宮城県の松島湾で、海中にセンサを設置して水産業に必要なデータを取得し、生産者向けに配信する「水産IoT」の実証事業が行われている。震災復興のためのIT利活用、地域IT人材育成、北海道・東北の地域連携――さまざまな側面をもつ同事業を取材した。
松島湾 東名漁港のカキ養殖場
カキ養殖場の水温データを毎時配信
仙台市青葉区に本社を置くシステム開発会社のアンデックスは、公立はこだて未来大学 和田雅昭教授の技術指導を得て、カキ養殖海域の水温を毎時配信するシステムを構築した。養殖海域に浮かべたブイに、海面と水深1.5メートル地点の海水温を測定するセンサ、電源装置、センサデータをサーバに送信するモバイルデータ通信装置を取り付けてデータを収集。毎時更新されるデータを閲覧するためのウェブシステムとAndroidアプリを開発し、カキ生産者に試験的に利用してもらっている。
水温センサを取り付けたブイ(左)、センサから取得した水温データを毎時配信するAndroidアプリの画面(中央)、スマートフォンで養殖海域の水温を確認するカキ生産者の木村氏(右)
カキを作る工程に、海水温度は深く関わっている。カキ養殖は、カキの種(幼生)を海中から採取する「採苗」という作業から始まる。カキの排卵期に合わせてカルチと呼ばれる貝殻を重ねたもの(取材をした松島湾 東名漁港ではホタテの貝殻を使っていた)を海に沈め、卵をカルチに付着させる。ここで海水温度をモニタリングすることで、排卵のタイミングが予測しやすくなるという。
次に、カルチをつるして稚貝を育てる「抑制」を行う。抑制とは、潮の満ち引きを利用して稚貝を“強く鍛える”工程だ。潮が満ちた時には海中でプランクトンを食べさせ、潮が引いたときには海上で陽に当てる。抑制を終えた稚貝の付着したカルチは、1枚1枚ばらして間隔を開けるようにくくり直し、海中につり下げて収穫できる大きさまで育成する。カキは水温が高いと死滅するため、抑制中、育成中ともに海水温度の把握は重要だ。特に、海面だけでなく、育成中のカキが置かれる水深1.5メートル地点の水温を遠隔から確認できる意義は大きい。
カキの卵を付着させたカルチ(ホタテの貝殻)をつるして稚貝を育てる「抑制」の作業(左)、「抑制」を終えたカルチを海中につり下げてカキを育成する作業(右)
今後は、水温に加えて、その日に漁ができるかどうかを判断するための風速や波の高さ、水質の状態を判断する「三態窒素」などを測定するセンサも実装し、遠隔からリアルタイムにモニタリングするシステムへ発展させていく計画だ。
課題はハードウェアのコストと人件費
「東日本大震災の津波以降、松島湾の海の環境が大きく変わってしまった」と、松島湾で長年にわたってカキを生産している二宮氏は言う。特に、2013年、2014年は、突然これまで見たこともないような高品質のカキが採れたり、逆に品質が非常に悪かったりと、生産が安定しない年が続いた。「海で何が起こっているのが知りたい」という二宮氏らカキ生産者からの要望を受けて、2014年に、養殖海域のデータを蓄積、活用する今回の水産IoTの取り組みが始まった。
カキの育成状態を確認するカキ生産者の二宮氏
水産IoTの難しさは、フィールドが海であることに尽きる。同実証事業のプロジェクトリーダーであるアンデックスの鈴木宏輔氏によれば、「海中にセンサを設置する方法自体に未開なところが多く、今もなお、試行錯誤している」という。
初年度の2014年は、水温センサと同時に、海中のプランクトンの量を測定するクロロフィルセンサを設置した。しかし、栄養豊かな漁場では、海中に沈めたセンサに色々なものが付着し、クロロフィルのセンシングは困難だった。「生産者からは多様なデータが見たいというニーズがある。それに応えたいという思いをぐっとこらえて、2015年は水温センサだけに絞って実証を進めている」(鈴木氏)
事業にかかるコストも課題だ。海水に対応するセンサデバイスは非常に値が張り、既存の海洋観測ブイの価格は数百万円ほど。台風や高波で沖に流されることもあり、養殖場への導入が進んでいないのが現状だ。また、海上へのセンサの設置作業、海上でのメンテナンスには人件費もかさむ。
今回の取り組みでは、はこだて未来大学と連携し、同大学の和田教授が開発した10万円程度で導入できる水温観測ブイ「ユビキタスブイ」を採用することで、多点観測を可能にした。さらに、宮城県のIT人材育成事業の枠組みを利用して、同事業のために5人の研修生を雇用した(研修生の人件費は県が負担)。研修生は、同社でウェブ開発やAndroidアプリ開発のスキルを身につけながら、水産IoT実証事業の担い手として活躍している。