本連載では、エッジAI基盤「Actcast」を展開するIdeinの代表取締役で最高経営責任者(CEO)の中村晃一氏が、米国小売市場の最新動向を見定めるとともに、自社のエッジAIの活用事例を解説する(連載第2回)。
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リテールテックにおいて現在ホットな領域といえば「リテールメディア」だが、その前段階として見落としがちであり、ともすると諦めがちなのが、店舗における不正行為の防止策だ。
昔も今も万引行為は後を絶たず、年間の被害総額は推定で約8089億円に上る(図1)。それ以外にも盗撮や痴漢、器物破損など数多の不正行為があり、記憶に新しいところでは回転寿司チェーン店を中心に来店客の迷惑動画が拡散される事象が問題となり、企業価値に影響を及ぼす事態となっている。
図1:万引による推定被害額
万引などの犯罪/不正行為を低コストで未然に防止できれば、店舗側の多大な負担となっていた防犯対策のコスト構造が変わり、攻めの投資につながっていく可能性がある。犯罪に手を染めてしまう人々の数が減ることで、社会の安全性向上にもつながるため、社会的価値の観点からも重要な一歩といえる。
攻めの投資とは具体的に、小売企業での設備投資が進んでいる「リテールメディア」などに絡めて、マーケティングと防犯を1つの枠組みとして取り組むことを指す。本記事では、その道筋を解説する。
防犯コストが増大する現状と、店舗側が“諦めざるを得ない”理由
不正行為の対策を強化する店舗は近年増えており、監視カメラや出入口の防犯ゲート、万引Gメンの配備を拡充する傾向にある。一方、セルフレジの導入店舗が増えたことで、犯行エリアや手口なども複雑化しており、もはや「人件費削減のためには多少の被害は仕方ない」という認識が店舗運営において一般的にさえなっている。
原因不明のロス金額「不明ロス」は1次被害だけでなく、一般生活者に不公平感を生じさせたり、店舗や地域の治安悪化を招いたりと、企業イメージの毀損(きそん)をはじめ、さまざまな2次被害をもたらす。とはいえ、監視カメラを隙間なく設置すると導入コストがかさみ、その映像をチェックする人件費もかかってしまう。実態として、従業員が監視カメラの映像を日常的にチェックできておらず、事案発生後の警察対応などに使用する程度となっているケースも多い。
実際の被害状況を見ると、来店者に向けた防犯対策だけでは足りないことも分かる。独自の不正行動検知技術を活用した防犯サービスを提供する企業・CIAの調査によると、内部不正者による店舗の不明ロスも多く、内部不正者の8割は従業員であると確認されたという。内部不正者の97%は勤務先の店舗で犯行に及んだというデータも出ている(図2)。
図2:内部不正者による不明ロス
外向き/内向きを含め、多様な防犯対策が求められる中、CIAは独自開発した監視カメラや不正行為の検知技術を活用し、店舗の防犯対策を担ってきた。これまでにカメラで捉えた不正行動は数万件に上り、これらのデータを分析して防犯に関する知見を蓄えている。
CIAのシステムは、不正を行った人物が再度不正を行う目的で来店した際、顔認証で検知して自動で音声を流したり、店員へリアルタイムに通知したりする対応をしている。その通知を合図に、店員は対象者に声かけをする。声かけは「いらっしゃいませ」や「何かお探しですか」といった何気ないものだが、これでも不正行為の抑止には十分だ(図3)。
図3:CIAの防犯カメラが捉えた犯行の瞬間
また、同一の防犯システムが内部の不正現場も捉え、サーベイランス(監視)センターで店内の映像を分析している。仮に店舗で不正をしようとする従業員がいた場合も、抑止効果が期待される。全国展開する大手小売事業者を対象とした実証実験では、従来の不明ロス金額を平均で7割削減したという。