AIモデルの開発により、たった1回の実験で新規プロトン伝導性電解質を発見!

国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学

From: 共同通信PRワイヤー

2021-08-04 22:00

~中温動作燃料電池に用いる電解質材料の開発加速化に期待~

令和3年8月4日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

        AIモデルの開発により、たった1回の実験で新規プロトン伝導性電解質を発見!
~中温動作燃料電池に用いる電解質材料の開発加速化に期待~

【概要】
 九州大学エネルギー研究教育機構(Q-PIT)、稲盛フロンティア研究センターおよび大学院工学府材料物性工学専攻の山崎仁丈教授は、九州大学稲盛フロンティア研究センターの兵頭潤次特任助教、九州大学大学院工学府材料物性工学専攻博士後期課程の辻川皓太氏、岐阜大学工学部および理化学研究所の志賀元紀准教授、宮崎大学工学教育研究部の奥山勇治教授らと共同で、400℃程度で動作する固体酸化物形燃料電池(SOFC)(注1)に必要なプロトン(H+)伝導性電解質(注2)を探索する人工知能(AI)モデルを開発し、たった1回の実験で新規プロトン伝導性電解質を発見しました。これは、実験とデータ科学の融合により得られた研究成果です。開発したモデルを活用することで、プロトン伝導性電解質や中温動作固体酸化物形燃料電池の開発が大幅に加速されることが期待されます。
 金属酸化物にプロトン伝導性を発現させるためには、構成元素の一部をアクセプター元素(注3)で置換し、酸素欠損欠陥δを生成、プロトン導入反応を誘起する必要がありますが、新規材料においてどのような元素を組み合わせればプロトン伝導が発現するのかわかっていません。材料を構成する元素の組み合わせは無限にあるため、新規プロトン伝導性電解質の開発は、従来、開発者の経験と勘に基づいて行われていました。
 本研究グループは、アクセプター置換したペロブスカイト酸化物(ABB’ O3-δ)(注4)を対象とし、これまでに見いだされたプロトン伝導性材料における構成元素の特徴やプロトン導入の物理化学的知見をAIモデルに学習させ、材料のプロトン濃度の温度依存性を予測させることで、未知材料SrSn0.8Sc0.2O3-δがプロトン伝導性電解質であることをたった1回の実験で発見しました(図1)。
 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR18J3)、科学研究費補助金(JP15H02287、 JP18H01694、JP16H02866、JP20H05884)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR16N6)の支援を受けました。
 本研究成果は、日本時間2021年8月4日(水)に米国化学会の国際学術誌「ACS Energy Letters」のオンライン速報版で公開されました。
【画像: (リンク ») 】
(図1)開発したAIモデルが未知材料SrSn0.8Sc0.2O3-δのプロトン伝導性を予測、それを実証しました。

研究者からひとこと(山崎仁丈教授):
1981年にプロトン伝導性酸化物が発見されてから40年経ちましたが、プロトン伝導を示すペロブスカイトは100程度しか見つかっていません。本手法により、新規材料探索が大幅に加速されることを期待しています。

【研究の背景】
 固体酸化物形燃料電池(SOFC)は、水素燃料から二酸化炭素を排出することなく電気エネルギーに変換する電気化学デバイスであり、SDGs(持続可能な開発目標)実現の中核を担うと期待されています。エネファームType Sとして実用化されていますが、依然として高価であり、材料コスト低減を目的とした300~450℃で発電する中温動作型SOFCの開発競争が世界的に繰り広げられています。従来用いられている酸化物イオン伝導性電解質は700~1000℃という高温でないと高いイオン伝導性を示さないため、300~450℃で高いイオン伝導性を示す新規電解質材料の開発が求められています。
 プロトン伝導性酸化物は、目標とする動作温度400℃付近で高いイオン伝導性を示すため、中温動作SOFC電解質材料として期待されています。特に図2に示すペロブスカイト酸化物(一般式ABO3)は、高いプロトン伝導性を示す材料が多く、候補材料として最も注目されています。金属酸化物にプロトン伝導性を発現させるためには、構成元素の一部をアクセプター元素で置換し、酸素欠損欠陥δを生成する必要があります。しかし、新規材料においてどのような元素を組み合わせればプロトン伝導が発現するのかは明らかになっていません。ペロブスカイト酸化物を構成する元素の組み合わせは図2の周期表で示すように多数存在し、またその組み合わせは無限に近いことから、新規プロトン伝導性電解質の開発は、従来、開発者の経験と勘に基づいて行われていました。
【画像: (リンク ») 】 (図2) ペロブスカイト酸化物における豊富な選択元素群

 
【研究成果】
 本研究では、無限に近い組み合わせを持つ材料を加速的に探索できるAIモデルを開発し、新規プロトン伝導性電解質の発見に成功しました。図3は、実際に使用したワークフローを示したものです。まず、22組成の既存材料を合成し、熱重量分析(TGA)により得られた精度の高いプロトン濃度データと信頼できる文献値を合わせることで、65組成・761データで構成された信頼性の高い訓練データベースを構築しました。本訓練データを、構成元素情報を示す80の記述子(注5)およびプロトン導入反応の物理化学的知見とともに学習させることで、未知材料(CABO3)のプロトン濃度の温度依存性を予測するAIモデルを開発しました。この際に、「金属酸化物中におけるプロトン濃度はアクセプター濃度に比例する」という物理化学的知見をAIに学習させることで、761点という少ない訓練データ数にも関わらず、材料中におけるプロトン濃度の温度依存性を精度よく予測できることが分かりました。
【画像: (リンク ») 】
(図3) 実験データを活用したAIモデルと新規プロトン伝導性電解質の開発フロー

 開発したAIモデルを用いて、8613種類の材料中のプロトン濃度の温度依存性を予測し、その予測結果を化学組成空間や、記述子空間において構造―特性マップとして可視化しました。その中で、未知材料においてプロトン伝導性が発現する可能性が高い候補材料を12まで絞り込み、合成する試料を一つ我々が選定しました。図4は、候補組成の選定に用いた構造―特性マップを示しています。横軸は、AIがプロトン濃度予測に重要と判断した記述子を、縦軸は金属酸化物へのプロトンの入りやすさを示す水和エンタルピー(ΔHhyd)(注6)を示しています。白丸はAIが学習に用いた実験データを示し、ドットで示したものは、AI予測値のうちΔHhydが-100±5 kJ mol-1であったものを示しています。また、カラーマップはAIの予測信頼性を可視化したものであり、赤色を呈するほど予測の信頼性が高いことを表しています。AIが予測した材料の中から、ΔHhydが-100±5 kJ mol-1の水和エンタルピーを有し、かつ赤色で示された予測信頼性が高い領域に存在、さらに従来プロトン伝導性が知られていない母結晶材料という条件で絞り込むことで、SrSn0.8Sc0.2O3-δが候補材料として浮かび上がってきました(図4青丸)。
【画像: (リンク ») 】
(図4) 候補材料の絞り込みに用いた構造―特性マップ

 この候補材料SrSn0.8Sc0.2O3-δを実際に合成し、実験を行った所、たった一回の試行で新規プロトン伝導性電解質を発見しました。図5左にはAIが予測したプロトン濃度と実験により観測したプロトン濃度を示しています。実験してみると、AIが予測したプロトン濃度は、SOFCの動作温度域である400℃以上の温度域において実験値とよく一致していることが分かりました。図5右には本材料のプロトン伝導度を示しています。これまでに知られている材料(図5中の番号1~11)と比較しても、今回見いだした材料は比較的高いプロトン伝導性を示していることが分かります。実験データをもとにAIモデルを開発することで、プロトン伝導性電解質を加速的に開発できることを実証しました。

【画像: (リンク ») 】  【画像: (リンク ») 】
(図5) AIが予測したプロトン濃度の温度依存性と実験結果の比較(左) プロトン伝導度の実験値(右)


【今後の展望】
 今回開発したAIモデルを活用することで、これまでは見落とされていたプロトン伝導性電解質の発見や、これら新規電解質を用いた固体酸化物形燃料電池の開発が大幅に加速されることを期待しています。

【用語解説】
(注1)固体酸化物形燃料電池(SOFC)
固体酸化物を電解質として用いた燃料電池。SOFC固体酸化物形燃料電池の英語名 (Solid Oxide Fuel Cells) の頭文字を取った略称。さまざまな燃料電池の種類の中で、最も高いエネルギー変換効率を有することが知られている。ただ、一般に固体酸化物は700~1000℃という高い動作温度でないと高いイオン伝導性を示さず、構成する材料が高価なものに制限される。動作温度を下げることで、材料コストや運転コストの低減が期待できる。燃料電池は水素と酸素を利用した次世代の発電システムであり、水の電気分解と逆の原理によって高効率に発電することができる。

(注2)プロトン伝導性電解質
燃料電池において、プロトン(H+)だけを選択的に通し、電子やそのほかのイオンを通さない緻密な固体。

(注3)アクセプター元素
材料の一部を置換した元素で、母結晶を構成する元素よりも価数が低いもの。

(注4)ペロブスカイト酸化物
一般式ABO3で表され、結晶構造立方体単位格子の頂点にA原子、面の中心に酸素原子、体心にB原子を配置した結晶構造を有する酸化物(図1左上、図2に示す結晶構造)。A,Bサイトのホスト構成原子や、一部を異種元素で置換することでイオン伝導性、電子伝導性、強誘電性、触媒活性などの機能を発現できる。高プロトン伝導性材料はペロブスカイト酸化物に多く存在するため、本研究の探索対象とした。

(注5)記述子
AIモデルでは、訓練データから目的変数yを予測する関数y = f(x1,x2,…,xn)を生成する。この関数における{x1,x2,…,xn }のことを記述子と呼ぶ。特徴量、説明変数とも呼ばれる。本研究では、材料を構成する元素の化学的特徴を物理化学的性質など数値化したものを用いた。

(注6)エンタルピー
熱力学における示量性状態量のひとつ。エネルギーの次元をもち、材料の発熱・吸熱挙動にかかわる状態量。プロトン伝導性電解質の場合、材料中にプロトンが導入されると、その際のエネルギー利得分を材料の外へ放出し、発熱する。この放出されたエネルギーが水和エンタルピーであり、この値が負に大きいほどプロトン導入を起こしやすい材料であることを意味する。

【論文情報】
タイトル:Accelerated discovery of proton-conducting perovskite oxide by capturing physicochemical fundamentals of hydration
著 者 名:Junji Hyodo, Kota Tsujikawa, Motoki Shiga, Yuji Okuyama, Yoshihiro Yamazaki
掲 載 誌:ACS Energy Letters
DOI:10.1021/acsenergylett.1c01239



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