脳の状態を“見える化”して生産力向上--「ブレインテック」が切り開く将来性

長島清香 2018年10月30日 07時00分

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 「脳の状態を意のままに整えられる」としたら、われわれの生活はどれほど変わるだろうか。目の前の仕事に集中できないとき、意識的に脳に働きかけて集中力を高める。または、大切な商談やプレゼンを前に緊張しているとき、最高のパフォーマンスを発揮できるような状態に脳をリラックスさせる。「意識的に脳をコントロールする」というのはあまりなじみのない考え方だが、最近の研究ではこれが十分に現実的な話であることが明らかになってきている。何らかの手段で自分の脳の状態を“見える化”して把握できれば、脳の状態をコントロール可能だというのだ。

世界が注目する新たな分野「ブレインテック」

 この“脳の見える化”をITの力でかなえようとするのが「BrainTech(ブレインテック)」だ。ブレインテックという言葉は「Brain(脳)」+「Technology(技術)」を組み合わせた造語で、脳波やCT、MRIなど外部から得られたさまざまなデータをもとに、脳科学の知見を生かしながら脳の状態を分析する。イスラエルのShimon Peres前首相が、ブレインテック・スタートアップハブである非営利団体「Israel Brain Technologies」の設立を主導し、同団体がカンファレンス「BrainTech 2017」を主催したことにより世界中から注目を集めることとなった。

 ブレインテックは“脳の見える化”をテーマとすることから、得られた脳のデータをどのように活用するかによって、幅広い分野への利用が可能だ。その可能性には世界各国が注目しており、米国では2013年のObama政権下で「BRAIN Initiative」という、かつての「アポロ計画」「ヒトゲノム計画」に匹敵する巨大な脳研究プロジェクトを開始しており、予算規模は2016年で3億2000万ドル、2017年で4億4000万ドルとされている。また、欧州連合(EU)では「Human Brain Project(脳のモデル化)」を2013年にフラッグシッププログラムとして採択。予算規模は10年間で約1310億円と言われている。その他、韓国やカナダ、オーストラリアなどでも各国の規模に応じた研究が進んでいる。

 日本国内においては、2003年5月に第3セクターである国際電気通信基礎技術研究所が脳情報研究所を設置。さらに2016年4月に発足した、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム(脳プロ)では、「社会に貢献する脳科学」を掲げ、脳全体の神経回路の解明とともに精神疾患等の治療法の確立を目指している。

ブレインテックの多岐にわたる可能性

メディアシーク コンシューマー事業部 プランナーの平井祐希氏
メディアシーク コンシューマー事業部 プランナーの平井祐希氏

 幅広い可能性のあるブレインテックだが、世界においてはヘルステック分野で大きな動きを見せている。最近の研究によって慢性的な痛みやうつ病、腰痛など、明確な治療法が確立されていない症状の原因の多くが脳にあるという可能性が指摘されており、中国では「China Brain Project(一体両翼)」として、神経科学を中心に人工知能(AI)と神経疾患研究を2016年から2030年までの15年計画で行っている。しかし、日本では医療分野への参入に対してはハードルが高く、この分野での進捗がなかなか進んでいないというのが実情だ。他方、日本では世界に比べて、脳科学の知識をマーケティングに応用したニューロマーケティングが活発な動きを見せている。

 さらには、脳の情報をもとにマシンやシステムを動かすという試みもあり、Facebookは「Brain-Typing project」として、思考内容を文字入力するシステムを考案中であることを発表している。またMicrosoftは「Brain Computer Interface」という、思考を使ってソフトウェアを操作するインターフェースを目指しており、2018年1月にブレインセンシングシステムの特許を取得している。さらに、Elon Musk氏が設立したベンチャー企業のNeuralinkでは、「Brain Machine Interface」と題して、外部クラウドを利用した脳とAIの統合を8~10年後に目指すとしている。

 さすがにここまでくるとやや話が大きくなり過ぎてしまった感はあるが、身近なもう一つのブレインテックの可能性として挙げられるのが、冒頭で紹介した「脳を意のままに整える」というものだ。脳波や脳血流で脳をモニターして脳のトレーニングを行うことを「ニューロフィードバック(NFB)」といい、海外では既にADHD(注意欠陥障害)の治療などに用いられている。その効果について100以上の研究論文が発表されており、2012年の研究では、薬物療法との比較検証を実施した結果、NFBは精神刺激薬のメチルフェニデートと同等の効果があると発表されており、米国小児科学会はNFBを“Best Support”な治療方法としている。また、日本でも国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所にてニューロフィードバック訓練の臨床研究に成功している。

 現在では、スマートフォンという高度なツールと脳波を測定できる安価なデバイスが普及したことで、病院に足を運ばずとも脳の状態を観測できる機器さえあれば誰もがニューロフィードバックを行えるようになった。この潮流を捉えて、ニューロフィードバックの仕組みを利用したサービスを展開しているのが、メディアシークだ。同社はブレインテックの本場、イスラエル発のベンチャー企業であるMyndliftと協業し、脳の状態を可視化できるスマートフォン用アプリ「Myndlift」を展開。脳の状態を意識的にコントロールすることにより生産性向上を目指すとしている。

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