母乳が腸内細菌叢形成を介し脳発達に与える影響を解明 ―母乳中の過酸化水素産生酵素が仔の発達に果たす役割―--摂南大学

摂南大学

From: Digital PR Platform

2024-06-12 14:05




 国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院動物生命科学部門・永岡謙太郎教授らの研究グループはマウスを用いた実験により、母乳中のアミノ酸代謝酵素から産生される過酸化水素が乳仔の腸内細菌叢の形成に関与するだけでなく、腸内細菌叢由来の代謝物を介して脳の髄鞘発達に影響を与えていることを示しました。本研究結果は、哺乳類に特徴的な母乳が仔の腸内細菌叢形成や脳発達を制御する仕組みの理解につながり、将来的には脳発達を促進する腸内細菌叢の形成が可能になると期待されます。




本研究成果は、Gut Microbes(5月30日付)に掲載されました。
論文タイトル:Hydrogen peroxide in breast milk is crucial for gut microbiota formation and myelin development in neonatal mice
URL: (リンク »)


背景:私たち哺乳類は、その名の通り、仔を母乳で育てるという特徴をもつ動物です。母乳は単なる栄養源だけでなく、仔のさまざまな臓器における機能的発達に重要な成分を含んでいます。母乳中の成分は私たちの臓器だけでなく、腸内細菌叢の形成にも影響を与えることが示唆されています。一方で、腸内細菌叢と脳との関連に着目した研究により、腸内細菌叢が脳発達に影響を与えることが示されています。これらのことから、母乳成分、腸内細菌叢形成、脳発達の3要因には関連性があると考えられますが、母乳成分と腸内細菌叢形成、そして脳発達との関連性を統合的に解析した研究は少ないです。本研究では母乳成分が子の腸内細菌叢形成や脳発達に与える影響を解析するだけでなく、これら3要因の関係を統合的に解析し、母乳が仔の発達において果たしている役割の更なる理解を目指しました。

研究体制:本研究は、東京農工大学農学府共同獣医学専攻の大学院生神邉淳(当時)および永岡謙太郎教授、摂南大学の井上亮教授、東京大学の平山和宏教授、浜松医科大学の伊藤昌彦助教、Nanjing Agricultural UniversityのChunmei Li教授、京都大学の木村郁夫教授らが共同で実施しました。
 本研究は、JSPS 科研費 17K19797、22KJ1226、AMED JP23gm1510011 の支援を受けて行なわれました。

研究成果:本研究グループはこれまでに、マウスの母乳中に含まれるL型アミノ酸オキシダーゼ1(LAO1)[注1]に着目して研究を行ってきました。その研究の結果、LAO1が酵素反応の際に産生する過酸化水素が仔マウスの腸内細菌叢形成に関わることや、LAO1の遺伝子を欠損させた(LAO1欠損)マウスが記憶に異常を示すことを明らかにしてきました。これらのことから、LAO1欠損マウスは母乳成分、腸内細菌叢形成、脳発達の統合的な解析に適していると考えました。
 まず、母乳中のLAO1が脳の発達に与える影響を評価するため、出生日に養母交換処置を行い、野生型またはLAO1欠損母マウスの母乳で育てられたLAO1欠損の仔マウスを用意しました。成熟後に空間記憶を評価するモリス水迷路試験[注2]を行ったところ、LAO1欠損の母マウスに育てられた仔マウスには空間記憶の異常が見られました。これら仔マウスの乳仔期における海馬の遺伝子発現を評価したところ、野生型母マウスの母乳を摂取した仔マウスと比較して、LAO1欠損母マウスの母乳を摂取した仔マウスで髄鞘(神経細胞での信号伝達に重要な膜構造)関連遺伝子(Plp1、Mbpなど)の発現低下が認められました。また、これら仔マウスの糞便を無菌マウスに移植して腸内細菌叢による影響を調べたところ、LAO1欠損母マウスの母乳を摂取した仔マウスの糞便を移植された無菌マウスの海馬で髄鞘関連遺伝子の発現が低下していました。
 次に、摂取した母乳の違いに起因する腸内細菌叢の変化は代謝物濃度を変化させ、腸管から血中に移行することで脳に影響を与えたと考え、仔マウスと糞便移植後の無菌マウスの血液を用いてメタボローム解析[注3]を行いました。その結果、LAO1欠損母マウスの母乳を摂取した仔マウスおよびこの仔マウスからの糞便を移植された無菌マウスの血液でD-glucaric acidが上昇していました。さらにD-glucaric acidの影響を生体内外で評価したところ、髄鞘関連遺伝子の発現を低下させる作用があることがわかりました。
 LAO1が酵素反応の際に産生する過酸化水素は抗菌作用を持つことが知られているため、LAO1欠損による母乳中の過酸化水素濃度の低下が腸内細菌叢形成異常、D-glucaric acidの産生増加、髄鞘関連遺伝子の発現低下につながったのではないかと仮説を立てました。そこで、LAO1欠損仔マウスに過酸化水素を投与し、海馬の遺伝子発現と血中D-glucaric acidを測定しました。その結果、過酸化水素投与を受けたLAO1欠損仔マウスにおいてD-glucaric acid濃度の低下と髄鞘関連遺伝子の発現上昇が見られました。
 まとめると、LAO1による母乳中の過酸化水素産生は乳仔期マウスの腸内細菌叢形成を制御し、D-glucaric acidの産生を抑制することで髄鞘関連遺伝子の発現を上昇させている可能性が示唆されました(図1)。加えて、成長後のLAO1欠損マウスが空間記憶に異常を示すことについては、髄鞘や腸内細菌叢が空間記憶に重要であるという最近の報告を踏まえると、本研究で得られた結果により説明できる可能性があります。
 
今後の展開:本研究は、母乳成分のLAO1が産生する過酸化水素が腸内細菌叢形成や髄鞘発達に重要であることを示しました。これは、哺乳類が独自に発達させてきた母乳が子の発達に対して持つ新たな利点を示すものです。加えて、本研究の結果は腸内細菌叢の形成が脳発達に重要であるとする先行研究を裏付けるだけでなく、この2要因に母乳が果たす役割を解明することにつながりました。今後、他の母乳成分に関しても研究が進むことで、人工乳の改良などに応用され、個体の成長に有益な腸内細菌叢を形成することにつながることが期待されます。

用語解説:
注1) LAO1:L型のアミノ酸を異化し、ケト酸とアンモニア、過酸化水素を産生するフラビン酵素。
注2) モリス水迷路試験:空間記憶を評価するテストであり、マウスに周囲の手がかりを頼りに水中に沈んだ逃避用の足場を泳いで探索させる。
注3) メタボローム解析 : アミノ酸や脂肪酸、糖といった低分子化合物およびそれらの代謝産物濃度を網羅的に解析する実験。



▼本件に関する問い合わせ先
学校法人常翔学園 広報室
石村、上田
住所:大阪市旭区大宮5丁目16番1号
TEL:06-6954-4026
メール:Koho@josho.ac.jp


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