神奈川大学理学部の辻勇人教授と岩田啓佑特別助教らは、平面状のラダー型π共役分子において、面外方向に位置する「側鎖」が、光吸収の強さや発光速度に関わる遷移振動子強度を大きく左右することを示しました。これにより、π共役骨格そのものを変えなくても、側鎖の選択によって光学遷移の強さを制御できるようになります。
遷移振動子強度を高めるには、従来は主骨格と同一面内の分子修飾を行うという設計が中心であり、面外方向の側鎖は、補助的な部位と見なされていました。これに対して、本研究では面外方向の側鎖が光物性制御に重要な役割を担うことを系統的に示した点が特徴です。さらに、従来の設計では遷移振動子強度を強めると一般に光吸収・発光波長の長波長化を伴うのに対し、本設計では逆に短波長化する点は特筆に値します。これにより、分子設計の可能性が広がります。
本研究は、発光を促進・抑制するための側鎖の選択の具体的な設計例を与えるものであり、有機EL、有機レーザー、太陽電池、光触媒など、光に関連する機能性材料やデバイスへの広い応用が期待されます。
本研究成果は、2026年8月14日、英国王立化学会「Journal of Materials Chemistry C」にオンライン公開されました。
研究成果のポイント
これまで補助的な部位としてみなされていた側鎖の選択によって遷移振動子強度の強さを制御できるようになった。
本設計は、従来の設計と対照的に、遷移振動子強度を強めると、短波長化することを発見した。
有機EL、有機レーザー、太陽電池、光触媒など、光に関連する機能性材料やデバイスへの広い応用が期待される。
研究の背景
有機EL、有機レーザー、太陽電池、光触媒など、光を利用する機能性材料では、分子が光を効率良く吸収することや、外部から得たエネルギーを発光や化学反応などの目的に応じた過程へ導くことが重要です。その中でも、光吸収の強さや発光速度に関わる「遷移振動子強度(注1)」は、有機光機能性材料の性能を左右する重要な因子です。
これまで遷移振動子強度を制御するためには、π共役骨格を長くする、電子供与性・電子求引性置換基を主骨格に導入するなど、光を担うπ共役骨格の面内方向(xy方向)の修飾という分子設計が主に用いられてきました(図1a)。
ラダー型π共役分子(注2、3)と呼ばれる、平面状のπ共役骨格をもつ分子では、sp3炭素(注4)から面外方向(z方向(注5))に側鎖が伸びています(図1b)。これらの側鎖は、従来、主に溶解性や成膜性を向上させるための補助的な部位と見なされることが多く、光吸収・発光を担うπ共役骨格そのものに比べると、光物性制御における役割は十分に注目されていませんでした。本研究では、この面外方向に位置する側鎖が、空間を介してπ共役骨格の電子状態に影響を与え(注6)、遷移振動子強度を制御できることに着目しました。
図1 研究の背景
(a)一般的な分子修飾
(b)ラダー型π共役分子と、sp3炭素から伸びる「面外側鎖」
研究の内容
本研究では、有機エレクトロニクス材料等によく使われているポリフェニレンビニレン型と呼ばれる構造を平面ラダー型とした炭素架橋オリゴフェニレンビニレン(COPV)類を主なモデル分子として、ラダー型分子構造内のsp3炭素上に導入された側鎖が光吸収・発光特性に与える影響を、実験と分子軌道計算の両面から系統的に調べました。特に、π共役骨格そのものは変えずに、側鎖だけを変えることで、光学遷移の強さがどのように変化するかを検討しました。
分子軌道計算の結果、ベンゼン環のような芳香族側鎖をもつ分子では、側鎖とπ共役骨格との間に空間を介した相互作用が働き、光吸収・発光に関わるフロンティア分子軌道(注7)が側鎖側へ部分的に広がっているのを確認しました(図2a)。その結果、π共役骨格の面内長軸方向に沿った電子遷移の確率が低下し、遷移振動子強度が小さくなると考えられます。一方、アルキル基などの非芳香族側鎖では、このような軌道の広がりが抑えられ、分子軌道がπ共役骨格内に比較的保たれることで、遷移振動子強度が高まることが示されました。
図2 ラダー型π共役分子における「面外側鎖」による光機能制御の概念図
(a) 芳香族側鎖と非芳香族側鎖による軌道分布・光吸収強度の違い
(b) 波長と遷移振動子強度の関係性
実際に、COPV誘導体の吸収・発光スペクトル、発光量子収率・発光寿命などの光物性を測定したところ、非芳香族側鎖をもつ分子では、芳香族側鎖をもつ分子に比べて光吸収の強さや発光速度に関わる値がそれぞれ最大で1.5倍、1.6倍増大することが確認され、遷移振動子強度が増大していることを支持しました。さらに重要なことに、従来の分子設計であるπ共役面内の分子修飾では、一般に遷移振動子強度の増大に伴って、光吸収・発光波長が長波長化するのに対して、今回の側鎖の選択による遷移振動子強度の増大むしろ短波長化を伴うことが示唆されました(図2b)。この傾向は実験結果とも一致し、吸収波長で最大20 nm、発光波長で最大28 nmの短波長化が観測されました。すなわち、本研究は、π共役骨格を変えずに、側鎖の選択によって「強い光吸収・発光」と「短波長化」を両立できる新しい設計指針を示すものであり、強い光吸収・発光と短波長発光の両立が求められる青色発光材料の設計に新たな可能性をもたらします。
また、この側鎖効果はCOPVに限られたものではありません。ポリフェニレン型のラダー型π共役分子であるLPPP2誘導体(図1b)についても同様の検討を行い、側鎖の違いによって遷移振動子強度が変化することを確認しました。これにより、非スピロ型sp3炭素を介した面外側鎖の効果が、ポリフェニレンビニレン型およびポリフェニレン型のラダー型π共役分子に共通して現れることが明らかになりました。
研究の展開
本研究は、光機能を担うπ共役骨格そのものではなく、分子平面の面外方向(z軸方向)に位置する側鎖によって、光吸収の強さや発光速度を制御できることを示しました。この知見は、有機分子の光機能を設計する際に、主骨格だけでなく、側鎖の種類や配置を積極的に利用する新しい分子設計の考え方を与えるものです。これにより、用途に応じて、光吸収の強さや発光速度と波長の組み合わせを選択・調整することが可能になります。
例えば、有機EL材料や有機レーザーなどの発光材料では、光を効率よく吸収し、速く強く発光する分子設計が重要です。一方、太陽電池や光触媒などでは、吸収した光エネルギーを発光として失うのではなく、電荷分離や化学反応へ導くために、発光を抑える設計が求められる場合があります。本研究で示した設計指針は、発光を促進する側鎖、あるいは発光を抑制する側鎖を選択するための具体的な設計例を与えるものであり、今後、有機EL、有機レーザー、太陽電池、光触媒など、光に関連する幅広い次世代機能性材料やデバイスへの応用が期待されます。
掲載論文
本研究成果は、2026年8月14日、英国王立化学会「Journal of Materials Chemistry C」(2024年インパクトファクター: 5.1)にオンライン公開されました。
論文タイトル:Side-Group Engineering at sp3-Bridging Carbons for Modulating Oscillator Strength in Rigid π-Conjugated Optical Materials
著者:Keisuke Iwata, Kairu Igarashi, Hayato Tsuji
掲載URL: (リンク »)
謝辞
本研究は、JSPS科研費の支援を受けて実施されました。
【用語解説】
(注1)遷移振動子強度
分子が光を吸収したり発光したりする遷移の起こりやすさを表す指標です。遷移振動子強度が大きいほど、一般に光を強く吸収し、発光速度も大きくなりやすいため、有機発光材料や有機レーザー材料の設計において重要なパラメータです。
(注2)π共役分子
炭素原子同士の二重結合やベンゼン環等が連続して結合することで、電子が分子内に広がりやすくなった分子のことです。光を吸収したり発光したりする性質を示すものが多く、有機EL、有機レーザー、太陽電池、光触媒などの光機能性材料に利用されています。
(注3)ラダー型π共役分子
π共役骨格が「はしご(ラダー)」のように固定された分子のことです。分子構造が硬く、平面性が高いため、光吸収や発光に優れた性質を示しやすい特徴があります。本研究では、π共役骨格を形成する原子と同じ炭素を架橋原子と用いた、オール炭素型骨格をもつポリフェニレンビニレン型およびポリフェニレン型のラダー型π共役分子を用いました。
(注4)sp3炭素
炭素原子の結合様式の一つで、4本の単結合をもつ炭素原子を指します。本研究で扱ったラダー型π共役分子では、このsp3炭素がπ共役骨格を固定する役割を果たすとともに、分子平面の外側へ伸びる側鎖の支えとなっています。
(注5)面外方向の側鎖
平面状のπ共役骨格をxy面と見なしたとき、その上下、すなわちz軸方向に位置する置換基のことをこのように定義しました。従来は溶解性や成膜性を高める補助的な部位と見なされることが多かった一方、本研究では、この面外方向の側鎖が光吸収や発光の強さを制御する重要な役割をもつことを示しました。
(注6)空間を介した相互作用
原子同士が直接結合していなくても、空間的に近い位置にあることで電子状態に影響を及ぼす相互作用のことです。本研究では、分子平面の外側にある側鎖が、空間を介してπ共役骨格の電子状態に影響し、光吸収や発光の強さを変えることを明らかにしました。
(注7)フロンティア分子軌道
分子の中で、電子が入っている最も高いエネルギーの軌道と、電子が入っていない最も低いエネルギーの軌道を指します。これらの軌道は、光吸収や発光、酸化還元反応など、分子の重要な性質に深く関わります。
関連リンク
神大の先生:辻 勇人教授
神大の先生:岩田 啓佑 特別助教
▼本件に関する問い合わせ先
【研究に関すること】
神奈川大学理学部 教授 辻 勇人(つじ はやと)
TEL:045-481-5661 E-mail:tsujiha@kanagawa-u.ac.jp
【報道に関すること】
神奈川大学 企画政策部広報課
TEL:045-481-5661 E-mail:kohou-info@kanagawa-u.ac.jp
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