テクノロジーなんて二の次
我々が良く遭遇するシチュエーションとして、ある業務システムのユーザーが、自分の使っているシステムのことを良く知らない、というのがある。つまり、誰の開発した何というシステムを使って業務を行っているのかが判らないということである。これは、ユーザーの目的がシステムを利用することではなく、業務を遂行することにあるためで、それを支援するシステムを明示的に意識する必要はないからである。しかし、このようなユーザーとの会話の中で、自分の開発したシステムも明示的には意識されていないことを発見したりすると、ちょっと悲しいものである。
こんなこともあった。とある業務システムでレガシーからRIAへアーキテクチャの更改を行おうとした際、ユーザーの要望はとにかくユーザーインターフェースをこれまでと一切変えないこと、であった。つまり、ユーザーインターフェースを「リッチ」にする必要性は全くなく、ユーザーが使い慣れている画面をそのままRIAで再現してほしいという。つまり、ユーザーにしてみれば、業務課題を解決してくれるのであれば、システムが何であろうが、テクノロジーが何であろうが関係ないのである。
ブラウザでも状況は同じ
これは、熾烈を極めるブラウザ戦争でも同様らしい。TechCrunchが最新のブラウザシェアを発表している。ブラウザの提供側からするとブラウザシェアというのは顧客囲い込みの観点からは無視することができないし、Googleが「Google Chrome」を投入するなど市場そのものの変化も続いている。ウェブアプリケーションを開発する際も、どのブラウザのどのバージョンをサポートするか、というのは頭の痛い問題である。
しかし、このTechCrunchの記事で紹介されているGoogle社員によるインタビュービデオは、ユーザーがどのブラウザを使っているのか気にしていない、いやむしろ、ブラウザそのものの存在すら気にかけていないことを明らかにする。つまり、一般的な消費者は、検索エンジンをより意識していて、どのブラウザを利用しているかはほとんど気にしていない。我々は何かをウェブ上で探したいのであってブラウザを使うことが目的ではないということだ。当然と言えば当然だが、作り手側からすると、そこまで無視されているとは……となる。
システムが意識されなくなるプロセス
とはいえ、どんなシステムであっても、導入当初、使い始めた時は、良かれ悪しかれユーザーに意識される。それは、単に画面デザインが変わったからかもしれないし、処理速度が速くなったからかもしれない。逆に使い勝手が悪くなっても、それはそれで意識されることとなる。
しかし、本来、ユーザーの目的はシステムの利用ではなく、業務課題の解決であるから、そのシステムを利用することはユーザーの日常に組み込まれ、「昨日はランチどこで食べたっけ」と同じくらいに「このシステムは誰が作ったんだっけ?」という状況になるまでそれほどの時は要さない。つまり、導入当初にシステムが意識されるのも、単に真新しいからであって、それは急速に色褪せてしまうのである。
どんなシステムを作りたいか
作ったシステムがユーザーの業務課題を解決し、最初は新鮮であったとしても、業務プロセスに組み込まれる中で意識されなくなる。これはこれで、頻繁に障害を起こして、年がら年中、このシステムは早く使うのを止めたい、などと言われ続けるのに比べれば、むしろ理想的なのかもしれない。つまり、当初の目的を達成していると言える。しかし、作り手からすると一抹の寂しさと言うものがある。
こんな作り手の過剰な自意識を満たそうと思えば、存在する業務課題を解決するというシステムの開発方法では駄目なのだろう。このやり方では、業務課題が解決されると同時に、そのシステムの存在は希薄化し始めてしまう。
我々の自意識過剰を満たそうと思えば、そのシステムを作ったことによって、新しい何かが始まるようなものを創り出さなくてはならない。それは新しいビジネスであるかもしれないし、新しいコミュニケーションであるかもしれない。しかし、それも成功すればするほど、競合が表われて、いずれは誰にも意識されなくなる。しかし、業務課題と違って、それは解消してなくなるのではなく、新しい何かとして存在し続ける点が大きく異なるのである。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。
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