EA のフレームワークとして世界的に最も有名なのは、1987年に登場した最初のフレームワークである「ザックマンフレームワーク」であろう。デファクトスタンダード的に位置付けられ、他のほとんどのEAフレームワークは何らかの形でザックマンフレームワークの影響を受けている。現在でも、EAについての書籍や雑誌記事、実際の取り組み文書では、ザックマンフレームワークの名前がしばしば登場する。このザックマンフレームワークとはいったい何なのだろうか。
●6行6列のマトリクス
ザックマンフレームワークは、視点と対象物を並べた6行6列の単純なマトリクス1つだけで構成されている。このシンプルさは、抽象化と汎用化を推し進め、考えるための道具を提供することに専念した結果である。このためザックマンフレームワークは、組織の情報システムに限らず、あらゆる製品やプロジェクトを分析の対象にできる。
ザックマンフレームワークの各行は視点の違いを表している。1行目の「プランナー視点」では、取り扱う対象の範囲や構成要素を明らかにする。2行目の「オーナー視点」は最終製品の利用者の視点であり、何ができるのか、それはどのように行なわれるのかが明らかにされる。3行目「デザイナー視点」はエンジニアや ITアーキテクトの視点で、利用者のニーズと技術的な制約の折り合いをつけて、製品の論理レベルの設計を行なう。4行目「ビルダー視点」では実際に製品を作る際の物理的な制約まで織り込んだ設計を行なう。5行目「サブコントラクター視点」では設計図を実際の製品に落とし込む細部を決定する。6行目「機能する組織」は、厳密にはアーキテクチャではなく、オーナーが入手する最終製品を示す。
そして各列は対象を5W1Hで表している。1列目は「What(データ)」でエンティティとその関係、2列目は「How(機能)」でプロセスとI/O、3列目は「Where(ネットワーク)」でノードとリンク、4列目は「Who(人々)」で人と作業、5列目は「When(時間)」で時間とサイクル、6列目は「Why(動機)」で目的と手段をそれぞれ示している。
マトリックスのそれぞれのセルには、視点と5W1Hの組み合わせによって定まる抽象的な内容を、適用する対象に応じて具体的に置き換えたものが記載される。例として、組織とそのITシステムに適用した際のセルの内容が記載されている。例えば、3行目第1列(データについてのデザイナー視点)には論理データモデル、2行目第3列(ネットワークについてのオーナー視点)では、ビジネス物流システムがあげられている。
●ザックマンフレームワークの使われ方
ザックマンフレームワークは組織の全体構成の把握がどの程度進んでいるかを確認するのに役立つ、ハイレベルフレームワークのひとつである。単純で抽象化されているために適用範囲が広い。利用者次第で、ITに限らず、様々な分野で利用可能である。何らかの組織やプロジェクトであれば、その構造を整理・分析するのにザックマンフレームワークを使うことができる。建築やハードウェア開発などの分野で適用することも可能といわれている。ザックマンフレームワークは網羅的・包括的な構造を持っており、必要な成果物の見落としを防ぐのに役立つ。オープンで、特定のベンダー、製品、ユーザーのビジネスモデルに依存しないため、関係者の意思疎通も容易に行なえる。投資や問題解決の際にも、対象プロジェクトの組織全体の中での位置付けや他のプロジェクトとの関係を明らかにして、適切な判断を下す助けとなる。
ただし、ザックマンフレームワークには具体的な作業手順や成果物の定義、作業に役立つ成果物の部品などは全く用意されていない。確かに解説書は販売されているし、EA手法もコンサルタントから提供されている。とはいえ、抽象的であるがゆえにEAを導入しようとする立場の人にとって、必ずしも使いやすいものではない。
このため、ザックマンフレームワークをそれぞれの成果物の位置付けを把握するために用い、より詳細な作業手順や成果物の定義には他の最新のフレームワークを併用する事例が増えてきている。例えば、日本政府による「業務・システム最適化計画策定指針(ガイドライン)」が有効であるし、海外に目を向ければオープングループのTOGAF、米国国防省のDODAFなどが注目されている。EAを実践する際には、ザックマン・フレームワークにこだわりすぎることなく、他のフレームワークと組み合わせて使うことが、現在においては望ましいといえる。
(みずほ情報総研 システムコンサルティング部 相原 慎哉)
※本稿は、みずほ情報総研が2005年4月5日に発表したものです。