不確実性の時代に、アジャイル開発で向き合っていこう

第11回(最終回):連載のふりかえり、アジャイルのこれから - (page 3)

岡本修治 (KPMGコンサルティング)

2023-11-07 07:30

 フローフレームワークを一言で要約すると、「ソフトウェア製品やSoftware as a Service(SaaS)などを通じ顧客にビジネス価値を提供する一連の活動の定義(バリューストリーム)に基づき、ソフトウェアのデリバリーやIT投資を調整する上での物事の見方や測定方法などの集合体」といえます。従来、ソフトウェア開発、特にDevOpsの領域で提唱され効果を上げてきた3つの要素、すなわち「フロー(ボトルネック解消)」「フィードバック」「継続的な学習」を、ITの領域にとどまらずビジネス領域への拡張を試みるもので、主な主張は下記の3つです。

  1. 分断されたバリューストリームが一人一人の生産性を破壊する
  2. 分断されたチームと代理指標が変革を破壊する
  3. プロジェクトマネジメントおよびコストセンターは誤ったモデルである

 以下順に見ていきます。(1)の「分断されたバリューストリームが一人一人の生産性を破壊する」は、ソフトウェアの規模が大きくなると、アーキテクチャーとバリューストリームの間に断絶が生まれ、その結果、仕事を遂行するために必要な情報が、例えば、リポジトリーやファイルサーバーの奥深くのどこにあるのかを探したり、そのためにウィンドウやアプリケーションを画面上でクリックしたりしているだけという作業に費やす時間が無視できないほど多くなることを示しています。Kersten博士は、「Java」開発環境として有名な「Eclipse」の開発プロジェクトにおいて、バリューストリームに沿ったコーディングを行うための実験的なユーザーインターフェースや構造を提供、研究し、博士号を取得したのですが、われわれの日常を見回してみると、開発以外の文脈においても同様の問題が組織全体の生産性をむしばんでいる事例には事欠きません。

 (2)の「分断されたチームと代理指標が変革を破壊する」については、代理指標は前述したスマートフォン開発の事例で述べた通りですので詳細は割愛しますが、問題は組織の大規模化に伴い分断、サイロ化されたチームがそれぞれ自チームの範囲に限定した部分最適を推し進めた結果、バリューストリーム全体としての全体最適化が実現されない状況に陥っている、という問題です。さながら、経済学の世界で有名な「アローの不可能性定理」、すなわち、各経済主体が自身にとって最適な選択を行うと、社会全体の厚生が最大化されないという状況が生じているのです。

 DevOpsの世界では、ボトルネック以外の箇所で行う投資がいかに無駄であるかが再三説かれてきましたが、バリューストリーム全体のボトルネックとスループットの分析と改善を、ITの世界に限定せずビジネスの領域にも拡大することが必要なのです。大きな組織においては誰もバリューストリーム全体を見ることができないため、誰も全体像を知らず、その一方でリーダーレベルでは変革に向けた大きな投資(賭け)が行われているといった状況もみられます。まずはバリューストリームで何が起きていて、何がボトルネックなのかの可視性を得るところから始める必要があります。

 (3)「プロジェクトマネジメントおよびコストセンターは誤ったモデルである」は、IT開発活動が、開始があり終了がある有期限な活動であるとともに、その活動費をコストとして計上する考え方の問題を指摘しています。ITがコストセンターとして運営されている場合、変革の結果どれくらいコストが削減できるかをビジネス成果として測定・管理することになります。しかし、市場投入時間の短縮やデリバリーの効率化といったアジャイルやDevOpsの成果は測定されず、結果としてビジネス側はより少ないコストでより多くを得る状態へ移行できないばかりか、より少ないコストで少ない成果を得るというわなに陥っていくのです。

 また、従来のプロジェクトマネジメント手法に基づくQCDの管理は、所定のコスト(C)と納期(D)に収まるようにデリバリーを制御しようとする結果、とにかく要求された機能を仕上げるという力が作用します。結果として、動くには動くものの、性能や保守・拡張性などの観点から問題の多い実装(技術的負債)がプロジェクト終了とともに忘れ去られ、開発メンバーも離散してしまうという状況を生む傾向にあります。

 技術的負債の蓄積が進むと、新たな機能追加に必要な工数は指数関数的に増大し、ある時点でそれ以上の機能追加が不可能な状態に陥ります。これを防ぐ上ではITをプロジェクト単位で見るのではなく、プロダクトライフサイクル(PLC)という長い視点に切り替えることが有効なのです(表2)。

表2:プロジェクトマネジメントとプロダクトマネジメントのQCDおよび評価指標に対する考え方の比較(M. Kersten著 「Project to Product(フローフレームワークでデジタルディスラプション時代に成功する方法)」(2023)ほかを参考にKPMG作成)
表2:プロジェクトマネジメントとプロダクトマネジメントのQCDおよび評価指標に対する考え方の比較(M. Kersten著 「Project to Product(フローフレームワークでデジタルディスラプション時代に成功する方法)」(2023)ほかを参考にKPMG作成)

最後に

 これまで10回にわたってアジャイルの良さについて語ってきたにもかかわらず、最後のフローフレームワークの紹介でアジャイルでさえも不十分と言われて面食らってしまった方もいるのではないでしょうか。筆者は、この世界に長く身を置いてきた者として、完璧な方法論、理想的な状態はどこにも存在しない逃げ水のようなものだと感じています。

 ドイツの詩人K. Busseの詩「山のかなたの空遠く、幸い住むと人のいう」というようなもので、行ってみても、幸いは、さらにその向こうにあるのです。ITやソフトウェア開発に限った話ではありませんが、世の中、得てしてそういうものなのだと思います。しかしなお、先人たちが築き上げてきたアジャイルに関する理論やプラクティス、マインドセットを理解し、実践していくことでわれわれはもっと遠く、もっと深い部分に入っていけるのです。私はそこに方法論の意味があり、栄光があるのだと思います。

岡本 修治(おかもと・しゅうじ)
KPMGコンサルティング Technology Strategy & Architecture シニアマネジャー
外資系総合ITベンダーにおいて大規模SI開発をはじめ、ソフトウェア開発プロセス/ツール展開のグローバルチーム、コンサルティング部門などを経て現職。金融、製造、情報通信など業界を問わずITソリューション選定、開発プロセスのアセスメント(評価)と改善、BPR支援などさまざまな経験を有し、中でも不確実性の時代と親和性が高いアジャイルトランスフォーメーションを通じた意識改革、開発組織の能力向上支援をライフワークとし注力している。

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