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言葉は人間の行動を変える--「Brexit」と『1984』から考察する企業理念

飯田哲夫 (アマゾンウェブサービスジャパン)

2019-04-01 08:00

 数年とはいえ、イギリスに住んでいたので、欧州連合(EU)から離脱するBrexitを取り巻く最近の混乱は気になるが、今回はその政治や経済への影響ではなく、「Brexit」という言葉そのものを議論の起点にしてみたい。

 BBCによれば、「Brexit」という単語は、Peter Wilding氏という弁護士が2012年にあるシンクタンク向けの記事で使い始めたのが最初である。Wilding氏はEU残留派であったため、「Brexit」というキャッチ―な言葉が離脱派のキャンペーンを勢い付けてしまったことを後悔しているという。

 また、カーディフ大学の言語学者Lise Fontaine氏は、イギリス人が「Brexit」という言葉を繰り返し使っているうちに、それが当然のこととなり、ついにはイギリスのEU離脱に関して他の選択肢やアイデアを考えることをやめてしまったのだと言う。

 つまり、言葉は、繰り返し使われることによって、われわれの考え方を変え、行動を変えてしまう力を持っているかもしれないのだ。そして今、「Brexit」に関連して使われる言葉は5000にも及ぶのだそうである。

 単語がわれわれの行動に影響を与えるのであれば、それを含む言語の違いがわれわれの行動や思考に影響を与えてもおかしくはないだろう。

 Wiredの少し古い記事になるが、使う言語によって「世界の見え方が」違うという話が紹介されている。この記事は、英語あるいはドイツ語を母国語とする人によって物の見え方が変わるのか調査した研究を取り上げている。

 被験者に車の方向へ歩いている人物の動画を見せると、『英語を母国語とする人の多くは「人が歩いている」動画だと答えたのに対し、ドイツ語を母国語とする人の多くは「自動車に向かって歩いている人」の動画だと答えた』という。

 これは、ドイツ語が行為と目的の全体を捉える傾向があるのに対し、英語は行為に注意を集中させる傾向があることによるという。さらには、バイリンガルの人は、話している方の言語によってその見え方が変わるらしい。つまり、人は使う言語によって物事の捉え方が変わる可能性があるということだ。

 Wiredの記事でも触れているが、George Orwellの『1984』で描かれる世界では、「ニュースピーク」という「思考の範囲を拡大するためではなく、むしろ縮小するために考案された」英語をベースとした言語の導入が進められている。「ニュースピーク」の特徴は、「年ごとに語彙が増加するよりも減少する」ことにあり、「最終的には思想犯罪も文字通り不可能にしてしまうんだ、そうした思想を表現する言葉が存在しなくなるわけだから」と説明される。

 つまり、『1984』では、言語のコントロールによって、考え方や行動が制限されていく世界が描写されている。「Brexit」という言葉が持つ力に関するBBCの記事、あるいはWiredの言語実験の話を読むと、『1984』に描かれる言語を使った統制の世界にもリアリティが出てくる。これは逆に、言語をや語彙を発展拡大していくことによって、われわれの行動や思考を広げていく世界もあり得るということだ。

 さて、日々ビジネスに取り組むわれわれにとっての学びは何であろうか。

 第一に、企業が定めるビジョンやミッションのような言葉で定義される行動原則は、浸透させることによって社員の行動を変える効果があるということである。つまり、決して軽視してはいけないものなのだ。

 そして第二に、効果があるが故にそれは、プラスにもマイナスにも働くということである。ミッションステートメントや行動原則のようなものは、その企業の特性を象徴する、つまり絞り込まれたものであるべきだが、それはある特定の行動を促すものであるとともに、他の行動を抑制するものでもある。間違えば「ニュースピーク」のように、社員の新しい発想を不可能とすることすらあり得る訳である。

 かく言葉は大切と言いながら、前回原稿を書いてから3カ月も経っているのでした。編集の田中さん、すみません。

飯田哲夫(Tetsuo Iida)

アマゾンウェブサービス ジャパンにて金融領域の事業開発を担当。大手SIerにて金融ソリューションの企画、ベンチャー投資、海外事業開発を担当した後、現職。金融革新同友会Finovators副代表理事。マンチェスタービジネススクール卒業。知る人ぞ知る現代美術教育の老舗「美学校」で学び、現在もアーティスト活動を続けている。報われることのない釣り師

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