NEDOが委託する「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」(以下、本事業)の一環で、富士通株式会社と株式会社KDDI総合研究所は今般、既設光ファイバーを用いた大容量マルチバンド波長多重伝送技術の開発に成功しました。従来、中長距離の商用光通信では使用されていなかったC帯以外の波長帯を、一括波長変換およびマルチバンド増幅技術を用いて伝送可能にする技術を開発しました。
本技術を導入した光ファイバー通信網では、現状の商用光伝送技術に比較して5.2倍の波長多重度での伝送が可能になります。また、既設の光ファイバー設備を利活用するため、経済的かつ省力的に通信トラフィックを増大できます。さらに拡張工事が難しい都市部や密集地での伝送容量を容易に拡大でき、サービス開始までの時間短縮やコスト削減も期待できます。
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【1. 背景】
IoTや人工知能(AI)、ビッグデータ解析などを活用した新たなサービス、アプリケーションが増加する中で、情報処理の需要が急激に高まっています。中でもAI・ビッグデータ解析は、処理遅延を解消するために、現在のコアクラウドによる集中データ処理環境から、エッジデータセンターでの分散処理環境へシフトすると予想されており、大容量・低遅延の伝送が求められています。また、2025年から2030年ごろのポスト5G(注1)時代では、フィジカル空間(現実空間)のデータを即時にサイバー空間(仮想空間)で蓄積・解析し、フィードバックする両空間の完全同期も期待されており、これを実現するためには、大量の情報があらゆる空間において遅延なく安全かつ確実に流通できる、高度なネットワークインフラの確立が必須です。
こうした背景を踏まえ、NEDOはポスト5G情報通信システムの中核となる技術を開発することで、日本のポスト5G情報通信システムの開発・製造基盤強化を目指しており、この一環で、富士通およびKDDI総合研究所は、2020年10月から2023年10月まで、ポスト5G光ネットワークを高性能化する本事業(注2)に取り組んできました。従来の商用光ファイバー通信網では、光が光ファイバーの中心部のみを通るシングルモードファイバーを使用し、主にC帯(注3)(波長帯域:1530nm~1565nm)を光ネットワークの信号伝送帯域としてきました。しかし、通信トラヒック量の増大に伴い、C帯だけでは伝送容量の不足が予測されます。そこで、本事業では、ファイバー1本あたりの伝送容量を増やすために、利用する波長帯域をC帯からL帯(1565nm~1625nm)、S帯(1460nm~1530nm)、U帯(1625nm~1675nm)、O帯(1260nm~1360nm)へと増やし、マルチバンド化することを目指しました。
【2. 今回の成果】
今般、NEDOおよび富士通、KDDI総合研究所は、既設光ファイバー通信網を用いた光通信の伝送容量を拡大する技術の開発に成功しました。
富士通は、マルチバンド伝送における伝送性能の劣化要因を考慮したシミュレーションモデルを構築し、マルチバンド波長多重システムの伝送設計を可能にしました。シミュレーションモデルには、商用光ファイバー特性の測定結果および一括波長変換器/マルチバンド増幅器の実験系検証により抽出した伝送パラメーターを反映することで、実機測定との誤差を1dB以内に抑える高精度シミュレーションを実現し、バンド帯間の相互作用や伝送性能の劣化を考慮した設計を可能にしました。また、KDDI総合研究所は、これまで高密度波長分割多重(DWDM)(注4)伝送で活用されることがなかったO帯で、従来のC帯の2倍の周波数帯域幅の活用を可能にしました。両者の技術を組み合わせ、既設の光ファイバーを用いて実際に伝送実験を行い、O帯、S帯、C帯、L帯、U帯でのマルチバンド波長多重伝送(伝送距離45km)を実証し(図2)、従来のC帯のみの伝送と比べて波長多重度5.2倍の伝送が可能であることを示しました。さらにシミュレーションでは、S帯、C帯、L帯、U帯でのマルチバンド波長多重伝送(伝送距離560km)を確認しました。
本技術を導入した光ファイバー通信網では、C帯を用いた商用光伝送と比較して5.2倍の波長多重度での伝送が期待でき、既設の光ファイバー設備を利活用することにより、経済的かつ省力的に伝送容量を拡大できます。さらに拡張工事が難しい都市部や密集地でも容易に伝送容量を拡大でき、サービス開始までの時間短縮やコスト削減も期待できます。
以下、主要な研究成果を説明します。
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(1)マルチバンド高密度波長分割多重(DWDM)伝送技術を確立
従来、C帯での伝送システムの設計では、定数として扱うことで実用上問題なかったパラメーターも、S帯+C帯+L帯+U帯にわたるマルチバンド伝送では波長帯間の伝送性能の差異が無視できなくなり、より厳密に波長依存性を考慮した設計が必要となります。例えば、非線形の劣化要因は、伝送路に入力される光パワーが高くなるほど、また、伝送距離が長くなるほど顕著となり、伝送性能の制限要因となります。特に複数の波長による光の相互作用によって生じる誘導ラマン散乱(注5)や相互位相変調(注6)、四光波混合(注7)は、波長多重度が高い場合に顕著となるため、マルチバンド波長多重システムの伝送性能に大きく影響を及ぼします。
今回、このようなバンド帯間の相互作用や伝送性能の劣化要因を考慮したシミュレーションモデルを構築し、マルチバンド波長多重システムの設計手法を確立しました。また、S帯、U帯の波長分割多重(WDM)光信号は、それぞれC帯、L帯の光信号から全光信号処理技術により生成するため、S帯とU帯専用の送受信機を用いる必要はありません。これらの技術を組み合わせてS帯+C帯+L帯+U帯において、高速かつ大容量な通信が可能な、光の位相を利用するコヒーレント伝達技術によるDWDM伝送を可能としました。
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(2)O帯におけるコヒーレントDWDM伝送技術を確立
従来、コヒーレント伝送技術では、他の光信号成分に影響されてO帯伝送信号がゆがみやすく、O帯において生じやすい非線形雑音は、一般的にデジタル信号処理技術で取り除くことが難しいため、システム全体のパフォーマンスを低下させてしまいます。このためこれまでO帯では、コヒーレント伝送技術の適用は難しいとされてきました。
O帯における非線形雑音の最小化は、高密度に多重化した各波長信号に対する送信光パワーを適切に設定することで可能となりました。このアプローチにより、送信機側の信号補正や受信機側での波長分散補償のプロセスを省略しても、非線形雑音の影響を最小化し、O帯の9.6THzにわたってコヒーレントDWDM伝送を実現しました。ゼロ分散付近の波長帯であるO帯は、波長分散(注8)による影響が小さく、デジタル信号処理の負荷を軽減させ、エネルギー効率を向上させるという利点があります。
【商標について】
記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。
【注釈】
注1
ポスト5G:
第5世代移動通信システム(5G)に対して超低遅延や多数同時接続の機能を強化します。
注2
本事業:
事業名:ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業/先導研究(委託)/全光信号処理による光伝送ネットワーク大容量化技術の研究開発
事業概要:ポスト5G情報通信システム基盤研究開発事業( (リンク ») )
注3
C帯:
Conventional-bandの略語で、光通信を行う際に使用される波長帯域の中で、1530~1565nmにおける範囲のことです。
注4
高密度波長分割多重(DWDM):
Dense Wavelength Division Multiplexingの略語で、1本の光に波長の異なる複数の光信号を多重して伝送密度を高めるWDM(Wavelength Division Multiplexing:波長分割多重)技術において、さらに波長を密に多重した方式です。
注5
誘導ラマン散乱:
誘導ラマン散乱は、光ファイバー内を伝搬する強い光信号(ポンプ光)が、ファイバーのガラス材料の分子を励起し、その結果として新たな光(ストークス光)が生成される現象です。このストークス光はポンプ光よりも低い周波数を持ち、同じ方向に伝搬します。通常、誘導ラマン散乱は、高パワーの光信号伝送におけるノイズの一因となり、通信品質に影響を及ぼします。
注6
相互位相変調:
光ファイバー内を伝搬する複数の光信号が互いに影響を及ぼし、それぞれの位相が変化する現象です。具体的には、一つの光信号(光パルス)の強度変化が、同じ光ファイバー内を伝搬する他の光信号の位相を変化させます。この位相変調は、光ファイバーの非線形性によって引き起こされます。相互位相変調は、DWDMシステムなど、複数の光信号が同時に伝搬するシステムにおいて、信号のゆがみや干渉の原因となります。
注7
四光波混合:
光ファイバー内を伝搬する複数の光波が相互作用し、新たな光波を生成する現象です。この新たな光波は、元の光波と同じ速度で同じ方向に伝搬しますが、その周波数は元の光波の周波数の組み合わせから決まります。四光波混合は、光ファイバーの非線形性によって引き起こされ、特に高パワーの光信号や密接な波長間隔の光信号(例:DWDM)が存在する場合に顕著になります。この現象は、信号のゆがみや干渉の原因となり、光通信システムの性能に影響を及ぼします。
注8
波長分散:
光ファイバーを伝搬する光波の速さが波長によって異なる現象です。
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