2020年 中堅・中小企業におけるIT活用の注目ポイント(業務アプリケーション編)
調査設計/分析/執筆: 岩上由高
ノークリサーチ(本社〒160-0022東京都新宿区新宿2-13-10武蔵野ビル5階23号室:代表:伊嶋謙ニ TEL:03-5361-7880 URL:http//www.norkresearch.co.jp)は2020年の年頭に際して、複数の市場調査レポートの分析結果を総合的に俯瞰し、 中堅・中小企業におけるIT活用の注目ポイントを業務アプリケーションの視点からまとめた見解を発表した。
< 中堅・中小企業に固有の「業務アプリケーションが辿った道筋」を知ることが重要>
■大企業向け製品/サービスの機能を簡略化し、価格を下げても中堅・中小向けにならない
■基幹系システムでは「ERPがSoEやSoIの役割を担う企業規模の境界線」を知ることが大切
■情報系システムは4つのタイプに整理し、「情報共有」から「共同作業」への進化を理解する
■基幹系/情報系システムによる実現手段も加味した「広義のRPA」の視点が求められてくる
■大企業向け製品/サービスの機能を簡略化し、価格を下げても中堅・中小向けにならない
2019年10月の消費税率10%改正と軽減税率導入に際しては、個別の事例で幾つかのトラブルは見られたものの中堅・中小企業向けの業務アプリケーション全体に深刻な影響を与える事象は幸い発生しなかった。しかし、飲食サービス業における 店内飲食と持ち帰りの区別に伴う対処(単なる税率の切り替えだけでなく、店舗スタッフの教育や作業負担増への対応など)のように、業種毎の現場におけるオペレーションでは業務アプリケーションに影響が及ぶ可能性もある。さらに、2023年10月 には「適格請求書保存方式(インボイス制度)」が控えており、2020年以降も業務アプリケーションの改善に向けた取り組みが 欠かせない状況となっている。
2020年以降の中堅・中小向け業務アプリケーション導入提案においてベンダや販社/SIerが留意すべき点は「大企業との違い を理解する」ことだ。一般的には「大企業向けに普及したIT活用が中堅・中小企業にも伝播していく」と言われており、全体的 な傾向は確かにその通りだが、これは「大企業向けに成功した業務アプリケーションの機能を簡略化して、価格を下げたもの を中堅・中小企業向けに提供すれば良い」という意味ではない点に注意する必要がある。
下図は業務アプリケーション市場の中から「基幹系システム」、「情報系システム」、「RPA」の3つの分野に着目し、中堅・中小 企業と大企業における状況の違いを整理したものである。本リリースでは下図の視点を踏まえて、様々な市場調査レポート のデータを抜粋しながら、中堅・中小企業に固有の業務アプリケーション訴求における留意点について述べていく。
■基幹系システムでは「ERPがSoEやSoIの役割を担う企業規模の境界線」を知ることが大切
中堅・中小市場においても既に多くのユーザ企業が会計管理、販売・仕入・在庫管理、給与・人事・勤怠・就業管理などの基幹系シス テムを導入している。ただし、大企業と違って中堅・中小企業では高度なデータ連携を伴う真の意味でのERPへと統合される段階には 至っていなかった。ところが、昨今はこうした状況にも変化が起き始めており、2020年以降は個々の基幹系システムからERPへの進化 が加速すると予想される。
以下のグラフ(左側)は年商500億円未満の中堅・中小企業に対して「導入済みのERP(複数回答可)」を尋ねた結果を2018年と2019年 で比較したものである。「SAP ERP/ SAP Business All-in-one」、「Oracle Fusion Applicationsなど」、「ビズインテグラル(SCAWを含む)」 といった大企業で導入社数シェアの高い製品/サービスの数値が減少する一方で「SMILEシリーズ」、「GLOVIA smart/iZ/SUMMIT」、 「奉行 V ERP」、「Microsoft Dynamics AX/365」、「EXPLANNER/Ai, Z」などのように、中堅・中小企業向けの製品/サービス展開にも 注力するベンダの導入社数シェアが増加している。
上記のシェア動向はDX時代に向けたERPの捉え方と大きく関連している。昨今は従来の「基幹系」や「情報系」といった区分に加えて 以下のような業務システム分類を目にする機会も増えてきた。
SoR(System of Record): 「記録のためのシステム」、データの蓄積に重点を置いたシステム。
SoE(System of Engagement): 「繫がりのためのシステム」、顧客との関係構築に重点を置いたシステム。
SoI(System of Insight): 「知見のためのシステム」、SoRやSoEと連携して新たな知見を得ることに重点を置いたシステム
大企業を含む年商規模の大きな企業層ではERPへの統合が早期に進み、企業毎の個別カスタマイズも多く行われてきた。その代償 として柔軟性が失われ、ERPが「SoE」や「SoI」の役割を担うことが難しいケースも生じてきた。その結果、「SoE」や「SoI」を新たな別の プラットフォームやクラウドサービスで実現しようとする動きも見られる。
一方で、中堅・中小の中核を成す企業層向けの市場では2016年~2018年にかけてベンダ各社の製品/サービス刷新が相次ぎ、その 過程で真のERPに向けた統合が進んできた。上記の導入社数シェアで伸びが大きかった※の付いた2つの製品/サービスを例に挙げ ると、「SMILEシリーズ」は最新バージョン「SMILE V」でRPA機能の搭載や情報系アプリケーションの統合を進めており、「Microsoft Dynamics AX/365」は刷新後の「Microsoft Dynamics 365」においてCRMとの統合を実現している。その他にも中堅・中小向けに注力 するベンダ各社はデータベース構造やAPIの整備、プログラミングをせずに項目や画面を追加/変更できる仕組みなどを強化してきた。 そのため、大企業向けと比べて、中堅・中小企業向けのERPは「SoR」だけでなく、中堅・中小企業が求めるレベルの「SoE」や「SoI」の役割を担うだけのポテンシャルを持った基盤となりつつある。
上記に述べたERPに対する認識の違いが生じる境界線が年商100億円である。実際、上記のグラフ(右側)が示すように年商50~100 億円ではERPの導入が増えているのに対して、年商100~300億円未満では減っていることが確認できる。このように、2020年以降の 中堅・中小向け基幹系システムの訴求では 「ERPがSoEやSoIを含めた統合基盤の役割を担う企業規模の境界線」を意識することが 極めて重要となる。2020年以降のノークリサーチにおける取り組みにおいても、こうした進化の行方を探ることに重点を置いていく。
■情報系システムは4つのタイプに整理し、「情報共有」から「共同作業」への進化を理解する
前頁に述べた基幹系システムだけでなく、2020年には情報系システムにおいても水面下で進んできた変化が顕在化すると予想 される。特に情報系システムの代表格であるグループウェアでは、その役割が「情報共有」から「共同作業」へと拡大しつつある。
グループウェアが登場した当初は1日に数回、幾つかの情報をまとめて参照するといった利用形態が一般的だった。だが、ビジ ネスのスピードが速くなるにつれて、デスクトップに常駐して情報をプッシュ通知する「リマインダ」などの機能が備わっていった。 さらに、昨今ではクラウドやスマートフォンの普及によって常に情報共有が行える基盤が整ってきた。その結果、グループウェア に加えてビジネスチャットを利用する形態も増えてきた。また業務スタイルも「スケジューラや掲示板でまとまった情報を確認し、 個々の業務場面で活用する」だけでなく、「業務の流れの中で必要が生じた時に、都度ショートメッセージで情報を取得する」と いった形態も見られるようになった。つまり、「情報共有」の頻度が高まると同時に単位が小さくなることによって、情報主体から 業務主体の「共同作業」へと変化しつつあるわけだ。
こうした背景を受けて、ノークリサーチではグループウェアとビジネスチャットの双方を含めた「コラボレーション」分野を新たに 定義し、従来の延長線上としてのグループウェア市場と今後を見据えた「共同作業」の市場をそれぞれ俯瞰している。ここまで 述べた事項を踏まえながら、年商500億円未満の中堅・中小企業に対して「導入済みのグループウェア製品/サービス(複数回 答可)」を尋ねた結果を2017年、2018年、2019年で比較したものが以下のグラフである。
上記に赤字で示したように、主要なグループウェア製品/サービスはシャア増減などに基いて下記の4つのタイプに分けることができる。
タイプ1はビジネスチャットやPaaSとの連携などによって「共同作業」の基盤を担うことが可能であり、コラボレーション市場で見た時にも 導入社数シェアが高まっているグループウェア製品/サービスである。クラウド形態の割合が相対的に高い点も特徴となっている。
タイプ2はSaaSがASPと呼ばれていた時代から提供されていたサービス形態のグループウェアが現在も存続している状態と捉えること ができる。「情報共有」や「共同作業」の重要度が低く、現状維持志向の強いユーザ企業も一定数存在するため、タイプ2は大幅に増加することがない反面、なくなることもない市場セグメントと考えられる。
タイプ3はオンプレミスが主体のグループウェア製品/サービスのうち、現状維持または今後の拡大が予想される区分である。グループ ウェア市場の初期段階で首位を堅持してきた「IBM Notes/Domino」は日本IBMからHCIテクノロジーズへと移管され、既存ユーザ企業 を維持するフェーズに入ったと捉えることができる。一方、「eValue NS/V」のように最新バージョンで基幹系システムと統合されることで 新たなフェーズに入るケースもある。このようにタイプ3は個々の製品/サービスによって傾向が異なる点に注意が必要だ。
タイプ4は国産ベンダがグループウェア市場に投入してきた製品/サービスであり、昨今ではタイプ1による代替が進みつつある。
このように2020年以降の中堅・中小企業における情報系システムはグループウェアの進化を中核として変化していくと予想される。 ノークリサーチとしては基幹系システムやPaaSとの関わりなども含めた更に広い視点での情報系システムにおける進化の方向性を 見極めるべく、引き続き調査/分析を行っていく。
■基幹系/情報系システムによる実現手段も加味した「広義のRPA」の視点が求められてくる
RPAは2020年も引き続き注目すべき業務アプリケーション分野の1つである。ノークリサーチではRPA(Robotic Process Automation) を「業務システム活用に伴うヒトによる手作業を自動化するソフトウェア」と定義している。ただし、中堅・中小企業向けにRPAを訴求する際には「RPAという言葉が指し示す範囲」に注意が必要だ。
左図のように、RPAには「部分的な自動化」「ルール に基づく自動化」「認識/推論を伴う自動化」といった 段階がある。大企業の事例などで、「RPAツール」と 言った場合は主に「ルールに基づく自動化」や「認識 /推論を伴う自動化」を担う専用のソフトウェアを指す。
昨今ではこうした「RPAツール」への関心が高まって いるが、IT予算の限られる中堅・中小企業において はERP/システムやコラボレーション(グループウェア やビジネスチャット)を用いた「部分的な自動化」なども選択肢となってくる。そのため、中堅・中小企業の RPA活用実態を把握し、今後の動向を見極める際 には左図における「広義のRPA」の視点を持つことが大切と言える。
上記に述べた点は以下のグラフからも確認できる。以下のグラフはRPAを「導入済み」または「導入予定」である中堅・中小のユーザ 企業にその実現手段を尋ね、「RPAツールの平均値」「ERP/基幹系システムの一機能として利用」「コラボレーション(グループウェア やビジネスチャット)の一機能として利用」「独自開発システム」の選択肢毎に集計したものである。「RPAツールの平均値」はNTTアド バンステクノロジの「WinActor」(※1)やRPAテクノロジーズの「BizRobo!」(※2)などを含めた専用ソフトウェアの導入社数シェア平均 値である。(※1)や(※2)の導入社数シェアは1~2割の高い値を示しているが、RPAツール全てを含めた平均値は以下のようになる。(RPAツールの導入社数シェアについては本リリース末尾に記載された引用元となる調査レポートを参照)
「導入済み」と「導入予定」を比べると「独自開発システム」が減少し、「RPAツール」が横ばいである一方で、「ERP/基幹系システムの 一機能として利用」や「コラボレーションの一機能として利用」が増加している。ERP/基幹系システムには個別の要件を満たすセルフ カスタマイズ機能の進化形としてRPAツールに近い自動化が可能なものもある。コラボレーションの中にも簡易なアプリケーションを プログラミングレスで作成できるものがあり、それによってヒトによる手作業を解消することが可能だ。このように中堅・中小企業向け のRPA活用提案では「RPAツール」だけでなく、「ERP/基幹系システム」や「コラボレーション」といった既存の業務アプリケーションを 用いた実現手段も視野に入れておくことが大切となってくる。2020年におけるノークリサーチの取り組みにおいても、中堅・中小市場に固有のこうした傾向に着目しながら、RPA市場の拡大に向けて何が必要か?の調査/分析を進めていく。
本リリース内で引用した調査レポート一覧(各冊:180,000円税別)
2019年版中堅・中小企業のITアプリケーション利用実態と評価レポート
ERP/会計/生産/販売/人給/ワークフロー/コラボレーション/CRM/ BI・帳票など、計10分野の導入社数シェアとユーザ評価を網羅
【レポートの概要と案内】 (リンク »)
【リリース(ダイジェスト)】
中堅・中小向け会計管理の導入社数シェア動向と製品/サービスの分類
(リンク »)
販売・仕入・在庫管理の製品/サービスと独自開発システムの比較
(リンク »)
会計管理のシェアに左右されない給与・人事・勤怠・就業管理の訴求方法
(リンク »)
年商規模別に理解する生産管理のシェアと評価
(リンク »)
中堅・中小企業のERPに対する認識の変化と今後のニーズ動向
(リンク »)
文書管理・オンラインストレージサービスのグループ分類とニーズ動向
(リンク »)
新たな情報共有基盤としての「コラボレーション」市場を俯瞰する
(リンク »)
中堅・中小CRM市場の整理と今後のニーズ動向分析
(リンク »)
ワークフローとERP/基幹系や独自開発システムの関係
(リンク »)
「BI・帳票」製品/サービスとExcel利用の比較
(リンク »)
2019年版 中堅・中小企業におけるRPA活用の実態と展望レポート
アーリーアダプタが一巡した後、RPA導入を推し進めるためには何が必要なのか?
【レポートの概要と案内】 (リンク »)
【リリース(ダイジェスト)】
中堅・中小企業における「RPAツールのシェア」と「主導部門や用途の変化」
(リンク »)
中堅・中小企業における「手作業の自動化」を担うのはRPAか?ERPか?
(リンク »)
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