京阪グループ(ホールディングス)は2018年、サーバリプレースを機にグループ43社で利用していた「SAP ERP 6.0」をAWS上に移行した。そこには老舗企業ならではの課題と、今後を見据えた戦略があった。セッションに登壇した京阪ビジネスマネジメント IT事業部でリーダーを務める竹田和喜氏は、AWSを採用した理由や移行のノウハウ、AWSを利用した先進的な活用事例を紹介した。
創業明治39年。京阪グループ(ホールディングス)は鉄道や不動産、ホテルや百貨店事業などを幅広く手掛ける複合企業だ。その中で京阪ビジネスマネジメントは、京阪グループ全体のITを担当している企業である。
京阪グループでクラウド移行の話が本格化したのは、2018年5月のことだ。当時利用していたSAPサーバのサポートは、2025年に期限を迎える。今後もSAPサーバの運用を継続するのか、またはクラウドへ移行するかの議論がスタートした。ただし、当初はクラウド化に踏み切れなかったという。
株式会社京阪ビジネスマネジメント IT事業部 リーダー 竹田 和喜氏
その風向きが一気に変わったのは、同年に発生した大阪府北部地震と台風21号の関西地方上陸だ。竹田氏は「災害を経験したことで、BCP(事業継続計画)への関心が一層高まりました。また、(サーバルームがある)ビルが築50年も経過しており、BCPの強化など環境整備コストの観点からも課題を抱えていました。これらを総合的に判断し、クラウド化が最適であると判断しました」と説明する。
クラウド選定の決め手となったのは、BCPとコストのほか、信用できるクラウドベンダーと出会えたことも大きかったという。「メーカー系列のプライベートクラウドも含めて検討しました。決定打になったのは、こちらの要望を理解して、すぐに提案をしてくれるAWSのパートナーであるベンダーに出会えたからです」(竹田氏)
クラウド化してわかった既存システムの無駄
クラウド移行プロジェクトは大きく分けて2つだ。1つは、京阪グループ43社で利用する「SAP ERP 6.0」をAWSへ移行すること。もう1つはオンプレミス環境で稼働させていた資材システムを、WindowsアプリケーションとしてAWS上で新規構築することだ。
移行プロジェクトについて竹田氏は、「セキュリティを含め設計は苦労しました。データセンターを1つ構築したイメージです。ただし、パソコン上で構築したので『気がついたら大きなシステムを作っていた』という印象です」と振り返る。
また、既存のファイアウォール設定をセキュリティグループに“落とし込む”作業も苦労した。なぜなら既存のシステムは増設を重ねた継ぎはぎシステムで、SAP ERP 6.0の上にファイアウォールを構築していからだ。結局、手作業でAWSのセキュリティに置き換えたが、既存システムもメンテナンスしていなければダメだと痛感したという。
さらにセキュリティ面では京阪グループのセキュリティポリシーを満たすために、AWSで提供される「WorkSpaces」の機能を利用し、踏み台サーバ替わりにした。WorkSpacesはインターネット経由で保守サービスを提供するDaaS(Desktop as a Service)ソリューションである。Windows/Linuxのデスクトップを素早くプロビジョニングできるのが特徴だ。竹田氏はWorkSpacesを活用し、既存環境の影響を受けないようにクラウド環境を構築していきました」と当時を振り返る。
一方、資材システムの移行は RDS(Amazon Relational Database Service)等のAWSフルマネージドサービスを利用するため、IP指定ができないという課題があった。そのため、オンプレミス側との適切な名前解決を実現するのに一定の時間と労力を要したという。
なお、本番切り替え時にはインスタンスタイプを一時的に変更し、マシンパワーを増強することで移行時間の短縮を実現した。例えば、インスタンスは「m5.2xlarge」を「m5.4xlarge」に、vCPUは8を16に、そしてメモリは32GBを64GBにした。その理由は、「SAPサーバには膨大なデータが格納されており、移行時間がかかると見越したから」(竹田氏)だ。
しかし、データ移行時にデータの内容を確認したところ、そのほとんどがログデータであり、必要なデータは少なかったという。竹田氏は、「サーバ内のデータが膨大になってしまった理由は、『何の目的でデータを保存しているのか』『どのデータを残しておくべきか』の判断基準が明確ではなかったからです。データ量が多く(クラウドへの)移行時間が長いとコストにもリスクにもなります。ですから移行のタイミングで不要なデータはバッサリと削除しました」と説明する。
クラウド移行では思わぬ効果もあった。それは「既存システムの棚卸しができたこと」だ。移行プロジェクトにあたり「どのサーバが」「どのような用途で」「何時間稼働しているか」を測定し、コスト換算した。つまり、AWSにかかるコストを徹底的に管理するよう努めた結果、既存システムの運用改善点が詳らかになったというわけだ。
「ダメだったら潰せばよい」で新たな施策に挑戦
システムをクラウド化したことで、新たな取り組みにも積極的にできるようになった。クラウドには設計内容をすぐ変更できるという利点がある。竹田氏は、「最適解かどうかを確認しながら、さまざまなアイデアを試用できます。これまで『ダメだったら潰せばよい』という発想はなかったので新鮮でした」と語る。
それを具現化した新サービスが、「Text-to-speech(音声読み上げ機能)」を活用したボットシステムだ。インバウンドで急増する外国からのお客様に対応すべく、災害情報を多言語で駅構内に放送するシステムである。
同システムを構築する際、竹田氏が心がけたのは「誰でも使えること」と「サーバレスであること」、そして「常に最新の機能(バージョン)が利用できること」だ。Text-to-speechシステムを利用するのは現場の駅員である。デジタル機器の操作に不慣れな人が多い現場でも利用できることは絶対条件だ。また、同システムはAWSのAI(人工知能)を利用するため、サーバ上で稼働させるとそのメンテナンスには手間がかかる。「将来を見越して、つねに最新バージョンが利用できる環境という観点からも、AWSを活用するメリットは計り知れません」(竹田氏)
今後はAWSの専門チームを設立し、AWSの機能を積極的に活用していきたいと語る竹田氏。「日々進化するクラウドの世界をキャッチアップするには、自らのアンテナを立てられるメンバーが必要です。専門的な技術部分はAWSの人に教えてもらいながら、『クラウドファースト』『サーバレスファースト』の土壌を社内に醸成したいですね」とその展望を語り、講演を締めくくった。