ビジネス=アジリティの時代に
「VUCA」という言葉があるように、ビジネスの先を見通すことは極めて難しくなった。VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、 Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとったものだ。ビジネスが計画通り進まないだけでなく、計画を立てることすら難しいという状況だ。
CIOに対する各種アンケート調査からもその難しさは明らかだ。ZDNetが2019年の展望として、アナリスト企業3社のレポートを分析した記事(※)では「昨今の地政学的かつマクロ経済学的な状況は不透明さをますます増している」として、CIOの取り組みの難しさを展望している。同レポートによると、CIOが予算を割いていると回答した分野はクラウドアプリケーションやデジタル変革、サイバーセキュリティなどだ。
そのうえで「顕著なトレンドとしては、データセンター支出がそれほど重要視されなくなってきている点と、業務アプリケーションとともに、新製品や新サービス、サイバーセキュリティの優先順位が高まっている点が挙げられる。(中略) 業務を成長、変革させるテクノロジに多くを投資し、『ビジネスを継続する』ための支出から多くの成果を手にしている」と分析している。
いま企業に求められているのは、変化を受けいれることだろう。どのような変化が起こってもそれに機敏に対応することができれば、リスクを最小限にし、ビジネスを継続することができるようになる。ビジネス=アジリティの時代なのだ。
※記事「IT予算、2019年はどう動く--アナリスト企業3社のレポートを読み解く」
CNCFが定義するクラウドネイティブアプリとは
では変化への対応力をつけるためには、どのような要件が必要になるのか。その解の1つがクラウドだ。クラウドは拡張性が高く、環境の変化に応じて基盤をスケールさせやすい。実際、冒頭で紹介した記事でも、クラウド化やデジタル化へのIT投資は堅調だと紹介している。
クラウドを活用してアプリケーションを開発する手法はクラウドネイティブなどといわれ、現在のアプリケーション開発の主流になりつつある。
クラウドネイティブは、クラウドネイティブアプリケーションの開発を推進するオープンソース団体である「Cloud Native Computing Foundation(CNCF)」が定義を行っている。CNCFは、世界の主要なベンダー200社以上が参加し、デファクトスタンダードを作る組織と言っていい。定義の日本語版も提供されている。
(参考: https://github.com/cncf/toc/blob/master/DEFINITION.md )
定義のポイントをまとめると、以下のようになる。
- スケーラブルなアプリケーションを構築および実行するための能力を組織にもたらす
- アプローチとして、コンテナ、サービスメッシュ、マイクロサービス、イミューダブルインフラストラクチャ、宣言型APIを用いる
- 回復性、管理力、可観測性のある疎結合システムを実現する
いくつかキーワードが出てきているが、まとめると、従来のような一枚岩(モノリシック)なシステムではなく、より粒度の細かいサービスをゆるやかに結びつけることで、回復しやすく、管理しやすく、予測しやすいシステムを作るということだ。
従来のシステムはそれぞれのサブシステムが1つの岩のように密結合しており、環境が変化してもかたちを柔軟に変えにくい。それらをサービスとして細かく疎結合する仕組みに変えていくことが重要だ。その仕組みをつくる技術がクラウドネイティブアプリケーションだ。また、単に技術の集合体を指すのではなく、先の見通せない時代にあって、組織がアジリティを備える仕組みであるともいえる。
ITインフラの多くはオンプレミスで稼働している現実
実際、レッドハットの調査(※)でも、マイクロサービスはアジリティの向上に効果的であることが示されている 記事によると、マイクロサービスを採用するメリットは、「スケーラビリティの改善、市場投入時間の短縮、開発者生産性の向上、デバッグとメンテナンスの迅速化」などにある。レッドハットの調査では、レッドハットの既存顧客のじつに69%が新しいアプリケーションと既存のアプリケーションのリファクタリングの両方にマイクロサービスを使用している状況だ。
(※ZDNet Japan記事「マイクロサービスはアジリティの向上に効果的--レッドハット調査」)
クラウドネイティブ開発は、組織のアジリティ獲得に不可欠の要素といってもいいだろう。もっとも、クラウドネイティブ開発だけではビジネスが成り立つわけではない。IT予算が多く占めている分野もあるわけで、それは、「業務プロセスの改善」「業務に即した、整合性と安定性を有するITパフォーマンスの実現」「運用効率の向上」などだ。既存のITインフラの多くはオンプレミス環境で稼働しており、それらへの対処は欠かせないのだ。
そしてレッドハットの顧客が実践しているように、クラウドネイティブ開発を推進するうえでは、「こうしたオンプレミス環境と連携しながら、既存環境をいかにリファクタリングしていくか」かが重要なことなのだ。
ハイブリッドITをどう実現していくかが重要に
その具体的なシステム構成として提唱されているのが、システムの特性を2つに分けて、取り組みを並行して進める考え方だ。キャズム理論で知られるジェフリー・ムーアが提唱した考え方をもとに、IDCやGartnerなどが「SoR/モード1(以下SoR)」や「SoE/モード2(同SoE)」といった用語で展開している。
SoRとは、従来のオンプレミス環境に構築された基幹システムのことだ。記録のためのシステム(System of Record)として、信頼性や堅牢性が求められるという特徴がある。一方、SoEとは、クラウド環境に構築される顧客とのつながりを作り維持するシステムのことだ。(エンゲージ(つながり)を醸成するためのシステム(System of Engagement)として、俊敏性がスピードが求められるという特徴がある。
一般にエンタープライズは、既存システムの維持管理に膨大なリソースが費やされ、戦略的な投資が難しいという状況がある。SoRとSoEにシステム特性を分ける意味は、SoRに対する取り組みにおいて効率化やコスト削減を進め、そこで予算を捻出して、SoEなどの戦略的な投資に振り向けることにある。
SoRのシステムを効率化しながら、SoEへと徐々に移行していくというアプローチを採用することで、既存環境を効率化と変化に対応しやすいシステムを作る現実解といえる。
実際にクラウドネイティブ開発を進めようとすると、既存システムとの連携が求められるシーンは多数でてくる。例えば、既存システムのデータベースからデータを収集してアプリで活用するケースや、既存のデータを分析して知見を得るケースだ。逆に、クラウドネイティブアプリで得られたデータを既存のデータベースへ格納するといったケースもある。
このようにしてITシステムをハイブリッドなかたちで連携するためには、IT製品がそうしたアーキテクチャや機能を備えていることが求められてくる。例えば、HPEでは「ハイブリッドIT」という考え方のもと、コスト削減やリスク低減を図りながら、ビジネスアジリティの獲得を目指すことを推奨し、それを容易に実現できる製品を展開している。
オンプレミスでコンテナやマイクロサービスを実現する
ビジネスのアジリティ獲得という点では、クラウドネイティブ開発を推進するだけでは十分ではない。実際、クラウドと連携するオンプレミス側でも、クラウドネイティブ開発で求められる要素が必要になる場合が増えてきた。
では、オンプレミスではどのようにしてビジネスのアジリティを獲得できるのか。そのアプローチとしては、やはりCNCFが定義する、コンテナ、サービスメッシュ、マイクロサービス、イミューダブルインフラストラクチャ、宣言型APIが重要になるだろう。
既存のオンプレミス環境の多くは仮想マシンで稼働しており、複雑性が増している。人手不足も相まって管理の手間も増大している。こうした仮想マシンベースの旧来のシステムを必要に応じてコンテナ化し、クラウドネイティブ開発と連携させやすくすることで、アジリティを獲得していくわけだ。
HPEの場合であれば、ソフトウェアだけでなくハードウェアまでを対象に「Infrastructure as Code」を実現するソリューションや、レッドハットと協業しながらコンテナオーケストレータや構成管理ツールによる自動化ソリューションなどがあり、ビジネスアジリティ獲得を支援している。
CIOが提案すべき、ビジネス成長につながるインフラ戦略とは何か。それは、こうしたハイブリッドITを実践できる基盤の構築と、それを活用したビジネスアジリティ獲得のための戦略なのだと言える。