人間はもともと画像認識やパターン認識を得意としており、文字は得意ではない。だからこそ、子どもに読ませる本には「戦争と平和」ではなく絵本が選ばれる。
ところがパスワードは、人間にとって何重もの抽象化の産物だ。文字自体が抽象的なものである上に、その文字、数字、記号を言葉にならないパターンに並べ替えて、それを暗記する必要がある従来のパスワードは、人間の強みを生かすようにできているとは言い難い。
ASCII端末でコマンドラインインターフェースを使っていた時代には、従来のパスワードにも一理あった。しかし今や、オンラインにアクセスする際の主なインターフェースは、自由に画像を使えるモバイルデバイスになっている。
もはや、英数字のパスワードにこだわる必要はないのではないか――。それが、Ilesanmi Olade氏らが書いた論文「SemanticLock: An authentication method for Mobile devices using semantically-linked images」(Semantic Lock:意味的にリンクされた画像を用いたモバイルデバイスの認証方式)のテーマだ。
基本的なアイデア
この論文で提案された方式では、任意の英数字を推測しにくい(そして覚えにくい)並びの文字列にして使うのではなく、まずいくつかの絵を選んで、ユーザーにとって意味があり、覚えやすい物語を作る。この物語は「わたしは朝ご飯のときにコーヒーを飲む」といった簡単なものでも構わない。
そして、スマートフォンのロックを外したり、ウェブサイトを利用したりするときには、多数の絵のアイコンからいくつかを選んで、物語を作ることで認証を行う。最近のデバイスの画面は大きいため、12個から20個のアイコンを表示できる。アイコンを使用するごとに別のアイコンが登場するようにすれば、可能性のある組み合わせの数を増やすことができる。
以下に示すのは、このアイデアを説明するために論文に掲載された図だ。

コーヒーの絵と黒板の絵を素早くドラッグすることによりログインできる
指跡を利用した攻撃
SemanticLockに似た方式に、パターンを用いる認証方式がある。この方式は、格子状に表示された点の上を、ユーザーが自分が決めたパターンでなぞるというものだ。
パターンによる認証は、暗証番号を使った認証よりも時間がかからないが、指跡を利用した攻撃に弱い。これは、画面上に残った指の脂の跡を辿ってパターンを推測するという攻撃方法だ。この攻撃を避ける方法として、場所のラベルを変えて入力パターンを変更させるやり方もあるが、この手法では短時間で入力できるという利点が犠牲になる。
テスト結果
研究者らは、SemanticLockを暗証番号による認証およびパターンによる認証と比較した。速度ではパターンによる認証が優り、エラー率の低さでは暗証番号による認証が優っていたが、覚えやすさではSemanticLockがはるかに優れており、パスワードを覚えられなかったテスト参加者はわずか10%だった。この割合は、ほかの方式を大きく下回るものだった。
デバイスメーカーにできること
絵を使ったパスワードの研究は10年以上前から行われている。この論文の新規性は、物語を利用した覚えやすさに焦点を当てたことにある。このやり方は、物語を好む人間の性質との相性もいい。
この論文では、指紋認識技術や顔認識技術を利用した業界の取り組みの重要性を強調している。バイオメトリクス技術を利用すれば、モバイルデバイスの認証の問題は単純になる。
しかしこれはまた、デバイスメーカーには、パスワードをなくすためにできることが他にもあることを示している。バイオメトリクス認証システムがいくら優れていても、スマートフォンのアンロックにしか使えないのでは、それほど意味があるとは言えない。
この記事は海外CBS Interactive発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。