Scientific Americanは1991年9月、当時Xerox PARCのコンピューターサイエンス研究所所長を務めていたMark Weiser氏による記事「The Computer for the 21st Century」を掲載した。Weiser氏はこの記事で、背景に消えるコンピューティングインフラストラクチャーという概念を取り上げて、それを「ユビキタスコンピューティング」と呼んだ。
Weiser氏が思い描いたユビキタスコンピューティングの未来では、テクノロジーが至るところに存在し、同氏が「タブ」「パッド」「壁」と呼ぶものを通して人間がテクノロジーと対話する。
同氏はこれを次のように説明した。「ユビキタスコンピューティングは、コンピューティングの第3の波であり、今始まったばかりだ。第1の波はメインフレームで、1つのメインフレームを多くの人が共有していた。現在はパーソナルコンピューティングの時代だ。人と機械がデスクトップを挟んでぎこちなく見つめ合っている。次に来るユビキタスコンピューティング、すなわち穏やかなテクノロジーの時代には、テクノロジーが生活の背景に退いていく」
現在は、コンピューティングの第3の波の真っただ中にあり、スマートフォンがWeiser氏のいうところのタブ、タブレットとタッチ対応PCがパッド、巨大なフラットスクリーンが壁に相当する。しかし、現在の世界はそれほど穏やかではなく、すべてのデバイスに意識を向ける必要があり、画面と絶えずやりとりしなければならない。
意識させないのが一番(コンピューターに関しては)
私たちは今、別の波に引き寄せられている。その波は、Weiser氏のユビキタスコンピューティングのビジョンを、モノのインターネット(Internet of Things:IoT)、機械学習、ハイパースケールコンピューティングクラウドと組み合わせて、「アンビエントコンピューティング」と呼ばれるものをもたらす。アンビエントコンピューティングは従来のコンピューティングモデルに代わるものであり、ミュージシャンのBrian Enoからヒントを得ている。Enoは、自身のテンポの遅い楽曲向けに「アンビエントミュージック」という用語を作り出した際に、これを「興味深いものであると同時に、無視できるものでなければならない」と説明した。
アンビエントコンピューティングは無視できるコンピューティングだ。存在はするが、背景の中で、作られた目的である仕事を実行する。使っていることを知らずに使えるコンピューター、と定義することもできる。これは「無視できて興味深い」というEnoの音楽の定義に近い。
私たちがスマートスピーカーでしていることの多くは、アンビエントコンピューティングの導入部だ。声しか使わないので、完全なアンビエント体験ではない。しかし、キーボードの前に座るのではなく、虚空に話しかけることでコンピューターを使用する。スマートスピーカーがスマートホームのインターフェースになり、クエリに応答して、照明の点灯や室内温度の変更などのアクションを実行できるようになれば、もっと面白いことになるだろう。
しかし、スマートスピーカーが存在せず、センサーを利用して稼働するスマートホームがコントロールを行い、ユーザーが意識的に操作する必要がなくなるとしたら、どうなるだろうか。部屋に入ると、照明が点灯する。これは、センサーがユーザーの存在を感知し、現在の照明レベルがユーザーの好みよりも低いことが別のセンサーによって示されるからだ。薄暗さの原因は、日没かもしれないし、雨かもしれない。重要なのは、ユーザーが何も操作しなくても、システムがユーザーの選んだ応答を実行したことだ。
アンビエントコンピューティングのある暮らし
アンビエントコンピューティングでは、あらゆるやりとりが、システムではなくユーザー主導の選択に基づいて実行されなければならない。ほとんどの操作はルールエンジンと機械学習によってバックグラウンドで実行される。たとえば、筆者の自宅の暖房コントローラーは、アンビエントコンピューティングプラットフォームの優れた例だ。欧州の多くの家と同様に、筆者の自宅も温水ラジエーターとセントラルボイラーを使用している。セントラルサーモスタットに加えて、各ラジエーターが専用のサーモスタットバルブを備えている。以前は、おおよその温度によってバルブを開閉する単純なワックスモーターだった。あるラジエーターで「4」なら、別のラジエーターでもほぼ同じだった。