アイ・ティ・アール(ITR)は10月6日、年次イベント「IT Trend 2020」をオンラインで開催した。基調講演では同社のアナリスト陣が最新の企業調査の速報を紹介し、テクノロジーへの取り組みから企業間で格差が生じている状況が浮き彫りになった。
冒頭では、取締役 リサーチ統括ディレクター プリンシパル・アナリストの金谷敏尊氏が、「ニューノーマルを切り拓くテクノロジ戦略」と題して講演し、「テクノロジーの軽視がビジネスリスクになる」と聴講者に呼び掛けた。
同社は、8月に「デジタルビジネス動向調査」を実施、世界が直面する新型コロナウイルス感染症のパンデミックにおいて国内企業にデジタルビジネスへの取り組み状況を尋ねた(有効回答数は2016)。
それによると、IoTやAI(人工知能)などビジネスの変革につながるテクノロジーへの投資予算を確保し取り組む「デジタル投資企業」は約24%あり、コロナ禍でも収益が大きく拡大していると回答した企業は10%で、全体平均の4%を上回った。
デジタル投資と収益変化
コロナ禍で多くのビジネスが困難な状況に置かれる中、その前後で企業におけるビジネス規範は大きく変化したという。例えば事業方針では、既存の製品やサービスをデジタル化することから、テクノロジーやデータを駆使して競争優勢を確保する意識が明確になり、事業活動においても「効率化・自動化」から「デジタル・リモート・クラウド・無人化」にキーワードは広がっている。
金谷氏は、デジタル投資企業においては収益機会の拡大を図り、コロナ禍に伴うビジネスのマイナスを最小限にとどめようとしていると解説する。社会情勢の変化を受けて「新しい日常(ニューノーマル)」の在り方を探る中で、“テックネイティブ”を指向する企業の動きが広がっているとした。
ただ、テクノロジー指向が強まる中でも、その活用やデジタル変革(DX)の推進が停滞するという日本特有の課題も浮上しているという。「米国シリコンバレーの動きを見ると、有望なスタートアップなどに接触しても関係が続かないというケースが日本企業では非常に多い」(金谷氏)とし、テクノロジー関連投資の意思決定が遅いこと、経営層のテクノロジー理解の乏しいこと、“試す”文化が希薄であること、内製すべき領域を外部任せしていること――が背景にあると指摘する。
金谷氏の見解では、企業にとって、テクノロジーの軽視がビジネスリスクになるばかりか、単にテクノロジーを意識するだけでも不十分であるようだ。
“テックネイティブ”な企業の歴史を振り返ると、古くはFordが自動車の大量生産技術を確立して人の移動手段を変革した。近年ならGoogleが地球規模のコンピューティング環境を構築し、小売りを起源とするAmazon Web Services(AWS)は自ら半導体を設計している。その結果として創造された新たなデジタルの製品やサービスなどは、人間のライフスタイルをも大きく変え、それが新しい価値として定着していく。
デジタルビジネス動向調査では、デジタル投資企業ほどニューノーマルを見据えてビジネスモデルの見直しや変革を意識する割合が高く、「スマート」をキーワードにしたイノベーションへの投資意欲が強いという。こうした状況においてIT部門に求められる役割も、従来の社内向けITサービス提供者からデジタルイネーブラーに変わり、テクノロジー活用を促すITプラットフォームを整備することが期待されているとする。
コロナ禍で企業が重視している戦略
最後に金谷氏は、企業にはニューノーマルのビジネスへと軸足を移し、“テックネイティブ”をビジネスの基本方針に据えて経営トップがDXにコミットすることが成功要因になるだろうと締めくくった。
金谷氏に続いて登壇したシニア・アナリストの三浦竜樹氏は、2001年から続き20回目となる「IT投資動向調査 2021」の分析結果(速報値)をもとに、IT投資動向などの最新状況を解説した。
同調査によると、コロナ禍でDXが加速すると見る企業(「大いに加速する」「やや加速する」との回答合計)が50%を占めた。業種別では、特に金融・保険と情報通信が高い。また、IT投資の増減傾向では、金融危機を背景に大きなマイナスとなった2008~2009年度とは異なり、コロナ禍にある2021年度(予想値)のマイナス幅は小さいことが分かった。
2008年の金融危機を超えると言われるコロナ禍でもIT投資意欲は大きく減退していない
三浦氏は、DXの進展とIT投資動向に大きな相関性があると解説する。上述の「コロナ禍でDXが加速する」と見る企業ほどIT投資を強化する意向にあり、逆に「減速する」と見る企業ほど縮小する意向にあるという。
テクノロジー活用の着手率では、2020年度は全項目が2019年度を上回っており、特に「コミュニケーション/コラボレーションの高度化」「ワークスタイルの変革」「意思決定の迅速化・高度化」「ビジネス環境変化への対応」「新製品・サービスの創出」での伸び率が高い。また、重要なIT動向と実施率を見ると、上位10テーマのうち9つがDXに類するものであり、2023年度の実施率予想は2020年度の実施率から大幅に上昇することが見込まれている。
DXの推進体制を有する企業は1年間で6ポイント上昇し、専任組織の設置率は2019年度の15%から2020年度は18%に増えた。これを在宅勤務の実施状況に照らしてみると、DX推進体制を有する企業の在宅勤務割合は高く、有しない企業では低い。IT投資動向に照らしてみても、DXの推進体制を有する企業はIT投資を強化する意向にあり、有しない企業は縮小する意向にあることが分かった。
DX推進体制の有無はIT投資の増減と密接に関係している
調査結果について三浦氏は、コロナ禍でもDXを推進する企業ではIT予算を増やす傾向が維持され、DXを推進する企業ほどコロナ禍に伴うテレワークなど新しい働き方への変化の適応力が高いようだと指摘している。投資対象となる製品やサービスでは、コロナ禍で緊急性を要した「ビデオ会議/ウェブ会議」に加え、新しい働き方での業務プロセスに関係する「電子契約/契約管理」や「電子署名/タイムスタンプ」が挙がっている。
ITRは、11月中旬に「IT投資動向調査 2021」の詳しい分析結果をまとめたレポートの刊行を予定している。