関西学院大学理学部の松浦周二教授(赤外線天文学)の研究室と九州工業大学、東京都市大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)などでつくる国際研究グループは、米国のホワイトサンズ・ミサイル実験場(ニューメキシコ州)から6月7日0時25分(米国山岳時間)に打ち上げられた米国航空宇宙局(NASA)のロケットで、初期の天体の解明を目指した観測実験を行いました。地上の望遠鏡では捉えられない遠くの星について、星々から出る赤外線を合わせた「宇宙赤外線背景放射」の観測から、宇宙で最初に生まれた星や原始ブラックホールなどの宇宙初期天体を調べようというものです。
2009年から2013年まで計4回の打ち上げで進めたロケット観測実験CIBER(Cosmic Infrared Background ExpeRiment)の成果をふまえた実験で、プロジェクト名は「CIBER-2」。今回のロケットに載せたのは、CIBER実験の10倍高い感度を得るため新たに開発した反射望遠鏡。地球の大気の影響を受けない高度325kmまで打ち上げ、落下するまでのうちの約5分間、宇宙背景放射を観測しました。CIBER-2では、CIBERではなし得なかった可視光から近赤外線にかけた多波長でのゆらぎの観測をより高い精度で行っており、今後、宇宙初期天体の痕跡を探すために、取得したデータを解析していきます。
【研究の背景】
宇宙創成から現在に至る宇宙進化の歴史をひも解くためには、宇宙初期の天体を見つけ出し、それらがいつどのようにして形成され、現存する星や銀河へと進化していったかを研究することが重要です。特に、最初に生まれた星やブラックホール※注1の研究は、宇宙物理学や天文学の最重要課題の一つとなっています。これらの宇宙初期天体は紫外線で明るく輝いていたと考えられており、その光は、ビッグバンで始まった宇宙の膨張に伴う赤方偏移※注2により、現在は近赤外線として観測されると期待されています。
以上のような研究は、遠方の天体を個別に近赤外線で観測し丹念に調べていく手法が一般的であり、多くの研究者がこれに取り組んでいますが、宇宙の最初期における天体は暗すぎて巨大な望遠鏡を用いても個別には観測が困難です。そこで私たちは、宇宙初期天体や遠方の銀河からの光が折り重なった宇宙赤外線背景放射※注3として観測するという独自手法で研究を進めてきました。
これまでに日本や米国の人工衛星(COBE,IRTS,あかり)とCIBER実験により観測を行なってきた結果、銀河などの既知の天体による寄与をすべて考慮しても、観測された宇宙赤外線背景放射の明るさを説明するには足りないことを明らかにしました(図1)。これは私たちがまだ知らない天体が宇宙に存在することを意味しています。この未知天体の正体については、宇宙で最初に生まれた星々や原始ブラックホールなどによる宇宙初期の残光であるとの理論的解釈が発表され、研究者の間では大きな話題となりました。しかしCIBERの観測データからは、未知天体の多くは銀河ハローに隠れている古い星々のような近傍宇宙に存在する可能性が高く、宇宙初期からの寄与は多くはないことが示唆されました。
そこで今回のCIBER-2実験では、CIBER実験の10倍以上高い感度で宇宙赤外線背景放射を観測し、わずかに含まれる宇宙初期の放射成分を検出することを目指しました。
【観測装置の開発】
新たな目標のために私たちが開発したのは、集光力と解像度をアップさせるため、口径をCIBERの3倍に拡大した30cm反射望遠鏡と、その後段に装備したCIBERの2倍の視野を持つ4メガピクセル赤外線カメラです(図2)。観測装置はそれ自身が出す赤外線でノイズが生じないように液体窒素により-200℃まで冷却しています。望遠鏡は冷却による熱収縮でピントがずれないように全ての部品をアルミニウム合金で製作し、相似形で収縮するという工夫を施しています。
CIBER-2では波長0.5~2μmの範囲を6つの測光フィルタで区切り、それぞれの波長で明るい星がない4つの天域を撮像しました。また同じ波長範囲での分光機能も備えており、宇宙赤外線背景放射の詳細なスペクトルを測定しました。これらの機能は、1つの望遠鏡からの光を波長ごとに分けて3つの赤外線カメラへ導入し、それぞれの検出器に2波長フィルタと分光フィルタを装着することで実現しました。
観測装置の開発は、国際共同実験グループの各国で分担して行いました。日本では基幹的な部分である望遠鏡と光学系および冷却系の開発を担当しました。日本チームの研究者だけでなく関西学院大学の大学院生や学部生が実働主力となり、NASAロケット実験の代表者が率いる米国の拠点大学(カリフォルニア工科大学、ロチェスター工科大学)やNASAの実験場へ赴いて装置を完成させるまで様々な実験を進めてきました(図3・図4)。
【期待される成果】
CIBER-2では、CIBERより短い波長の可視光を含む広範囲の波長をカバーしています(図5)。今回初めて行う可視光での観測が加わることで、初期天体に特有な「ライマンブレーク」と呼ばれるスペクトル形状※注4から、宇宙赤外線背景放射への初期天体の寄与率を明確にすることができるようになります。
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