の歴史はそれほど長くはありません。 ビロード革命が起こらなければ、今日のチェコ共和国は存在していません。1989年11月17日から始まった平和的抗議は、チェコスロバキアの共産主義政権の打倒につながりました。

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プラハのNárodní通りにある1989年11月17日の記念碑。 チェコ(およびチェコスロバキア)の歴史の中で最も重要な瞬間の1つを思い出させる、デモを行った学生の象徴的な手が付いた小さな青銅の飾り板。

共産主義政権下のチェコスロバキア

30年前に何が起こったのか。それを理解するために、まずはそれまでの全体的な状況を見てみましょう。1918年、チェコスロバキアが独立しました。しかし第二次世界大戦後、ドイツによる占領から国の再建を進めている最中の1948年、共産党が政権を獲得し実権を奪いソビエトの権力下に置かれ衛星国となりなりました。 - 当時は「東側諸国」と呼ばれていました。 1968年、政治自由化とソビエト連邦との関係の弱体化を試みた変革運動「プラハの春」が行われましたが、同年8月21日、ワルシャワ条約機構軍の侵攻によりチェコスロバキアはソ連の占領下に置かれ、さらに抑圧的な支配が長年続くことになりました。これにより、自由と独立への希望が経たれることとなりました。

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ソビエト主導のチェコスロバキアへの侵攻への抗議の間に多くの国民が死亡、もしくは役人によって傷つけられたか、処刑されました。

国民による不満の表明

1980年代の終わり、生活水準の低さと経済に対する不満が改革の支えとなり、多くの市民が政権に対する不満を公然と表明し始めました。 隣国東ドイツでのベルリンの壁が崩壊により、東側諸国の崩壊が始まっていることは明らかだったこともあり、多くのチェコスロバキア人は、自国のために戦う推進力を高めました。 多くの著名な人々や一般市が、劇作家であり、反体制運動の主導者であったために厳しく迫害されていたヴァーツラフ・ハヴェル( (リンク ») )の投獄に対する請願書に署名しました。

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民主主義の擁護者であるヴァーツラフ・ハヴェルは、4年近くもの間、幾度となく投獄されました。 彼はビロード革命で重要な役割を果たしました。

1989年11月17日、プラハで学生による記念集会として許可されていた集まりが、数時間後に自由選挙、検閲の廃止、その他の自由を求める反体制デモにエスカレートしました。最終的には容赦なく制圧されましたが、ひとつの 命も失われることはありませんでした。このデモが国中のデモの数々に拍車をかけ、プラハではヴァーツラフ広場とレトナーに多くの人々が集まり毎日抗議を続けました。
ヴァーツラフ・ハヴェルをリーダーとする市民フォーラムが設立されると、抗議者の声となり、共産主義政権との対話パートナーとなりました。人々の持つ「鍵」がビロード革命におけるデモの象徴となり、体制の終焉を象徴するように「鍵」を鳴らすことで、抗議の説得力を高めました。

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1989年11月17日の学生デモを警察が止めようとした際、彼らは戦いをしたくないという意思を示すために一列に並んでろうそくを灯した。

最大のデモと共産主義の終焉

最大のデモは11月25日に行われました。プラハのレトナーに80万人が集まり、民主化と反体制派ヴァーツラフ・ハヴェルの大統領就任を呼びかけました。 共産政権と市民フォーラムのさらなる交渉の末、共産党指導部は敗北を認め政権から退き、新政権が誕生しました。その後まもなく当時の大統領も辞任し、1989年12月29日、チェコスロバキア最愛の英雄で民主主義の戦士であるヴァーツラフ・ハヴェルが満場一致でチェコスロバキアの大統領に選出されました。

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1989年11月25日、約100万人の人々がレトナーに集まりました。

ビロード革命は共産党による長い抑圧的な支配を終わらせ、チェコスロバキアを民主主義への道に導きました。 メディア、言論、旅行への制限が解除され、他国へ移住した多くの人々も家に戻ることができました。 新しい民主政権は国の法律を自由化し、開かれた自由な社会を作り上げました。 そしてその後すぐ、チェコスロバキアは今日知られているように、平和的にチェコ共和国とスロバキアに分割されました。

ビロード革命から30年 記念イベント
もしビロード革命がなければ、今日のチェコ共和国は存在しません。2019年の今年はビロード革命から30年の記念の年、チェコ各地で様々なイベントが開催されています。

■展覧会 “1989” – 2019年11月15日~2020年2月16日(プラハ国立美術館(ヴェレトルジュニー宮殿))
100点以上の写真展覧会
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■コンサート “Sametová 30(Velvet 30)” – 2019年11月16日(プラハ、ルツェルナ宮殿)
ビロード革命とヴァーツラフ・ハヴェルを偲ぶコンサート。自由の象徴 である歌手のMarta Kubišová も参加。
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■バレエ “Velvet Ballet Gala” – 2019年11月16日(プラハ、エステート劇場)
チェコ国立バレエによる記念公演
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ヴァーツラフ・ハヴェル、1989年12月、新しく選出された大統領による演説

記念すべき11月17日には、プラハ各所で様々なプログラムが用意されています。国民劇場の前から続くNárodní通りは歩行者天国になり、例えば30年前の学生デモを讃える学生たちによる仮面パレードなど各種テーマの文化プログラムが行われます。夜にはヴァーツラフ広場がフリーダムフェスティバル( (リンク ») )のハイライトである「Concert for the future」のコンサートステージに変わります。

<地方都市でのイベント>
ビロード革命から30年を記念するイベントは、地方都市でも開催されています。

■ブルノ
チェコ第2の都市ブルノでは数か月にわたり、コンサートや展覧会、講演など数々のプログラムが行われています。特設ページでは月ごとのイベント時情報を掲載。
特設ページ: (リンク »)  

■その他の都市
全国的なビロード革命30周年記念イベント「Let's not forget」に、プラハを含む30都市が参加しています。各都市で異なるイベントが企画されており、それぞれ下記の公式ウェブサイトでご確認頂けます。
Let’s not forget 公式ページ: (リンク »)  

<共産主義やビロード革命に関する常時展示>
今年の特別イベント以外にも、ビロード革命や共産主義時代の歴史を知ることがあるスポットもおすすめです。

■共産主義博物館、プラハ
1948年2月のチェコスロバキア政変から1989年のビロード革命までの、協賛主義政権下でのチェコスロバキアの生活に焦点を当てた展示。
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■ヴィートコフの丘の国立記念館(Vítkov Hill)、プラハ
チェコスロバキア共産党の代表者の墓として使用されていたヴィートコフの丘の国立記館にて、常設展「チェコとチェコスロバキアの世紀の十字路」を開催。
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