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もの作りを通してその先へーー2019年度のSecHack365修了生がつかみ取ったもの

2020-11-04 13:00

 1年間かけて自宅でコツコツ開発を進めつつ、全国各地で行われる「集合回」でさまざまな議論や発想のきっかけをつかみ、アイデアを形にしていくハッカソンが「SecHack365」だ。25歳以下の学生や社会人を対象に、複数のコースに分かれ、さまざまなトレーナーやトレーニーどうし意見をぶつけ合いながらものを作り上げていくこの取り組みは2019年度で3回目を数え、のべ130人がトレーニングを修了した。

 2019年度のハッカソン自体は無事に1年間のプログラムを終えたが、そこに折悪しく降ってわいたのが新型コロナウイルスの全世界的な流行だ。毎回3月に行われてきた成果発表会は延期を余儀なくされ、オンラインの形で2020年9月26日に行われた。

 情報通信研究機構(NICT)の徳田英幸理事長は冒頭の挨拶において、「本来であればface-to -faceで開催したかったが、一方でオンライン開催になったことで、修了生の成果をより多くの方にご覧いただけるチャンスになった」と述べ、SecHack365 2019自体が修了した後も、修了生らがさまざまな活躍をしていることを称えた。

 ここでは、オンライン成果発表会で行われた修了生へのインタビューやライトニングトークを通して、彼らが何を学び取ったのかを紹介したい。

修了生の生の声から読み取る「SecHack365ってこんな場所!」

 一年かけてプロジェクトをやり通したトレーニーたち。SecHack365を通して何を体験し、何を得られたのだろうか。2019年度のSecHack365に参加し、優秀修了生に選ばれた7人のトレーニーに、NICTの園田道夫氏、横山輝明氏が率直に尋ねていった。

 「どのくらいの時間をかけたのか?」という質問に、いきなり「何なら学業を超えるくらいに頑張りました」と語ったのは藤原出帆さんだ。決して学業をおろそかにしたわけではないが、熱意を傾け、時には週に3〜4回もトレーナーとミーティングを重ねながら取り組んだという。

夜も自発的に開発にいそしむトレーニー。眠いがこれが楽しい要素の一つでもある。
夜も自発的に開発にいそしむトレーニー。眠いがこれが楽しい要素の一つでもある。

 次の「活動の中で最も楽しかった時間は?」という問いに、大橋滉也さんは「全員が発表を行う沖縄回の前日に、チームを組んでいた大森(貴通)くんと資料を作り、深夜4時くらいまで発表の練習をして、ギリギリまでやりきったことが楽しかったです」と答えた。ちなみにチームメイトの大森さんによると、「集合回では毎回ほとんど徹夜をしていて、そういう瞬間が楽しかったです」という。

時には厳しい意見ももらうが、この議論がとても楽しい。
時には厳しい意見ももらうが、この議論がとても楽しい。

 一方、「コースワーク」を挙げたのは鈴木豪さんだ。「トレーナーもトレーニーも個性豊かな人が集まって、温泉に入って話をしたり、タイヤ交換をしたりといろいろな活動をしました。オフラインで一人でコツコツ開発していたときとはちょっと違って、メリハリが付きました」と振り返った。Eliot Courtneyさんも、ワイヤタップでイーサネットを流れる通信を見るワークショップが一番楽しかったと述べた。

 とはいえ、もの作りには苦労がつきものだ。「成果物を作るとき、最も苦労したことは何ですか?」という質問に、Eliotさんは「プロジェクトの一部で言語を自作しましたが、そのデザインやインタープリタの実装が難しかったです。大学ではコンパイルなどの授業をまったく受けておらず、自分なりに実装しようとしたのですが、とても大変でした」と述べた。

トレーナーによるワークショップ。ここから知見や新たな気づきが生まれる。
トレーナーによるワークショップ。ここから知見や新たな気づきが生まれる。

 また、思索駆動コースに参加した喜多村卓さんは、「思索と名の付くとおり、何を発表するかを自分なりにずっと考えて、最終的に考えがまとまったのが12月でした。その後の3ヶ月でものを作るのが大変でした」と、苦闘の過程を振り返った。

喜多村卓さんの12月時点での作品展示。ここから作品を全く違うものに変更した。
喜多村卓さんの12月時点での作品展示。ここから作品を全く違うものに変更した。

 「光るLANケーブル」を作成した麻生航平さんは、「ライセンスをどうするかという、普段考えたこともなかった部分ですごく悩みました。特許を取った方がいいという方もいましたが、逆に特許を取らないことによっていろんな可能性もあるんじゃないかなとも思い、どう選択したらいいのかとても悩みました」という。結局、オープンソースで公開したが、それが幸いしてかSNSやイベントなどでも紹介され、企業数社から展示に関する引き合いも受けているという。

麻生航平さんの作品。10月の時点ではイメージはほぼ出来上がって見せられる段階に
麻生航平さんの作品。10月の時点ではイメージはほぼ出来上がって見せられる段階に

 さらに「悲しかった瞬間は?」という問いに対し、藤原さんは思い切って方向転換した瞬間を挙げた。「安全な通信プロトコルを実装し、8月の中間発表もうまくいったなと思っていたんですが、そのときに何か物足りなさを感じたんです。このままいったら自分の想像通りのものができちゃうな、それよりも、もっとわくわくする楽しいものを作りたい、もっと自分の中でしっくりくるものを作ろうと思いました」という。結果としてより発展性のある成果物になったわけだが、「中間発表のために作ったプロダクトを使わないという判断をしたときは、やっぱり悲しかったです」(藤原さん)

 この言葉に園田氏も、1年間あると「どこまでやるか」「どこまで捨てるか」の判断を求められる瞬間はあるとし、「自分が作っているものにはどうしても愛着がわくので、いきなりそれを捨ててしまうにはかなり思い切った決断がいること。僕も捨てるのが不得意なので、よく分かります」と述べた。

中間発表となる8月の時点での作品から、ガラッと内容を変えるトレーニーも。方向転換は覚悟と勇気が必要。
中間発表となる8月の時点での作品から、ガラッと内容を変えるトレーニーも。方向転換は覚悟と勇気が必要。

 そして最後に、SecHack365に参加することで、何が得られたのか。修了生からはさまざまな答えが返ってきた。

 「1年間という長いスパンで取り組む中で、何回も何回もいろんなトレーナーやトレーニーと対話し、考える時間がたくさんあったこと」(藤原さん、喜多村さん)、「発表したり、知らない人とたくさん話したことで、人間関係に対する不安が解消されていったこと」(Eliotさん)、「新しい仲間、チームメイトと出会い、一緒にアイデアを考えてものを作れたこと」(大森さん、大橋さん)、「ビジュアライズや展示の方法を学ぶことができた」(鈴木さん)、そして「一人だったら絶対になかったような、活躍できる場を与えてくれたこと」(麻生さん)。

 SecHack365というユニークな場だからこそ得られた経験は、修了生の血肉になっているようだ。

なにか新しいものやアイデアができると自然と人が集まってくる。
なにか新しいものやアイデアができると自然と人が集まってくる。

真人間でなくても1年間コツコツと進捗できる?

 オンライン成果発表会では、修了生によるライトニングトークも行われた。

 松林由佑さんは、書かれた文章の文体や癖、より具体的には品詞・助動詞・副詞の出現頻度などを解析する「著者識別」という技術を活用してTwitterの裏アカウントを見つけるアプローチについて、デモンストレーションを交えながら紹介した。あるアカウントのツイートを機械学習で学習させて、文章の癖、個性を定量化することにより、もう1つのアカウントと同一人物によるものかどうかを判別できるという。

 また、麻生航平さんと西尾勇輝さんの漫才コンビ「プログラミルクボーイ」は、Java、Vimエディタに続く新ネタ、「好きなブラウザ」を披露した。おかんが好きなブラウザの名前はいったい何なのかーー「今、シェアが一位でとにかく熱いブラウザ」「とにかく安全なブラウザ」はInternet Explorerなのかそれ以外なのかーーという高度に作り込まれた笑いを繰り広げた。

プログラミルクボーイは1月の沖縄の深夜に初めて披露された。
プログラミルクボーイは1月の沖縄の深夜に初めて披露された。

 印象的だったのは、高名典雅さんの「1年とちょっと習慣化をやってみて分かったこと」という発表だ。自らの体験も踏まえながら、確実に成果を出すためのノウハウをまとめ、紹介してくれた。

 SecHack365は1年かけて行われるハッカソンだ。「1年間1つのテーマに向き合ってアイデアを出したり、開発をしたりするのはなかなか大変です。終わってみると1年間って短いようで長いし、長いようで短い。何より、ちょっとずつ進めていかないと、後々まずいことになります」。そこで高名さんは、少しずつプロジェクトを進捗させるため、SecHack365の途中から「週報」を書き始めることにし、今も続けているという。

 さて、人が人生において初めて進捗と戦うことになるのは、おそらく「夏休みの宿題」だろう。中には、最初の10日間で宿題をすべて終わらせてしまう人、あるいは毎日コツコツ少しずつ進められる人もいるだろうが、大半の人は、夏休みの終わりが見えてきた頃になって慌ててスパートをかけるパターンになるはずだ。

 「この進捗曲線、けっこういろんな人に当てはまると思います。やっぱり人間、追い込まれないと動けないところがあり、大人になってもこのパターンから抜け出すのは難しいですよね。でも、できればコツコツ少しずつ進捗させたい。追い込まれて仕上げるパターンだと、最後の方でどこかおろそかになりがちですし、100%にたどり着いたとしても質が違うかもしれません」(高名さん)

佳山トレーナーの習慣化についての指導風景。これを元に習慣化が身に着いたトレーニーも数多い
佳山トレーナーの習慣化についての指導風景。これを元に習慣化が身に着いたトレーニーも数多い

 かといって、いきなり真人間になろうといっても困難だ。そこで有効な方策が「細分化」だという。「締め切りを細かく刻んでいくことで進捗状況を直線に近づけていけないかという方法で、週報を書くのもその手段の1つです。というのも、週報を書くときには何らかのネタがいります。週報を出すまでにネタを作らないといけないので、強制的に何かを進捗させることになります」(高名さん)

 逆に、一週間単位で見れば、最後の最後に追い込みをかけてぐっと上昇する曲線のままでいいという。毎週、日曜までに100%にたどり着けばいいーーそれを1年間続けることによって「毎日コツコツやるのとあまり変わらない成果が得られ、余裕も生まれます」と高名さんは述べた。

 問題は、それをどうやって続けるかだ。「それにはやっぱり習慣化です。おすすめは週報や日報を書いて、できれば誰かに見られるような場所に出すことです。周りの人に見られるとやめづらくなりますね。他にもナンバリングしたり、誰かと一緒にやったり、飴でも鞭でもいいので続ける工夫が大事です」(高名さん)

 そして「習慣化は魔法ではありませんが、だめ人間が真人間のように進捗を生み出せるいい方法だと思います。習慣化や細分化といったちょっとした工夫で、いい感じに進捗を生み出すことができます」と述べ、皆さんもぜひ試してほしいと締めくくった。

 こんな風にSecHack365は、ものを作るという本来の目的を達成するだけでなく、「ものを作り続ける」という習慣や姿勢を身につける場ともなっているのかもしれない。

一緒にモノづくりをすることがどれほど楽しいことか身をもって体験できる。
一緒にモノづくりをすることがどれほど楽しいことか身をもって体験できる。

コロナ禍での模索が続くSecHack365、新たな学びのスタイルとは?

 成果発表会では他にも、「あの人のイチオシ成果物」と題して、内外で活躍するセキュリティ専門家が、修了生の成果物の中から気になったものを、ラジオ番組へのお便り形式で紹介するセッションも行われた。

 この中で印象的だったのは、ゲストとして登場した木藤圭亮さんの「ぶっちゃけ、トレーニーの皆さんがうらやましい」というコメントだ。「自分は年齢オーバーで参加できなかったが、あれだけのトレーナーと仲間に囲まれて365日間ハッカソンができるのが本当にうらやましい」という。また三村聡志さんは、「これだけがっつり取り組んでいるから多様な成果が出ているし、将来もますます楽しみだ」と述べていた。

トレーニーが自発的に企画を実施して催し物がゲリラ的に開催されることも。
トレーニーが自発的に企画を実施して催し物がゲリラ的に開催されることも。

 あいにく、新型コロナウイルスの感染拡大によって、2020年度のSecHack365は過去の回とは異なり、否応なくオンラインに移行させられた。パネルディスカッション「コロナ禍におけるフルオンライン教育について」では、教育の場で繰り広げられているさまざまな模索が紹介された。

 オフラインでの学習のように、その場に先生や先輩がついてサポートし、トラブルシューティングを行ったり、ハードウェアや実験機器を使っての学習が困難になったのは事実だという。一方で、チャットを使った質問が活発化したり、トレーニー同士のコミュニケーションを生かしたりと、新たな学びのスタイルにつながる可能性も生まれている。

 SecHack365でも、また他のカンファレンスや授業においても、トライアンドエラーを繰り返し、知見を共有して新しい学びのスタイルを生み出すーーちょうどそんな時期にさしかかっていることを予感させる成果発表会となった。

 オンラインで開催された成果発表会2019オンラインのアーカイブは下記から視聴可能です。

2020年度の成果発表回は2021年3月に秋葉原にて開催予定です。
SecHack365の募集は毎年4月に開始しますので、興味をお持ちの方は公式WEBで情報をチェックしてください。

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