ソフトバンクはiPhoneをどう位置づけるか--ソフトバンクのiPhone獲得を考える

大川淳

2008-06-09 20:34

ソフトバンクはiPhone獲得の前日に夏モデルを一斉に発表した。孫社長の現在、そして過去の発言から、ソフトバンクがiPhoneをどう位置づけているか考えてみよう。執筆者はソフトバンクをウォッチし続けてきたジャーナリストの大川淳氏だ。

iPhone獲得の前日、孫社長は顔色一つ変えず――

 iPhoneを国内で販売するのはソフトバンク――6月4日、16時になろうかという頃、唐突にこの知らせはもたらされた。前日には同社とKDDIが夏商戦に向けた携帯電話の新製品を一斉に発表したばかりだ。

 6月3日、ソフトバンク 代表取締役社長の孫正義氏は「女性ユーザーを意識し抜いた発想」を基調とする、新たな端末群を紹介する新製品発表会に意気揚々と登場した。会見の席上、記者からiPhoneについて尋ねられると、顔色一つ変えず「うわさについては一切コメントしない」と質問を一蹴した。

 それからほぼ丸1日の後に、ソフトバンクがiPhoneを手中にしたと正式に発表するなどと、会見に出席した記者の何人が予想しただろう。

 これまで孫社長は、iPhone関連の問いには一貫してノーコメントに終始した。だが、今にして思えば、水面下の交渉を続けるなかで「いつかは必ず」との期待と可能性があったからこそ、発言の影響を懸念して公式の席で沈黙を貫き通したとも受け取れる。

発表会で夏商戦向け新製品群を説明する孫正義氏(撮影/大川淳)

 同社は昨年、2.5GHz帯次世代高速無線通信の免許認定を申請。NTTドコモ、KDDI、ウィルコムの3陣営と競合したが、交付までこぎ着けることができなかった。付け加えるならば、2005年にも800MHz帯の携帯電話向け周波数の割り当てを受けることがかなわなかった。

 しかし、今回は国内でiPhoneを扱う事業者として最有力との呼び声が高かったNTTドコモに先んずることができたのだ。

躍進するソフトバンク、しかしドコモの背中は見えず

 国内の携帯電話市場では、2006年10月に番号ポータビリティー制度(MNP)が導入されて以来、新規事業者も交えたかつてないほどの激戦が続いている。

 ソフトバンクは英国のVodafoneの日本法人を買収して、携帯電話市場に参入した。旧ボーダフォン時代は、NTTドコモとKDDIの競合2社に差を広げられるばかりだったが、ソフトバンクに姿を変えてからは、それまでの常識を打ち破る価格戦略とインターネット利用環境の改善に焦点をあてた端末の品揃えで、消費者からの支持を急激に拡大させた。

 電気通信事業者協会がまとめた携帯キャリア各社の5月の純増数では、またもソフトバンクが首位だった。これで13カ月連続で他社を抑えている。

 NTTドコモとKDDIはいまや、端末の割賦販売、利用料の値下げなど、ソフトバンクが仕掛けた施策に追随せざるを得なくなっている。ソフトバンクの猛攻の前に、この3月末にはNTTドコモが11年ぶりにシェア50%を割った。

 しかし、飛ぶ鳥落とす勢いのソフトバンクは依然3位であり、NTTドコモの背中は見えていない。それ故、攻勢の手を緩める気配は微塵も感じられない。

 それは、ソフトバンクが今夏の新製品にあわせてNTTドコモの2in1とほぼ同様の、ダブルナンバーのサービスに着手することに象徴されている。

 なぜなら、このサービスがなくてもさほど競争力に差が出るとは思えないからだ。実際、KDDIは同種のサービスを提供していない。事実上の最後発だからこそ、新しいものでは先行し、同時に他社が持っているサービスは全て提供していなければならない――そういう考えがみてとれる。

 競合がiPhoneを持っているのに、ソフトバンクは持っていないなどという構図は、孫社長にとって悪夢でしかないのだろう。

ソフトバンクのiPhoneに「日本化」の可能性はあるか

 タッチスクリーンを基本とするiPhoneのユーザーインタフェースは評判が良い。この使い勝手に慣らそうというように投入されたiPod touchの集客力は強かった。

 製品が出回り始めると、大型量販店などの携帯音楽プレイヤー売場ではiPod touchの周囲に常に人垣ができ、競合製品の周りには人っ子一人いないといった光景さえ見られた。他社が携帯音楽プレイヤーの新製品を投入して、同様の現象が起こるだろうか?数字キーでメールを作成する国内の一般的な携帯ユーザーであっても、もはやiPhoneを拒絶することはないだろう。

 ソフトバンクがシェアを伸ばしている理由としては、やはり料金によるところが大きい。基本料金を月額980円に設定し、ソフトバンクユーザー同士であれば午前1時から午後9時までは通話し放題という「ホワイトプラン」の威力は絶大だった。

 しかし、収益のうちの一定額をアップルに納めなければならないといわれるiPhoneを、他の端末と完全に同じ料金体系で提供するわけにはいかないだろう。その点では、iPhoneは競争力の強化にはならないといえる。

 一方で、iPodユーザーほどiPhoneを利用したいとの意向が強いという調査報告がある(楽天リサーチ/三菱総合研究所調べ、以下同)。また、女性の方がiPodの利用率が高くなっている。iPhoneが発売された時点で女性ユーザーの数が男性を上回るとは思えないが、この結果は興味深い。

 というのも、孫社長は先日の夏モデルの発表会見で女性を重視した商品群を投入したからだ。「爪を長くしている女性にも打ちやすいキーにした」ほどだが、世界最高性能の携帯電話に慣れた国内ユーザーを意識した、ある程度の「配慮」は必要だろう。国内版iPhoneは、そうした「日本化」がどこまで行われているだろうか。

インターネットマシンとしてのiPhone

 日本市場でここまで携帯電話が普及、進化を遂げたのは、やはりインターネットとの効果的な融合を果たしたことが大きく貢献しているといえる。NTTドコモのiモードがその先駆けになったことは衆目の一致するところだ。しかし、ソフトバンクのケータイはiモード型のようなディレクトリ形式のネット利用とは一線を画し、ヤフーを軸にパソコンでのインターネット利用環境と同様の使い勝手を携帯電話で実現することを前面に押し出した。

 「今後、インターネットの利用はパソコンではなく携帯電話が中心となる時代がくる。携帯電話はインターネットマシンになる」と言い切る孫社長の、いわば自信作「インターネットマシン 922SH」は、フルキーボードを備えたノートパソコンをそのまま縮小したような形状だ。

 今後、ソフトバンクの携帯電話はあくまでインターネットが基本で、ユーザー層、用途、嗜好に応じ、時には従来通りの端末であったり、あるいは922SHのようであったり、iPhoneであったり……と、全てインターネットマシンがかたちを変えているに過ぎない――孫社長はそう考えているように思える。

 NTTドコモとKDDIもインターネットには相当注力している。しかし、ソフトバンクほどの徹底ぶりは感じられない。

 iPhone争奪戦において、ソフトバンクがNTTドコモに勝利したのは、収益共有モデルなどの条件面で差があったであろうことは想像に難くない。

 だが、アップルが日本における最初のパートナーとしてソフトバンクを選んだのは、同社のインターネットに対する基本思想が十分共有し得るものと考えたからではないか。これも大きな「勝因」のひとつであるような気がする。

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