バーストエラーに耐性のある量子コンピュータのアーキテクチャを世界で初めて提案~量子コンピュータの動作状況に合わせ機能する誤り訂正機構を実現~

日本電信電話株式会社

From: Digital PR Platform

2022-09-30 14:50


 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と国立大学法人 九州大学(総長:石橋 達朗、所在地:福岡県福岡市西区元岡744番地、以下「九州大学」)と国立大学法人 東京大学(総長:藤井 輝夫、所在地:東京都文京区本郷七丁目3番1号、以下「東京大学」)は、量子コンピュータの動作に応じ動的に誤り訂正を行うことで、誤り耐性量子コンピュータの拡大における障害とされてきたバーストエラーの影響を大幅に削減するアーキテクチャを世界で初めて提案しました。

1.背景・経緯
 量子コンピュータは素因数分解や量子化学計算など科学的に重要な問題を高速に解くことができると期待されています。このため、実用的な規模と時間で動作する量子コンピュータの開発が世界で盛んに進められています。実用的な量子コンピュータの開発における最大の課題が、量子コンピュータに高い確率で生じるエラーの削減です。量子コンピュータの基本要素である量子ビット(※1)は0と1の2状態に加え、0と1の連続的な重ね合わせ状態をとることができます。この重ね合わせ状態は測定すると0または1の重ね合わせでない状態に変化してしまうことが知られています。従って、量子ビットでは保持している情報が外に漏れ出るだけでも意図しない測定として扱われエラーとなってしまいます。このため、通常のビットではエラーの要因とならないような環境のノイズも、量子ビットが保持する情報が壊れる要因となってしまいます。

 高い確率でエラーが生じる量子コンピュータで信頼性のある計算を行う最も有力な手法の一つが量子誤り訂正(※2)です。典型的な量子誤り訂正では、複数の物理量子ビットを符号化して一つの論理量子ビットを構成し、計算中にどのようなエラーが生じているのかを逐次的に通常の計算機で推定します。量子ビットは直接測定すると壊れてしまうため、量子誤り訂正ではどこにどのようなエラーが生じたのかを直接知ることは出来ません。代わりに、計算中にどのようなエラーが生じたかの間接的なヒントであるパリティ値と呼ばれる値を得ることができます。計算中には、このパリティ値をもとに通常の計算機でどのようなエラーが起きているのかを追従して高速に推定することで、誤り訂正を実現することができます(図1)。現在最も実現が有望視されている量子誤り訂正符号である表面符号(※3)は、二次元的に並んだ量子ビットで実装が容易なことに加え、エラー推定の問題をグラフのマッチング問題に帰着でき通常の計算機で高速に解くことができるため、超伝導回路、イオン、半導体、光、中性原子などを用いた殆どの量子コンピュータで標準的な誤り訂正手法と考えられています。


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(図1)誤り訂正の構成図

 近年の量子技術の発展により制御可能な量子ビット数は増大し、2022年には超伝導量子ビットを用いた量子誤り訂正によって、誤り訂正を実施しない場合に比べエラー率が削減できることが実証されました。しかし、量子ビット数の増大に伴う集積化が進むと同時に、低確率で生じる計算中のエラー特性の変化が量子誤り訂正の性能に大きな影響を及ぼすことが認識されるようになりました(図2)。例えば超伝導回路を用いた量子ビットでは、宇宙線の照射により、広範な領域の量子ビットのエラー特性が数十ミリ秒間変化することが報告されています(※4)。宇宙線によるエラーは通常の計算機でもソフトエラーとして知られていますが、量子ビットは環境のノイズに脆弱であるためこうした影響をより広く長く受けることになります。こうした時間や空間に相関を持つバーストエラー(※5)を軽減するため、超伝導量子ビットを宇宙線に鈍感にするための技術が開発されてきました。しかし、宇宙線の影響を軽減するには計算機全体をシールドで覆ったりチップに専用の加工を加えたりとデバイス開発に大きな制約を与えるものしかなく、今後の実装における大きな課題となっていました。


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(図2)宇宙線の照射によるエラー率上昇のメカニズム

 宇宙線によるバーストエラーは同様のメカニズムにより半導体においても集積化が進むにつれ無視できないレベルで生じると予想されています。また、イオン、中性原子、光を用いた量子計算機も拡大に応じてこうした低確率だが長く広く生じるような種類のエラーは必然的に生じると考えられます。従って、今後どのようなデバイスで量子コンピュータを作るにせよ、アーキテクチャレベルでバーストエラーに耐性のある量子コンピュータの設計が必要になると考えられます。

2.技術の概要
 本研究グループはバーストエラーの影響を大幅に削減する量子コンピュータのアーキテクチャを提案しました。本提案では量子コンピュータを制御する通常の計算機の制御機構に追加の論理ユニットを加えることで、超伝導量子ビットで宇宙線により生じるバーストエラーの持続時間や影響範囲を大幅に抑えられることを示しました。本件では特性が最も調べられていた宇宙線を前提に評価を行いましたが、本手法はデバイスを問わず一定の特性を満たす任意のバーストエラーに対し適用可能です。従って、本提案手法は世界的に懸念されていたバーストエラーの影響を制御機構の更新のみで軽減するものであり、大規模な量子コンピュータの実現に貢献するものと考えます。

 本研究ではNTTがバーストエラーに耐性を持たせる機構の提案とエラー推定に関するアルゴリズムの提案を、九州大学が計算機アーキテクチャとしての手法の洗練と具体的な回路実装による評価を、東京大学が異常検知に関する統計的な解析と宇宙線の影響の物理的背景に関する検討を担当する形で共同研究を行いました。

3.技術の特徴
 本提案で核となる技術は異常検知、動的な符号方式の変形、エラー推定の再実行の3つです。今回の提案手法ではまず、異常検知技術によってバーストエラーの発生を短い遅延で検出します。背景で述べたように量子ビットは直接の測定を行うと壊れてしまいます。このため、バーストエラーが生じたかどうかについて、エラーの頻度を直接の観測によって調べることは出来ません。そこで、本提案手法では量子ビットを直接調べるのではなく、エラー推定のヒントとして使われるパリティ値の統計的なふるまいから、バーストエラーの発生を検知する技術を提案しました。

 異常検知によりバーストエラーの発生が検知されたら、二つのバーストエラーを軽減するための手続きを実施します。一つは、符号方式の変形によるバーストエラー対策です。バーストエラーを検知したら、効率は悪いがバーストエラーには耐性のある符号方式に即座にスイッチすることで、検知以降のバーストエラーの影響をほとんどゼロにすることができます。本研究ではこうした割り込み処理を小さなオーバーヘッドで行うための機構を提案しました。もう一つのバーストエラー対策はバーストエラーの情報を用いたエラーの再推定です。推定を行う論理ユニットは古典計算機ですから、十分な情報があればバーストエラーが到着する前まで状態を巻き戻し、「バーストエラーが生じている」という情報に基づき、より正確なエラー推定を行えるようになります。これにより、バーストエラーが生じてから検知されるまでの間に生じる影響をさらに軽減することができます。これらの検知と対策の振る舞いを模式的に表したものが図3です。


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(図3)提案手法:バーストエラーの検知とリアクション

 こうした追加の機構を制御装置に組み込むと、バーストエラーに対する耐性を得る代償として量子コンピュータ自体の速度が劣化することが懸念されます。そこで、今回の提案で主要な変更箇所となる要素について数値実験や具体的な回路実装を行い、その影響を定量的に評価しました。この評価を通し、今回提案した機構は量子コンピュータの速度にほとんど影響を与えないことを示しました。

4.今後の展開
 本研究では将来の量子コンピュータの計算規模拡大における課題の一つであるバーストエラーの影響をアーキテクチャレベルでの改善により解決し、デバイスへの負荷を軽減しつつ量子コンピュータの拡張性を向上できることを示しましたが、今後の展開としては次の2つの検討を進めていきます。

(1)提案方式の他量子デバイスへの適用可能性検討:
今回は実験的にその影響が定量化されていた「宇宙線が超電導量子ビットに与える影響」に焦点を当てて解析を進めましたが、本提案の命令セットやエラー推定機構など多くのデバイスで共通する部分を抽出し、各デバイスに最適化されたアーキテクチャを提案していきます。

(2)実用的な量子コンピュータシステムとしての実装を可能とする詳細アーキテクチャの設計:
実用的な規模の量子計算機を効率的に設計するには、システムが要求する電力や配線規模の要請を満たす高度なアーキテクチャ設計が必要となります。特に超伝導量子ビットのような極低温での動作を前提とするデバイスを用いる場合、この要請は厳しいものとなります。この課題にも我々は研究に取り組んでまいりました[1,2]。今回の研究で実施した設計をより緻密化し、こうした制約を満たす高効率な量子計算のアーキテクチャの確立を目指していきます。

 本研究は符号理論、統計的解析、高速なアルゴリズム実装、宇宙線の影響の解析、アーキテクチャ設計など広範な専門技術を組み合わせ、定量的な検討の下で実用的な量子コンピュータの具体像を描き出すものです。こうした研究で培われた知見やソフトウェアの基盤を基軸とし、将来的な量子コンピュータを計算機として構成するうえで核となる標準的技術の確立を目指します。

5.本研究への支援
 本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標6「2050 年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」 (プログラム ディレクター:北川 勝浩 大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授) 研究開発プロジェクト「誤り耐性型量子コンピュータにおける理論・ソフトウェアの研究開発」(プロジェクトマネージャー(PM):小芦 雅斗 東京大学 大学院工学系研究科 教授)(JPMJMS2061)、「超伝導量子回路の集積化技術の開発」(プロジェクトマネージャー(PM):山本 剛 日本電気株式会社 システムプラットフォーム研究所 主席研究員)(JPMJMS2067)、および、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「革新的な量子情報処理技術基盤の創出」研究領域(研究総括:富田 章久)における研究課題「ヘテロジニアスな設計と制御に基づく誤り耐性量子計算」(JPMJPR1916)、「信頼性を持つ量子コンピュータ・アーキテクチャの研究」(JPMJPR2015)、戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「中村巨視的量子機械プロジェクト」(研究総括:中村 泰信)(JPMJER1601)、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(JPMXS0118068682)、科学研究費助成事業(JP22H05000、JP22K17868)による支援を受けて行われました。

ムーンショット型研究開発事業 小芦PMコメント:
 誤り耐性型量子コンピュータでは、宇宙線の衝突によるエラーが無視できない頻度で発生することが最近認識され、重要な課題の一つとなっていた。本研究は、計算機アーキテクチャと物理の分野を組み合わせることで、この課題を解決するものである。ムーンショット事業に参画する様々な背景を持つ研究者が分野を超えて連携することで初めて得られた成果であり、大規模な誤り耐性型量子コンピュータ実現に向けた重要な進展だと言える。

※本研究成果は、The 55th IEEE/ACM International Symposium on Microarchitecture (MICRO-55)にて、以下の論文タイトルと著者にて米国東部時間10月1日に発表されます。

論文タイトル:“Q3DE: A fault-tolerant quantum computer architecture for multi-bit burst errors by cosmic rays”
著者:Yasunari Suzuki, Takanori Sugiyama, Tomochika Arai, Wang Liao, Koji Inoue, Teruo Tanimoto

参考文献
[1] プレスリリース「超伝導量子コンピュータ向けの極低温環境での量子誤り訂正手法を開発~大規模量子コンピュータ開発の鍵となる技術を世界で初めて実現~」(2021年11月8日)
(リンク »)
[2]プレスリリース「論理量子ビット間での演算を可能にする極低温環境での量子誤り訂正手法を世界で初めて開発~大規模量子コンピュータの実用化に向け大きく前進~」(2022年4月1日)
(リンク »)

用語解説
※1量子ビット
量子コンピュータを構成する基本要素です。通常のコンピュータのビットは0か1のどちらかの状態をとりますが、量子ビットは0と1の「重ね合わせ状態」をとることができます。重ね合わせ状態は量子力学特有の状態で、量子コンピュータはこの重ね合わせ状態を活用して高速な計算を実現しています。

※2量子誤り訂正
個々の量子ビットにエラーが生じる場合、計算を長く続けるとそのエラーが積み重なり誤った計算結果が出力されてしまいます。これを防ぐためには量子ビットに生じたエラーを検出し、必要に応じてエラーを訂正する機構が必須です。量子誤り訂正符号はこれを実現するための方法の一つです。複数の物理量子ビットを組み合わせて一つの論理量子ビットの状態を冗長に表現することで、物理量子ビットにある程度のエラーが生じても論理ビットの状態を元の状態に復元できるようにします。複数量子ビットの情報を冗長な表現にうつすことを符号化、論理量子ビットの冗長な情報から元の状態を復元することを復号化と呼びます。

※3表面符号
代表的な量子誤り訂正符号の一種です。表面符号では、データ量子ビットと観測用の補助量子ビットを格子状に規則正しく並べて、誤りに耐性のある論理量子ビットを構成します。同様の構造を繰り返し、格子のサイズを大きくすることで符号の冗長性を増し、エラー耐性を向上できるという拡張性も持っています。
表面符号において、各補助量子ビットの観測値は「隣接する高々4つのデータ量子ビットのうち奇数個にエラーが生じているかどうか」を表す1ビットの値です。各補助量子ビットの観測値からエラーの箇所を特定し、エラーを訂正することで論理量子ビットを元の状態に復元、すなわち復号する処理は、グラフのマッチング問題に帰着できることが知られています。実際の量子コンピュータにおいては、補助量子ビットの観測にもエラーが生じる可能性があります。そのような場合でも、補助量子ビットの観測を十分な回数行い、得られた観測値の時系列に対してグラフのマッチング問題を解くことで復号が可能です。

※4 宇宙線と宇宙線によるエラー
宇宙空間では宇宙線と呼ばれる高エネルギーの放射線が飛び交っており、地球にも降り注いでいます。通常の計算機において、宇宙線がメモリなどのデバイスに衝突すると、計算機が保持するデータに変化させてしまうことが知られています。近年、超伝導量子ビットの集積化が進むにつれ、類似したメカニズムが超伝導量子ビットを用いた量子コンピュータでも観測されることが分かりました。超伝導量子ビットでは、宇宙線が照射した周辺の複数の量子ビットが、数十ミリ秒の間エラーが生じやすくなる状態に変化させることが報告されています。

※5 バーストエラー
現在主流の表面符号をはじめとする多くの量子誤り訂正符号では、量子ビットに生じるエラーは時間的にも空間的にもほぼ独立であることを仮定としています。一方、超伝導量子ビットの集積化によって宇宙線によって引き起こされるエラーが観測されるようになったように、現実には量子ビットが集積化されるにつれ、時間と空間に相関を持ったエラーが無視できない確率で生じると予想されます。こうしたエラーを我々の論文ではバーストエラーと呼んでいます。バーストエラーは表面符号がエラーに対して要請する前提を満たさないため、量子誤り訂正により効率的にエラーを削減することができません。このため、バーストエラーは量子コンピュータの拡張における最大の課題の一つと考えられていました。
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