遊びの本質をとらえたゲーム開発を
若手の開発者に期待することとして、西角氏、岩谷氏、高橋氏の3名が口をそろえたのが、「遊びの本質をとらえたゲーム」の開発だ。
「基本性能が低くても遊べるようなものが欲しい」(高橋氏)、「どんなゲームかと聞かれて、一言か二言で言えるようなものでなければ、ユーザーはついてこれない」(岩谷氏)とのコメントが聞かれた。
Moledina氏は海外でも通用する日本のゲームの共通点として、映画のような美しさと主題の簡潔さを兼ね備えていることを挙げる。「ハリウッドが世界的にやっていることでもあるが、視覚的には挑発的で、それでもテーマはシンプルなものが世界的に成功する。日本の開発者は熱心であるあまりに間違ってしまう。たくさんのテーマを表現したいと思ってしまうと、カルト的になってしまい、商業的に大きなインパクトを与えられない」(Moledina氏)
岩谷氏も、「人が面白いと思うことには、古典的な部分がある。芸術作品や文化作品、映画でも、昔のものを見て研究している。(今のゲーム開発者は)昔のシンプルなゲームをちゃんとプレイして研究してるのか、という思いがある。隠された面白さや、当時の時代背景における位置づけなどを研究することで、普遍的なものがみえてくるのではないか。そうすれば、現在のハードウェア上で、どう生かしたらいいかというヒントが見えてくるだろう」とし、原点に戻る必要性を訴えた。
高橋氏は、ゲームが一般的になったことで、ユーザーの反応が昔とは違っており、難しい面があると指摘した。「ゲームに対する感覚は、昔はとにかく驚きだった。それまで受身で見るものであったテレビが、ファミコンをつなぐことでテレビの中のキャラクターをコントロールできることに、まず驚いた。けれども今の子どもたちは、生まれたときからゲームがあるので、冷めた目で見ている。格闘ゲームで『絶対に勝つんだ』という気力を持った子どもを探すほうが難しい。『そこまで熱心にやってどうするんだ』という目を持っている子どものほうが多いのではないか」(高橋氏)
「業界にいるとこういった状況が寂しい。シンプルでいいから、みんなが振り向いてくれるような、夢中になれるものを出してほしいという気持ちはある」(高橋氏)
一方で、1つのゲームの開発に関わる人数が増え、1人1人の開発者にスポットがあたらず、モチベーションが上がりにくいという課題もある。「ゲームが全体的に良かった、と言われても、自分が(担当した部分が)褒められないと作っていてもつまらない。理解されたいというのが人間の心。プレーヤーから『良かった』という言葉が返ってくる仕組みがあるといい」と岩谷氏は指摘した。
また、今後への期待として、西角氏と岩谷氏から、現在のテレビゲームにとらわれない発想を求める声が上がった。西角氏は「アーケードゲームについてももっと考えて欲しい。画面上だけのコミュニケーションだけでなく、物体が見えるような、立体で遊べるようなものもジャンルとして入れて欲しい」とコメント。
岩谷氏も「ゲームの持っている、興味を持続させる力というのは教育やリハビリにもつかえる。ゲームを俯瞰的に見て、(ゲーム自体を)いろいろ成長させて欲しい」とした上で、「ゼビウスの遠藤(雅伸)さんが、ニンテンドーDSがなぜヒットしたかという点について、『高齢者の人は今までペンを使って生活してきたので、入力ペンに対する抵抗感がなかった』と指摘しているのを聞いてはっとした。ソフトがぼけ防止に役立つから、というような話ではなく、そういった普遍的な気づきができるかどうかが重要だ」とした。